125 カミラとレイモンド
トム達が旅立ち、カミラとレイモンドが残ったシュタイン家では、メイド長のシモーヌとガードナー伯爵家から来た乳母が二人の面倒を見ていた。
不思議な間柄のカミラとレイモンドなので、シモーヌは二人を一緒にしない様気にして妙な緊張感を漂わせていたが、思いがけない事にカミラはレイモンドに興味を示し遊びたがった。
「あの小さい子のお母さんも、トム達と一緒に行ってしまったんでしょう。私と同じで寂しいだろうから、二人で遊びたい」カミラはシモーヌにそう言って、乳母に頼んでレイモンドを連れて来て貰った。
初めてまともにカミラと顔を合わせたレイモンドは、最初ローズから貰った薔薇の飴の袋を握り締めたまま口を結び、何も話そうとしなかった。
様子を見ていたシモーヌは、内心(昔カミラ様がローズ様に辛く当たっていたのを、分かっていらっしゃるみたい)と思って気をもんだ。だがよく考えてみれば、その頃レイモンドはまだ生まれていないか、生まれて間もなかったのだからそんなはずは無い、ただ人見知りをしているだけだと思い直した。
(怪異が続いていたから、どうしてもおかしな風に考え過ぎてしまう)
乳母の方はと言えば、彼女もいつもと様子の違うレイモンドに困惑していた。
ガードナー家でのレイモンドは誰にでも人懐こく、人見知りをしないと驚かれる程で、特に最近は言葉が上手になり、目についた物の名前を片端から聞いて口にするなど、積極的に言葉を発していた。
それなのに、カミラが「これは好き?」と積み木を差し出しても何も答えず、乳母の胸に顔を押し当てるばかりだった。
レイモンドが余りに機嫌が悪いので、乳母が「きっとお昼寝が足りなかったのでしょう」と言って部屋に戻ろうとした時、カミラが一冊の絵本を差し出した。
「じゃあ、このご本を読んであげる。ほら、この女の子はあなたのお母様にそっくりじゃない?」それはケイトとトムがあちらの世界から持ち帰った、海の底の国の物語で、カミラが指し示したページには、ローズと同じ金の髪に青い目の少女が描かれていた。
「かあちゃま」初めてレイモンドが興味を示し、カミラと同じように指を指すと、カミラは嬉しそうに笑った。
「ね、そっくりよね」
それからカミラが絵本を開いて声に出して読み始めると、レイモンドはやがて乳母の許から離れ、ソファに座るカミラの膝に乗って一緒に本を眺め出した。
内容が分かっているのかいないのか、王子と少女が冒険をして危ない目に遭うくだりでは、眉をグッとしかめて「めっ」と声を上げ、二人が色鮮やかな海の魚と遊ぶ場面では声を上げてはしゃいだ。
楽しそうな声を聞いて、こっそり家令のオリバーが様子を窺いに来た。
オリバーはトーマスにそっくりなレイモンドが、カミラの膝に座って笑っているのを見ると複雑な気持ちになり、彼に気づいたシモーヌが声をかける前に、何も言わず立ち去った。
カミラがクラウスと共に部屋に閉じこもり女主人の仕事を放棄していた頃、オリバーは彼女に激しい怒りを抱いた。
しかしトーマスから後になって、クラウスが本当は悪魔で、カミラは幼い頃から操られていたと聞かされた。その真相を聞いて怒りは消えたが、自分が今まで敬い従っていた、カミラという淑女が本当は誰だったのか分からなくなった。
(カミラ様はおかしくなるまで完璧な淑女として、立派に女主人の役割を果たされている様に見えた。それなのに実際は悪魔を身に宿していて、侍女は前の旦那様の死に関わり、産まれたクラウス様は悪魔だったと聞かされた。
今その悪魔は侍女と失踪し、カミラ様本人はすっかり子どもに返ってしまった。
あの様子を見ていると、悪魔など現れなければカミラ様は女主人としてつつがなく過ごし、いずれ本当にトーマス様そっくりなお子様が生まれ、シュタイン家も安泰だったのだろうにと思ってしまう)オリバーは嘆息をつき、これからトーマス様はこの家をどうされるのだろうと憂えた。
