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いつかあなたを  作者: Jun
光差す世界

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116/128

116 決着2

 再び訪れた暗闇は気のせいでは無く、先程よりうんと闇の濃さを増していた。

 女神の奇跡を前にした悪魔が、起死回生を狙い全ての力を使おうとしているのだと、二人は感じた。

「ご子息の近くに行って、固まっていましょう」

 皆が一緒にいる方が良い気がして、ケイトはマーガレットを促しベッドの方へ行った。ベッド周りの簡易な椅子に座って、二人は眠るフリードを見つめていた。


 しばらくして、部屋のドアをノックする音がした。

 二人共黙っていると、ドアの外から声が聞こえた。

「僕だよ。やっと悪魔を倒せたんだ。ここを開けてくれないか」

 マーガレットが押し黙ったまま、立ち上がろうともしないでいると、ドアノブをガチャガチャと動かす音がして「鍵なんてかけているのか。もう悪魔は倒したと言っただろう。大丈夫だから早く開けてくれ。君の顔が見たいよ」と又声がした。

 マーガレットもケイトも返事をしないでいると、遂に相手はドアをガンガンと蹴とばして大声を上げ出した。

「おい、開けないか!主人が大役を果たして帰って来たと言うのに、知らない振りとは良いご身分だな!今ドアをぶち破って、するべき振る舞いを教えてやるから待ってろ!」


 マーガレットはケイトに目配せしてからドアに向かって立ち、聖魔法を放つ準備をした。

 散々力任せに衝撃を加えられ、遂に大きな音を立てて蝶番が飛んだ。そして半分外れかけたドアから体格の良い下働きの男が姿を現し、隙間から部屋に身体を押し込んだ。

 室内を見回す男の眼は血走ってぎょろぎょろと彷徨い、口は際限なく呪いの言葉を吐きながら、ドアの前に積んでおいた家具をなぎ倒し始めた。

 男は自分が通れる位の隙間を作り中に入った所で、部屋の奥に立っているマーガレットに目を止め、一瞬動きが止まった。それを見逃さなかったマーガレットは、構えていた両手から聖魔法を放つと、飛び出した白い光は男の額に見事命中し吸い込まれていった。

 彼女に向かって足を踏み出しかけていた男は、そのままの姿勢で意識を失って無防備に倒れ、自分の転がした家具にぶつかって血を流した。


「マーガレット様、すごいです」見守っていたケイトが声を上げ、マーガレットも笑顔を見せたが、眉をひそめて愚痴った。

「この邸の下男らしいけど、言っている言葉はおぞましいし、目つきが悪くてゾッとしたわ。きっと亡くなった当主や子爵子息が、日常的に女性に取っていた態度なんでしょうね」


 大きな物音がしたせいか、その時眠っていたフリードが目を覚ました。

 彼は自分がどこにいるのか分からないまま、倒れる前の出来事が蘇り、慌てて跳ね起きた。

「母上!大丈夫ですか⁈」急に起き上がったせいで目まいがするのをこらえ、ベッドから出ようとしているのを、ケイトが慌てて押し留めた。

「まだ動かず、寝ていなければいけません。夫人は無事ですよ」


 知らない女性に声をかけられ、フリードは戸惑った風に視線を巡らせた。部屋の中には他に貴婦人とおぼしき女性がいて、家具が放り出され、ドアが壊れて男が血を流して倒れているのを見て、彼はますます混乱した様子だった。

 ただ、自分が寝ているこの部屋が母マーサの部屋だというのは分かり、さっき母について教えてくれたケイトの方を見て、矢継ぎ早に質問した。

「母上が無事とおっしゃいましたが、今どこにいるのでしょう。僕達は倒れる前、執務室でクラウスという子どもが出した蛇に襲われていました…だけど、ここは母の部屋ですよね。それに、そこで倒れている男はうちの下男だと思いますが、血を流しているのは何かあったのですか」


 ケイトは、優しくフリードを見て答えた。

「まず、私はケイトと言います。そこにいる女性はガードナー伯爵夫人のマーガレット様です。私達は、クラウスとタミーについて聞きたくて、シュタイン伯爵達と一緒にこちらに参りました」

「シュタイン伯爵…。そうです、二人の事で手紙を頂きました。明日いらっしゃると思っていましたが…もしや、もう僕が倒れてから日にちが経っているんでしょうか」


 慌てているフリードに、マーガレットが近寄って答えた。

「いいえ。私たちが一日早く着いたんです。緊急を要する事態だと思い、馬車を飛ばして来たお陰で、あなたが蛇の牙にやられたすぐ後に到着出来ました。ここにいるケイトさんが、あなたの中に入り込んだ蛇の黒い魔力を吸い取って、あなたを救ったんですよ」

