128 カミラとトム
トーマスは取り乱すカミラの肩を抱き、声をかけて慰めようとした。
「両親や騎士の死は、悪魔が企んで実行したのだと分かっている。君も侍女のタミーも巻き込まれ、操られていたんだ。
幼い頃に悪魔の封印を解いてしまったのも、君が実家で冷遇されていたせいで悪魔につけ込まれて、誘導された結果だったのだろう。
ケイトさんもトムもその事はちゃんと分かっていて、あちらの世界で女神様に祈り、君の魂が悪魔に食い破られない様力を使い続けてくれていたんだ。君を悪く思ってなどいないよ。
それに俺の気持ちを蔑ろにしたと言うが、貴族の政略結婚ではよくある話じゃないか。俺だってその点に関しては胸を張れないし、君だけが責められる事ではない」
トーマスの言葉を聞き終えたカミラは何とか泣くのをこらえて、トーマスの目をまともに見返した。彼女は再びソファに腰かけると姿勢を正し、身体の前で両手を重ねた。
「トーマス様。あなたが優しい人だというのは、よく分かってる。それに引き換え私は、ずっと冷たい心であなたと過ごしてきた。そこには悪魔のせいばかりとは言えない、自分が進んで犯した罪も混じっていると自覚してるの。
それなのに…信じられない事に、あなたを許せないと思っている私がいるのよ。
あなたは妾を取りたくないと嫌がっていたのに、いざ彼女がやって来たらすぐに夢中になって愛を捧げた。彼女の出産の時は一晩中心配して、彼女の産んだ子には愛情を注いだ。
なのに私が子を産む夜、あなたは中々戻って来なかった。産まれたクラウスへも関心も愛情もほとんど示さなかったわ。それはあなたのご両親も同じだった」
「それは君が俺を遠ざけ、クラウスと二人で部屋に閉じこもっていたからだろう。そもそもクラウスは俺の子どもでは無く、悪魔が人の形を取っただけじゃないか」トーマスが思わずそう言ってしまうと、カミラは苦しそうに吐き出した。
「そうね。あの子は悪魔だったものね。だけど私にとっては、あの子は可愛い我が子だった。あの子だけが私を愛してくれて、私と一緒にいてくれたのよ。おかしいと思う事はあったけれど、あの子が悪魔だなんて私は最後まで考えていなかった」
カミラが抱いていたクラウスへの愛情を聞くと、トーマスにはそれ以上何も言えなかった。確かにあの頃の自分はカミラへの愛は既に失っていて、ただカミラとクラウスへは義務と情を抱いているだけだったから、彼らに避けられたらそのままにして放っておいた。クラウスが悪魔と分かってからは尚更、ただ憎い仇と、悪魔に憑かれていた可哀想な女性としか思えなくなった。
「だから、もう私は誰も愛したくないし、愛されるとも思えない。トーマス様。私を離縁して下さい。あなたには本当に愛する聖女様と、偉大な土魔法使いの嫡男がいるのだから、それで良いでしょう」
トーマスはカミラの皮肉を籠めた言葉にたじろぎながらも、ここで言われるがままにカミラを離縁して放り出す訳にはいかないと思った。
「離縁って。君はそれでどうするつもりだ」
「私は悪魔に魅入られ、聖女様を害そうとしていた女です。そのせいで沢山の人の命を奪いました。こんな穢れた身ですから、今更修道院へ行って祈る訳にもいきません。弟に頭を下げて領地の採石場跡に小屋でも建てて貰って、そこで一人で暮らそうかと思います。あそこは私が悪魔と出会った地ですから、クラウスの思い出と共に生きるにはちょうど良いでしょう」
「それなら私も一緒にウィルソン伯爵領へ参ります。カミラ様を一人には出来ません。どうか側でお世話させて下さい」頑なに目を背けるカミラへ向かい、ケイトが叫ぶ様に言った。
そう言われたカミラは苛立ち、激しい口調で拒絶した。
