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いつかあなたを  作者: Jun
光差す世界

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118/130

118 隠されたものと見えてきたもの

 今回聖女として悪魔を滅する重要な役割を担ったローズは、自分については簡単な説明に留めていた。彼女は自分がアマンド男爵家の令嬢だった事も、現在の身分やトーマスとの関係にも触れる事無く、ただ自分は元々この世界の人間ではなく、違う世界の聖女だったのだと説明した。


「この世界で襲撃され、死にそうな目に遭った時、女神様が私を元居たあちらの世界へ逃がして下さいました。そこで封じられていた聖女としての力が解放され、更にこの世界へ戻る前に女神様から御力を預かって帰ってきたんです。幸いにもこうして無事に、悪魔を倒す役目を果たす事が出来て安堵しています」


 マーサはローズが二つの世界を行き来し、聖女としての自分を取り戻し帰って来たという話に驚嘆した。この世界の悪魔の復活という危機に、女神様が再び聖女として彼女を遣わしてくれた奇跡にも深く感謝した。


「聖女様…ローズさんは、こちらの世界では貴族の学院に通っていらしたんですよね。今はおいくつになられるのですか。もしかしたら、フリードと学院ですれ違った事もあるかもしれませんね」

 ローズが貴族であると見て取り、それなら学院に通っていたはずと気づいたマーサが、興味深そうに尋ねた。ローズは少し言いづらそうにしながらも、マーサに悪気が無く、単純に興味を持って聞いているのは分かったので、素直に答えた。

「おっしゃる通り貴族の学院に通い、卒業しました。年は今年で二十一になります」

「そうなんですか!それではフリードは、ローズさんの一つ下です。学年が同じなら、知り合いだったかもしれないのに、残念です」

 そう発言したところで、マーサの頭の中に一つの記憶が呼び覚まされた。


(フリードが結婚したがっていたアマンド男爵家の令嬢は、確か一つ年上で名前はローズだった。とても心が綺麗な人だとも言っていたわ。それじゃ、まさか、フリードを守ってくれた加護を与えてくれた聖女様というのは…)


 突然あの時の情報とローズが語った内容が一致してしまい、鼓動が早くなったマーサは、そっとフリードの横顔を盗み見た。母が気がついたと悟ったフリードは、何も言わないまま静かに首を振った。それは、自分には今更何も言う資格も、言う気も無いという彼の意思表示だった。


 フリードはローズが聖女だったと知った今、自分と彼女の道が交わる未来はあり得ないと思っていた。

 学院時代、孤島の様な静かな薄暗い図書室で、互いに名前も言わず、葛藤を抱えながら時間を過ごし、小さな声で語り合って林檎を齧り笑顔を見せた彼女はもういないのだ。

 今のシュタイン伯爵と彼女の間柄がどんなものなのかは分からない。

 だが聖女として覚醒したローズは、国王陛下さえも粗略に扱えない程高貴な存在になり得る。今回の悪魔退治の事実が神殿に報告されれば、すぐに神殿は聖女の存在を察するだろう。彼女が力を示しさえすれば聖女として保護され、女神を信仰する世界中の人々が彼女を崇めるのは間違いがなかった。


 フリードが何も言わないのが分かると、マーサも諦めた表情で口を閉じた。

 マーサにしても、今のローズにフリードの手が届く可能性が無いのは承知していたが、フリードの初恋の相手の令嬢がこれほど美しく、清らかな女性であったと知れて深い喜びを感じていた。

 だからこそ、あれほど真剣に思っていた相手に、息子が何一つ想いを告げられず終わろうとしているのは口惜しいと思った。

(あの時はフランクの穢れた企みがあったから、アマンド男爵家から断ってくれて良かったと心から思ったけれど。本当はフリードが本気で愛していた彼女と、幸せになる事を願っていたのに)


 フリードはマーサの思いなど気づかず、聖女としてでもそうでなくても、ローズがこの先幸せに生きていくならそれで十分だと考えていた。

 自分を守ってくれた聖女の加護についてだけは感謝を伝えたかったが、今はそれも無理そうだと諦めた。

(大切にしていたハンカチの、林檎の刺繍は真っ黒に変わってしまったけれど、僕はこれから先もこれを変わらず身に付けるだろう)


「もうずいぶん夜も更けました。皆様お疲れの事と思いますので、そろそろお部屋にご案内したいと思います。ただ大変お恥ずかしいのですが、我が家には使用人の数が少ない上、皆一時的に悪魔に操られ意識を失っておりました。また、住み込みの使用人に至っては元々ほとんどおらず、そのわずかな者達はまだ意識が戻らない状況です。