 そう言われたフリードは、ケイトに「そうか…あなたが助けてくれたんですね」と感謝のまなざしを向けた。

「あの魔力を入れられた時、本当に苦しかった。身体の中に毒を流し込まれている様な…。どんどん身体が冷たく、意識が遠のいて、もうダメだと思いました。それが誰かに手を握られて、痛みが引き、呼吸が楽になっていったのを覚えています。あれはあなたの手だったんですね。本当にありがとうございました」


「いいえ。私のこの力が、あなたの役に立てたなら嬉しいです」ケイトは微笑んだ。

「あと、あそこに倒れている男は、あなたの言うクラウスという悪魔に操られていたの。ドアを破って侵入しようとしたから、魔法で正気に戻したら気を失って倒れたのよ。その拍子に頭を打って血を流し、気を失ってしまった。そうだ、念のために聖魔法のハンカチをかけてくるわ」

 マーガレットが倒れている男の方へ向かったので、フリードはケイトに重ねて聞いた。

「それで、母は今どうしているのでしょう。シュタイン伯爵と、ガードナー伯爵もいらしてるんですか?」

「お母様は、シュタイン伯爵、ローズさん、ガードナー伯爵と私の息子のトムと一緒に、裏庭にある『妻達の共同墓地』という所へ行かれました。悪魔がそこに向かったと聞いて、闘いに行かれたんです」


「ローズ…?」フリードは一瞬その名に気を取られたが、ハッとして「いや、母が悪魔と闘うなんて。母には、闘う術がありません」と狼狽えた。

 ケイトはそれを聞き、首を横に振った。

「そんな事はありません。あなたはお母さまが何年間も、あそこにいる女性達の為祈りを捧げて来たのをご存知ですか。その祈りを受け取り、女神様が奇跡を起こされました。お母さまの力で、女性達は浄められ、天に召されたんです」

「母の祈りが…」フリードは半信半疑でいたが、戻ってきたマーガレットもケイトの言葉を肯定した。

「本当の事よ。私たち、あの窓から見ていたの。真っ暗な空から光が差してきて、地上から光の粒が天に上がって行った。同じものを一度見た事があるから、間違い無いわ」

「光が…。しかし、今窓の外は真っ暗です。どうなっているんだろう」

 不安そうなフリードへ、マーガレットは言った。

「おそらく最後の闘いが始まっていると思う。でも、大丈夫よ。私達には聖女様がいるの。女神様の力を授かった聖女が」


 誇らしげに言うマーガレットに、フリードは「聖女様ですか?僕は今までこの世に聖女様がいると聞いた事がありません」と言った。

「それは彼女が二つの世界を行き来してから、力を取り戻したからよ。私は聖魔法使いで、彼女とずっと親しくしていたのに、彼女が聖女だったと気づかなかった。だからあなたが聞いた事が無いのは当然よ…。だけどカラバン子爵令息、あなたを蛇の襲撃から救ったのは、聖女の加護だったらしいわ」

「僕に、聖女の加護ですか?何かの間違いだと思います。僕は聖女の存在すら知らなかったのに」とフリードは否定した。

「だけど一緒に襲われた夫人、あなたのお母様は、蛇があなたにとどめを刺そうとした時、何かに怯んで逃げ出したと言っていたわ。悪魔も、まさか聖女の加護がついているのか?と驚いていたと」

そうよね、と同意を求めるマーガレットにうなずき、ケイトも「はい。そうおっしゃっていました。それにそうで無ければ、蛇が途中でとどめを刺すのを止めた理由が分かりません。本当ならあなたはその場で、命を落としていたはずです」と言葉を添えた。


 フリードを不思議そうに見つめていたマーサが、思いついたように尋ねた。

「何か、お守りみたいな物…。いつも身に付けている物とかありませんか」

 尋ねられたフリードは、反射的に胸の内ポケットを押さえた。

「いつも身に付けている物は、あります。けれどこれは、ただ刺繍がしてあるハンカチです。ずい分前に人に貰った…」

「見せて頂いても良いですか」興味深そうなケイトに頼まれてフリードは躊躇ったが、結局胸に手を入れ、ハンカチを取り出した。

 しかしそれを手渡す前にハンカチに目をやった彼は、驚いて大きな声を出した。

「刺繍が真っ黒になっている」


 ハンカチを広げたフリードは、ローズの刺してくれた赤い林檎が真っ黒に変化しているのを見て慄いた。マーガレットはハンカチに施された刺繍を見て、それが見覚えのあるローズの手によるものだと分かった。何故ローズの刺繍したハンカチを、カラバン子爵令息が持っているのか不思議に思うのと同時に、そうか、これが彼を守ったのだと納得した。



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