「お前、私の話を聞いていなかったの?私にはクラウスとの思い出だけがあれば良いの。昔はお前に世話になっていたし、私が悪魔の封印を解いたせいで迷惑をかけた事は認めるわ。だけど、もう誰とも一緒に生きたくないと言ったでしょう」
トムはそんなカミラの様子をじっと見ていたが「お前はそうやって嘘をついて、一人で孤独に死んで行こうとしているのか」と悔し気に吐き捨てた。
彼はケイトが止める間もなくカミラの前に行くと、彼女がずっと組んでいた手を無理やりほどき、隠そうとしている両手を開いて見た。
トムに開かれたカミラの手の平は、両手とも強く握り締めた痕が残っていて、爪が食い込んだせいで所々血も滲んでいた。
「何をするの。触らないで」離れようともがくカミラを、トムはしっかりと抱きしめた。
「カミラ。お前は小さい頃から我慢している時、いつもこうしてたよ。
母親が弟を可愛がりながらお前を無視し、父親がお前を見ても声もかけず通り過ぎる時、いつもこうして両手を握って、背筋を伸ばして立ってるんだ。
俺が心配して大丈夫かと話しかけると、俺達がいるから自分は平気だと笑ってたけど、後で見ると握っていた手がこうなってた。カミラ。本当は寂しいなら、俺達にまで我慢なんてしなくて良いんだ」
トムに強く抱きしめられたカミラは涙を流して首を振って、彼の腕から逃れようとした。そのせいで結っていた髪がほどけてしまい、泣き顔と相まって記憶を取り戻す前の幼いカミラに戻った様だった。
トムはカミラを決して離そうとせず、喋り続けた。
「お前は今、自分の行いに対しての罪悪感や、愛していた子どもが悪魔だった苦しみに耐えきれず、生きていたくないと思っているんだろう。だから俺達ともシュタイン家とも縁を切って、幻の子どもと一緒に一人でどこかへ行こうとしているんだろう。
だがお前が犯したと思う罪は、悪魔がお前に背負わせた呪いだし、クラウスという子は、お前に憑りついた悪魔が人の形を得ていただけだ。
俺と母さんはお前が笑っていられる様に悪魔を滅ぼしてきたんだから、そんな呪いやまやかしに押し潰されて自分の人生を諦めるなよ。
それでも自分には罪があると言うのなら、自分が犯した罪は本当はなんなのか、これから目を覚ましてちゃんと向かい合え。
お前が犯した罪があったら、その時は精一杯生きて償えば良いじゃないか。俺も母さんもお前に付き合うから、安心して一緒に背負わせろよ」
「そうですよ。カミラ様。一緒に償わせて下さい」
ケイトがそう言ってトムの腕の中のカミラをのぞき込んだ途端、慌てた声を出した。
「大変です。カミラ様がまた気を失われています」
カミラは急激に戻って来た記憶の衝撃や、長い間自分を支配していた悪魔の消えた反動のせいか、高い熱を出して再び気を失っていた。
慌てたトムがカミラをベッドに運んで寝かせている間に、シモーヌが急いでローズを呼びに行って、やって来きたローズは眠るカミラに治癒を施した。
ローズの手が額に当てられ身体を癒やす力が送られると、苦しそうだったカミラの呼吸が和らいで熱が下がって来た。
「これで身体の方は大丈夫だと思います。後は心が疲弊しているので、しばらくは眠っていた方が良いでしょう。悪魔が長年体内にいた穢れがまだ残っているので、浄化も行いますね」
「ありがとう、ローズ」
ローズの治癒でカミラの手から傷跡も消え、その手を握ったトムが礼を言った。トーマスは眠るカミラとトムを黙って見ていた。
ちょうどその時、領地からの手紙への対応を終えたアランとマーガレットがやって来て、カミラの部屋をノックした。
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