 その為人数分のお部屋のご用意が出来なかったので、男性と女性、二部屋に分かれてお泊り頂けますでしょうか。

 もし夜間に何か御用がありましたら、ベルを鳴らして下されば私かフリードが伺います。これほどお力を貸して頂きながら十分なおもてなしが出来なくて、誠に申し訳ありません」

 マーサは伯爵という自分より上位の身分であるトーマス達へ、おずおずと事情を話して許しを請うた。


「そんな事は全く問題ありません。むしろこんな騒動の中で我々の部屋の用意まで気にかけて下さって、ありがとうございます。後はもう寝るだけですし、最低限の事は自分で出来ますから、心配なさらないで下さい。それよりも夫人の部屋はドアも壊れてしまいましたが、今晩大丈夫ですか」アランはマーサの気遣いに礼を言うと、彼女の心配をした。マーサの部屋はドアが外れ家具は散乱して、とても眠れる様な状態ではなかった。


 暖かい言葉をかけられ、ホッとした様子のマーサは「ご親切に私の部屋の心配までして下さり、ありがとうございます。私は久しぶりに、フリードの部屋で一緒に寝る事になっています。一日で余りに沢山の事が起こったので、一人で過ごさないで済んで良かったと思います」マーサは微笑んで答えた。

「本当に皆様にはご不便をおかけします。夜に用事がありましたら、遠慮なくベルを鳴らして下さい。…今後は我が家も、使用人、住み込みの者も増やしていこうと思っています。今までは色々な事情で人を遠ざけていましたが、もうその心配は無くなりました」フリードも言うと、トーマスが「そうだね。これからきっと皆にとって、新しい日々が始まるよ」と、フリードだけでは無く自分も励ます様に返事をした。


 そこでトムが、疲労の滲むケイトを気遣って口を挟んだ。

「俺も母さんも平民ですから、自分の事は全部自分で出来ますよ。お気遣い頂かなくても大丈夫ですが、実は少し疲れてしまったので、部屋に案内して頂いて良いですか」

「勿論です。すぐに、ご案内しますね」一同は先に立つマーサとフリードの後について、客間に向かった。


 女性に用意された部屋に落ち着いたローズ、マーガレット、ケイトの三人は、代わるがわる浴室を使う事になった。ローズとマーガレットは遠慮するケイトを説き伏せ、一番先に浴室へ行かせた。

「ケイトさんは昨日から無理をしているんだから、先にお風呂に入って早く寝た方が良いわ」マーガレットに促され、ケイトは「ありがとうございます。それでは、お先に使わせていただきますね」と浴室へ入った。


 二人になるとマーガレットはローズをソファへ導き、自分は彼女の隣に身体をピッタリくっつけて座った。

「ローズ。悪魔を倒せて、本当に良かった。暗闇を裂いて飛んでいく美しい光の矢を、窓から見ていたの。今もあの光景が目に焼き付いているわ」ローズの肩に頭を預けて目を閉じたマーガレットが、さっき見た光景を思い浮かべながら話すと、ローズも思い出してうなずいた。


「あれは向こうの世界で、女神様が悪魔を滅ぼす様におっしゃって授けて下さった力なの。だからあんなに沢山、強い力を持つ矢を放つことが出来たのよ。でもそれよりも、あの時のトムは本当にすごかったわ。彼が悪魔の蛇を思い切り殴り続けると、蛇の胴体はどんどん壊れていったのよ。そこへ全身に矢が刺さったのだから、蛇はひとたまりも無かったわ」

「トムったら、本当に殴ったの⁈」マーガレットがそれは見たかったと笑い出し、ローズも「私も驚いたわ。本当に殴るとは思わなかった」と笑った。


 二人でひとしきり笑った後、マーガレットはローズに言った。

「ローズ。私とケイトさんは、意識の無いカラバン子爵令息と一緒にあなた達を待っていたでしょう」

「え?ええ。そうだったわね。部屋に操られた下男が押し入って来たと聞いたけれど、大丈夫だった?」

「それは平気よ。下男は悪魔の力のせいか、すごい力を出してドアを壊したの。積み重ねておいた家具も投げ飛ばして大声で罵っていたけど、私の聖魔法が命中したら、気を失って倒れちゃったわ。昔から蛇の浄化で聖魔法を放ってきた甲斐があった」マーガレットは得意そうに言った。

「すごい。聖魔法で洗脳が解けたのね」

「そう。その後下男の暴れた物音のせいか、カラバン子爵令息は目を覚ましたの」

「そう。きっと彼は、自分の状況が分からなくて驚いたでしょうね」


 彼を知らない人の様に話すローズに、マーガレットは尋ねた。

「ねえローズ。あなたが、カラバン子爵令息に聖女の加護を与えたんでしょう?」


読んでいただき、ありがとうございます。


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