123 帰郷
和やかな雰囲気で、仲睦まじく会話しながら戻ってきたローズとフリードは、待っていた面々に向かい、お互いに話したかった事は全部話せて、良い友人になれたと伝えた。
マーガレットもケイトもすっきりした顔になったローズを見て、やはり話をする様に勧めて良かった、と喜んだ。
「フリードが、領地の林檎を送ってくれるんですって。とても美味しい林檎なの」ローズが嬉しそうに言って「良いわね。私も林檎は大好き」とマーガレットが羨ましそうにすると、聞いていたマーサが「収穫の時期が来たら、必ずガードナー家へもお送りします」と請け負ってくれた。
「嬉しい。アランは甘く煮た林檎を入れたお菓子が好きなの」
「僕も好きだけど、それは君の好物じゃなかったかな」アランが言い、皆で笑い合った。
様子を見ていたトムが、フリードに向かって「それじゃ、もう大丈夫なんだな」と大雑把に尋ねた。フリードは何がとは聞かず「はい。もう大丈夫です」と笑顔で答えた。
その後帰郷前に皆でもう一度、今回の件を神殿と王家へ報告するかどうか話し合った。
悪魔と関わったという事は、シュタイン伯爵家にとっても、カラバン子爵家にとっても悪い評判が立つに違いなかったし、悪魔が最初に現れたウィルソン伯爵家に至っては、未だカミラと悪魔の事情も知らずにいる有様なので、このまま終わりにしてしまいたい気持ちも少なからずあった。
しかし後世再び悪魔が出現する可能性を考えると、そういう訳にもいかないと誰もが分かっていた。
特にトムとケイトは悪魔のせいで違う世界へ行く事になり、カミラの浄化を含めて何年も苦労して、やっと戻って来た事を考えると、絶対に記録を残しておくべきと主張した。
「向こうの世界でも悪魔の出現はそうある事じゃない。だがその度にきちんと記録を残し、対処や見分け方を伝えてきたからこそ、正しい判断と対応が出来るんだ。特にこの世界は前回の出現が余りに昔で、神殿ですら悪魔と聖女をおとぎ話と思い始めているくらいだ。ウィルソン伯爵領の湖が聖なる湖である事も、その近くの採掘場跡に悪魔が封じられたという事も、何一つ残っていなかった」
そうトムが言えば、ケイトも「もしそれを知っていれば、あの辺りで何も知らずに遊んだりはしませんでした。湖もきちんと神殿が保護し、穢れてしまわない様に聖なる力を守るべきです。このままでは、もし再度悪魔が世の中に生まれても、気づかない内に操られてしまうでしょう」と言った。
そしてローズも、自分の力を人々の役に立てたかった。
「私は聖女として崇められたいとは、思っていません。あちらの世界では聖女は何人もいましたし、一つの仕事として治癒や浄化をしていました。だからこちらの世界でも、そうやって出来るだけ多くの人を救いたいです。そうする事が、この力を授けて下さった女神様の御心にも、両親の教えにもかなうと思います」
こうした話し合いの結果、ウィルソン伯爵領に封印されていた悪魔が復活し、シュタイン伯爵家に出現して多くの犠牲を出した後、最後はカラバン子爵家で滅ぼされたという一連の出来事を、秘密裡に神殿と王家に報告・記録して貰い、今後のローズの活動の指示も仰ぐ事に決まった。
神殿には深いつながりがあるマーガレットと、聖女としてローズが、王家にはトーマスとアランが報告する事になった。
アランは、まもなく若き当主となるフリードへ「カラバン子爵家にとってひどい醜聞にならない様に、王家にも神殿にも、出来るだけ内密に対処してくれる様願い出るよ」と安心させる様に言った。
フリードはその心遣いに感謝を表したが、世の中への戒めになるのなら、この家の何が悪魔をおびき寄せたのか、広く知られて構わないと答えた。
「カラバン子爵家の悪評は既に広まっていますから、我が家の評判が今以上に落ちる心配よりも、現在悪事を働いている者が悔い改め、非道をやめるきっかけになってくれる方が良いと思います。
この家に嫁がされた女性達は、家族に虐げられ物の様に売られたり、非嫡出子として生まれ、世話もされずに捨てられていたのに、家に金が必要になったからと連れ戻され、売られた人もいました。
その非道な行いは人の目に触れず、貴族が平民に対して当たり前の事をしただけと思われています。おじい様がしていた事は確かに罪ですが、それを可能にした無自覚な罪人は、何の痛手も受けずのうのうと生きているんです。そういう人々に警鐘を鳴らし行いを改めさせる為、ここで起こった悲劇が知られても構いません」
こう話すフリードの頭には、同級生だったダニエルの父親が全く態度を改めず、シャーロットを男爵家に戻せなかった出来事があった。
(自分のした罪を、罪と感じられない人間には、罰を目の前に差し出さないと分からないだろう)
