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いつかあなたを  作者: Jun
光差す世界

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124 トムの想い

 四人が乗る馬車の中が何となく微妙な雰囲気になっている頃、もう一つの馬車に乗っているトムとケイトは、遠いあの日から始まった悪魔との因縁にやっと決着がついて、長い間の悲願を果たした安息を味わっていた。

 ここ数日の強行軍で負担がかかり、体調が優れなかったケイトの為に、マーガレットが座席に沢山クッションや上掛けを用意してくれたお陰で、楽な体勢で横になって移動出来る事にケイトは感謝した。

「こんなに揺れない立派な馬車で、ゆったりと横になっていられるなんて、本当に有難いわ。ガードナー伯爵は本当に紳士だし、夫人も細やかに気にかけてくれて、私の知っていた貴族というものを忘れてしまいそうよ」


 幼い頃あちらの世界に移った為貴族についてよく知らないトムは、そう話す母に確認した。

「俺は貴族がどんなものだったか、ほとんど覚えていないんだ。カミラの両親は貴族で、確か感じの悪い嫌な奴らだったよな?」

 トムの記憶にあったのは、カミラが両親に無視されて泣いていた場面や、稀に庭や廊下ですれ違った時は顔をしかめられ、地面や床に頭をこすりつける程頭を下げた事だけだった。

 女神に逃がして貰ったあちらの世界では人々は皆平民で、尊いと思われるのはその人の行いと女神様だけだった。だからトムはたまに貴族を思い出すと、悪魔のせいで否応なくここに逃げて来たが、貴族がいない世界に行けたのだけは確実に良かったと思っていた。


「そうね。貴族のいないあちらの世界で考えたら、嫌な奴らだったんでしょうね。でもこちらの世界では、あれが貴族の普通だったと思うわ。むしろ私達を鞭打ったりしなかったし、食べ物に不自由させられた訳でも無いから、良い人達だったかもしれない。だからガードナー伯爵もシュタイン伯爵も、貴族としては信じられない程良い方々だと思うわ」ケイトはしみじみとそう言った。

「あの方々に出会って一緒にいられたのが、女神様がカミラ様に施して下さった恩恵なのかもしれないわね」


 そこまで言われると、トムにも貴族がこの世界でどういう存在なのか理解できた。特にさっきまで滞在していたカラバン子爵家前当主の横暴を聞いた後では、貴族の持つ力とその性質が危険をはらみ、非道が許されるというのも分かった。

 だからケイトの言う通り、あの二人の伯爵達は飛び抜けて善人で、カミラとローズがシュタイン伯爵の妻、妾になったのは幸運だったのだろうとも思う。

 だからこそトムは今の状況に納得出来ず、トーマスが善人だというのなら、あの二人を今後どうするつもりなのかという苛立ちが湧いてしまうのだ。


「母さんは何度もそう言っていたし、俺も今はシュタイン伯爵を悪い人だとは思っていない。だけどカミラだけでなく、ローズに対してのこれまでの扱いは、どうしても引っかかるんだ。初めにローズから自分はシュタイン家の妾だと聞いた時、気の毒で仕方なかった。だってたった十八歳で義理の両親からシュタイン家へ、子どもを産む道具として売られたというじゃないか。

 貴族家としては当たり前なのかもしれないが、それならあの人だって、人間を買って平気な貴族だという事だろう。

 結果的にローズに対して愛情を抱くようになったけれど、そうじゃなければどう扱われていたか分からないよ。

 カミラにも正気の時間があっただろうし、そういう時に自分よりローズが愛されていると知ってどんな気持ちでいたのかと思うと、どうしても手放しで信用出来ない」


 トムが溜め込んでいた気持ちを一気に吐き出すと、ケイトは「そうね…」と一旦はうなずいて、トムの気持ちを受け止めてから、自分の考えを伝えた。


「だけど私達には、シュタイン伯爵がローズさんを妾として迎えた、本当の理由は分からないじゃない?シュタイン伯爵の性格から言って、そんな風に女性を扱うのを望むかしら。それこそ、何か特別な事情があったのかもしれない」と言った。


「カラバン子爵家が、婚姻申し込みをしたとも言っていたわよね。それでフリード様が首尾良くローズさんと結婚出来ていたら、素敵な恋物語になったんでしょう。

 でも実際にはそうではなく、フリード様への悪意に満ちていた父親が、ローズさんを妻にしようと企んでいたというから、シュタイン家に行くよりも余程酷い目にあっていたと思う。だから私はどんな理由であれ、ローズさんがシュタイン家に行ったのは、トーマス様を見込んだ女神様の思し召しかもしれないとも思うのよ」