「こうして、海の底の国は救われました」カミラが本を読み終えると、レイモンドはパチパチと小さな手をたたいて喜んだ。実はこれは既に三回目で、カミラはレイモンドがせがむまま、繰り返し本を読んであげていた。
シモーヌも乳母も「代わりましょうか」と申し出たが、カミラは「私もこの本が大好きだから良いの」と言い、役割を譲らなかった。
本に満足した様子のレイモンドは、カミラの手を引いて立ち上がり、外へ行こうと誘った。
「おそと、いく」
そろそろ日が暮れ、足元が暗くなり始めていたので、シモーヌは「レイモンド坊ちゃま。今日はもう暗いので、止しましょう」とレイモンドを宥めた。
しかしレイモンドは後に引かず、カミラまで「シモーヌ。それじゃあ、少しだけなら良い?ちょっと庭に出るだけなら」と言い出したので、シモーヌは仕方なく「じゃあ、本当に少しだけですよ」と四人で庭に向かった。
庭に出た途端、レイモンドはそれまでカミラと手をつないでいた手を振り払い、幼児としてはずいぶん速い速度で開けた場所へ走った。
「待って、レイモンド」
カミラと、続いてシモーヌと乳母もレイモンドを追いかけて行くと、レイモンドは何かをつぶやいて地面に向かって魔法を使っているところだった。
見る間に土が盛り上がって何かの形になり、大きなオブジェが出来ていく。
「わあ!」出来上がった物を見て、カミラが歓声を上げた。
レイモンドが作ったのはさっき読んだ絵本に出てきた一場面で、王子と少女が海の世界を襲うウミヘビを倒そうとする姿だった。
王子はトムに似ていて、少女はローズそっくりだった。
そしてウミヘビは真っ黒な土で出来ていて、身体をくねらせ、口を大きく開けた姿で二人に迫っていた。
シモーヌはそれを見て、カミラが体内に飼っていた蛇を思い出して悲鳴を上げそうになった。乳母も何かおぞましい気配を感じてレイモンドまで近寄れず、その場で震えて動けなくなった。
カミラ一人だけが「すごい、レイモンド!」とはしゃぎながら像へ近づいて行った。
カミラがレイモンドと三体の像に辿り着いた時、突然王子と少女の像が金色に輝いた。驚いていると蛇の内側からも金色の光が湧き出て、蛇はその光に食い破られる如く粉々に砕け散った。
レイモンドは王子と少女が放つ光を浴び、カミラは蛇から溢れ出た光に包まれた様に見えて、シモーヌと乳母は二人に慌てて駆け寄った。
「レイモンド坊ちゃま!」
乳母に抱き上げられたレイモンドは、何事も無かった様に少女を指さし「かあちゃま」と笑っていたが、蛇の光を浴びたカミラは地面に倒れていた。
シモーヌがカミラを抱き起こし「カミラ様。しっかり」と声をかけると、彼女はうっすらと目を開けた。
「ああ、良かった。気が付かれたんですね。身体の具合はどうですか。どこか痛い所はありませんか」シモーヌは蛇を壊したあの光が、悪いもので無いのは感じ取れていたが、蛇の姿がおぞましくてどうしても心配で、気が気では無かった。
だから目覚めたカミラが弱々しい声で「シモーヌ」と自分を呼んだ時、心底ホッとした。
「カミラ様。大丈夫ですか。シモーヌは心配しました。もうお邸に帰りましょう。土が付いて汚れてしまいましたよ」小さい子どもに言う様に声をかけると、カミラは宙を見上げながらつぶやいた。
「シモーヌ。私、全部思い出したわ。私があいつと一緒にして来た事を、全部」
「全部…ですか?カミラ様、それではシュタイン家の事も?」
「ええ、ええ。全部よ」
カミラはそのまま意識を失い、邸へと運び込まれた。
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