アランは、フリードが熱心に話すのをじっと聞いていた。
「そうか。君はそう言う風に考えるんだな。分かった。もし必要があれば、どんな罪人を悪魔が好むのか広めてもらおう。
…ところでガードナー家は今まで、カラバン子爵家と関わりが無かった。だが今後は事業など、協力出来る事があれば協力していきたいと思うが、どうだろう」
フリードもマーサも、飛ぶ鳥を落とす勢いのガードナー家当主の提案に驚き、喜びを隠さずに承諾した。
「これからよろしく」
アランが手を差し出すと、フリードは嬉しそうにその手を取り、握手を交わした。
「本当にありがとうございました。カラバン子爵家は、皆様の御恩を決して忘れません。これから司祭様にご協力を頂き、女性達の名を刻んだ墓碑を建てるつもりです。その前に彼女達の魂が無事に天に昇る事が出来て、ご助力に心から感謝しております」
「皆さん、ありがとうございました。まだまだ課題が山積みですが、当主を継いだら尚一層頑張って、家を建て直していくつもりです。今後もお付き合い頂けたら幸いです。どうぞよろしくお願い致します」
見送りに立ち、感謝の言葉を述べる二人に、トーマス達ももてなしへの礼を述べ、今後神殿や王家とのやり取りを都度知らせると約束した。
最後にローズが見送りに来ていた使用人全員へ浄化魔法をかけると、皆に残っていた穢れが祓われ、重苦しい気持ちや無気力な気分、軽い体調不良が消え去った。
「おお。頭が痛かったのが治った」「身体が軽いわ」
喜び合う人々の中で、自分の身体も軽くなったと感じているフリードの許へローズは向かい、最後に挨拶した。
「フリード。こうしてまた会えて、本当に良かった。あなたの幸せを、心から祈るわ」
ローズがそう言った時、彼女から金色の光が迸って息子を包むのを、脇に立っていたマーサは確かに見た。光に包まれたフリードも、今まで感じた事の無い力がみなぎり、これから自分を待つ困難に立ち向かう勇気が湧いて来る気がした。
「ありがとう、ローズ。僕も、君の幸せを心から祈っている」
来た時と同じく馬車に乗り込み、素晴らしい速さで走り去って行くのを、フリードとマーサはいつまでも見送っていた。
帰りの馬車もケイトを休ませようと、トムとケイトが二人で一台の馬車に乗り、もう一台にトーマス、アラン、マーガレット、ローズの四人が乗った。
トーマスはローズに今後具体的にどうしたいのか、本当にフリードの事はもう良いのか等尋ねたいと思っていたが、そもそも自分がカミラとの今後も何もはっきりしてないのに、聞く事が出来なかった。それで何を話せば良いのか分からなくなった彼は、気まずい思いで黙り込んでいた。
だからアランが「悪魔について王家に報告する時、一緒にレイモンドの魔法についても報告しないか。あちらも国にとっての重要事項だし、悪魔の仕出かした襲撃にも関係してる」と言い出した時は安堵した。
「レイモンドの事を狙っている貴族や、悪党達の件を話せば、王家だって保護の必要性を理解する。しかもちょうどいいタイミングで、母親のローズが神殿から聖女として認められるだろう。そうなれば、二人揃って国の重要人物として扱われると思うよ」
アランは当然の流れの様に、今後の予想を語った。
「私は自分が重要人物とは思いませんが、レイモンドが安全に生きていける為なら、出来るだけの協力をしたいと思います。…トーマス様はどう思われますか?レイモンドをシュタイン家の跡取りとお考えでしたら、何か不都合はありませんか」
ローズに急に尋ねられ、トーマスは明確に答える事が出来ず、困った顔で取りとめない考えを口にした。
「俺は…レイモンドがシュタイン家を継いでくれたら良いと思ってる。しかし、カミラがあの状態では、何も決められない。彼女はシュタイン家の伯爵夫人で、後継者は彼女抜きで進められる話では無いからな…」我知らず顔を伏せ、ローズの目を見ないでトーマスはそう答えた。
「…確かに、そうですね。私もこれから聖女として働くに当たって、どんな風に暮らしていくか考えなければと思っているところです。
ただどうするにせよ、私がレイモンドと離れる事はあり得ません」冷ややかさを感じるローズの口調にトーマスが怯んでいると、マーガレットが追い打ちをかけた。
「そうね。レイモンドは今まで通り我が家で暮らせば良いわ。そうしたらローズが聖女として忙しい時、私がレイモンドの面倒をみられますから。トーマス様は安心して、カミラ様との仲を考えてちょうだい」
アランはやれやれと気の毒そうに、トーマスを見ていた。
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