 トムは余り納得していなかったがこの話を終わりにして、本当に言いたかった事を母親に話してみた。

「シュタイン伯爵が今後どうするつもり分からないが、俺達がカミラを引き取って、一緒に暮らす訳にいかないかな。俺はここで何も職が無いけど、神殿の仕事の知識はある。だからまた神殿で働かせて貰えないかと思ってるんだ。もしそれがダメだったら読み書き計算が出来るから、どこか商会に行って働かせてもらうよ。何をしたって、ちゃんと二人を養うだけの金は稼ぐよ」


 ケイトは、トムは持ち前の明るさと人に好かれる性格で、確かに何をしても上手くやっていけるだろうと思った。しかし、カミラは自分達と一緒にいてどうだろう?

「カミラ様は記憶を失くして五歳に戻っているから、今は私達に懐いてくれているわ。だけど、もし記憶を取り戻したらどうかしら。ローズさんが言っていた様なとても貴族らしい方に戻るとしたら、私達と暮らすとおっしゃるとは思えない。

 貴族の暮らしと平民の暮らしは全然違うのよ。貴族が全てを捨て、平民として暮らすのは簡単な事じゃない」

 そこまで話してケイトは疲れを感じ、眠気が襲ってきた。

「トム。よく考えてみて。私は少し寝かせて貰うわ」


 眠りに落ちていくケイトを見ながら、言われた通りトムは一人考え始めた。

 自分達の運命を狂わせ、長年苦しめられた悪魔を滅したが、これでめでたしめでたしとはいかなかった。

 トムの思い出の中のカミラは、いつも一緒にいて面白い話をして笑い転げ、駆けっこをして虫を捕まえたあの日のままで止まっていた。最後の記憶は自分に向かって手を差し伸べ泣いているカミラだったので、この世界に戻って意識を取り戻した時、自分とケイトの横で泣いていたカミラが、姿かたちは立派な成人女性だったにもかかわらず、記憶の中のカミラと違和感なく繋がったのだ。

 その時トムは、この世界の身分や風習を覚えていなかった事もあって、悪魔を滅しさえすれば昔の様に助け合い、三人で仲良く暮らしていけると思ってしまった。

(だけど母さんの言う様に、それは相当難しそうだ)


 それからトムは、あちらの世界で知り合い、一緒にこの世界へ舞い戻ったローズについても考えた。

(ローズは俺にとって、もはや戦友みたいなものだ)

 あちらの世界では神殿での同僚で、共にベルフリーデに立ち向かったし、こちらの世界では最後は二人で悪魔にとどめを刺した。

 あの時トムは、ローズの豪胆さと力の素晴らしさに感じ入った。彼女は自分が言った『聖女の力で悪魔を滅ぼせ!』の声に応え、本当に全ての力を光の矢に変え、蛇へ命中させた。あんなすごい力を持つ聖女が、妾だ何だと言われ、黙ってあの家に残るはずもない。現にローズは、聖女として働きたいと明言していた。

(まず間違いなく、彼女は神殿に君臨するだろう。俺が神官長なら、あの力を最大限に生かすはずだ)

 ローズはレイモンドを手放さないから、そうなったら間違いなく、二人してトーマスの許を離れる。


 トムには結局貴族というものの在り方を上手く理解出来ないが、トーマスは明らかにローズとレイモンドを愛しているのに、二人を失っても良いのだろうか、と疑問に思う。

 クラウスが自分の子と思っていた時はカミラとやり直し、ローズとレイモンドを手放して自由にしようと考えていたらしいが、レイモンドの魔法が規格外だと分かり、誘拐の危険があるという事でその話は流れて、その後実際に襲撃を受けたと聞いた。


 このままローズが聖女、併せてレイモンドの魔法を理由に神殿と王家が二人を保護すれば、危険が無くなる。そうしたらトーマスは二人と別れて、もう一度正妻であるカミラとやり直して生きようと考えているのだろうか。

 しかし少なくとも今のカミラは、自分とケイトがいなければ不幸になる。せっかくこんなに頑張ってカミラの魂を救って悪魔を倒しても、カミラが不幸では仕方ない。

 俺は何とかしてカミラが笑っていられる様にする、とそれだけをトムは心に決めた。

(カミラの記憶が戻るか分からないし、シュタイン伯爵がどうしたいのかも知らないが、とにかく俺はそれだけは譲らない。何ならカミラをあの家から連れ出して、三人で暮らしたって良い)


読んでいただき、ありがとうございます。


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