113 対決1
その頃『妻達の共同墓地』にはクラウス、タミーの他、下男や洗脳された使用人達が集まっていた。使用人は手に手にスコップやシャベルを持ち、クラウスの指示で盛り上がっている土を掘り返そうとしている。
その真ん中に立つクラウスは、この一画に漂う死と恨み、無念、呪いの気配をうっとりと味わい、酔いしれながら一人で話し続けていた。
「人間っていうのは、どうしてこんなに矛盾しているんだろうな。奴らは俺を恐れ忌み嫌うが、俺が封印されていたって、自らの意思でいくらでも醜悪に残酷になっているじゃないか。なあ、タミー。お前もそう思うだろう?
お前の主だったあの女も、いつも何かを求めていて満足しなかった。自分から災いと不幸の種を探し、俺を立派に育てていたんだ。しかしあれだけ負の感情があったら、あいつの魂をもっと早く食い破れていたはずなのに、何故だか上手くいかなかったな…」
話しかけられいるタミーは壊れた人形の様に突っ立っているだけで、答えは何一つ返さない。彼女は長い間操つられたせいで、ほとんど自我が消えてしまっていた。けれど最初から返事など求めていないクラウスは、頓着せずに喋り続けた。
「しかしここに女達を埋めた男は傑作だな!貴族で金があって散々好きにしていたのに、手に入れたものと言えば、屋敷中に渦巻く負の感情だけだ。俺には好都合だったが、奴が実際何が欲しかったのか、さっぱり分からないや」
おかしな奴だ、とクラウスは爆笑した。
「人間は幸福になりたいとよく言うだろう?それなのに、何でも出来た奴が求めた物は不幸とは、全くもって矛盾してる。あいつは今頃女神の采配でどこかの地獄で焼かれてるんだろうが、生きてる間も死んでからも不幸が好みなら、俺が一緒にいてやれたら良かったのにな。奴からはいくらでも闇の力が手に入っただろう。惜しい事をした」
クラウスが笑いながら悔しがっている間、使用人達は穴掘りに苦戦していた。既に痕跡も消えかける程古く、踏み固められた穴の土は固くて、幾ら掘っても中々深い所へ辿り着けなかった。
クラウスは彼女達の魂だけでなく亡骸までも、土に返してやらず利用しようと考え「こいつらが出て来られる位、深く掘るんだ」と命じていた。
そのまま漂う闇の力の濃さを楽しんでいたクラウスだったが、突然足を止めると邸の方を見て言った。
「嫌な気配が来る」
ローズ達の後に続いて歩いて来たマーサは、姿を消した使用人達が『妻達の共同墓地』をスコップで掘り返しているのを見て、大きな声を上げた。
「何をしているの? やめて!彼女達をこれ以上汚さないで」彼女が取り乱して走って行こうとするのをトムが止め、使用人が何をしているのか見て取ったアランが、彼らに向かって風魔法を放った。
アランの起こした突風は、無言でスコップを使っていた使用人達を吹き飛ばし、庭をぐるっと囲う牢獄の様な石造りの壁に叩きつけた。彼らはその衝撃で倒れ、動かなくなった。
地面に所々空いていた穴は、トーマスがすぐに土魔法を使い、元通りに塞いだ。
クラウスはトーマスを見つけると目を丸くした。
「おやおや、誰かと思えば俺の父親じゃないか」
「俺はお前の父などではない」トーマスはきっぱりと答えた。
「ずいぶん冷たい父親だな。カミラなら俺が息子だと分かってくれただろうに、お前はいつも妾とその子どもで頭がいっぱいで、俺達には関心が無かったものな」クラウスはトーマスを楽し気に責めた。「お前は何事も自分には関係無いって顔をして、面倒からは逃げられるだけ逃げていた。カミラの方も、お前よりそこの金髪の男が好きだったから、お前がカミラを愛せなくても無理はない。俺も子どもと認められなくても、恨んだりしないさ」
クラウスの言葉に顔を歪めるトーマスの手を、ローズが握った。
「トーマス様。悪魔の言葉をまともに聞く事はありません。あれは何の意味も持たない、ただの言葉です」
「あ、ああ。ローズ。ありがとう」
トーマスと言葉を交わすローズを見て、クラウスは意外そうに目を細めた。
「お前、トーマスの妾だったろう。まさかお前が、聖女だったのか」クラウスの瞳が光ると小さい蛇が何匹も飛んで、ローズに襲い掛かった。しかし彼女を中心に取り巻く光が瞬時に現れ、光に当たったヘビは塵になって消えた。
「やはり聖女なんだな。いや、確かに以前は違っていたはずだ。どうしてお前に聖女の力が宿ったんだ」驚くクラウスに向かって、今度はローズが聖女の力を使った。ローズの指先から出た光のロープはクラウスの身体を縛り上げ、身動きが取れなくなった所で浄化の力を流し込んで、彼を消し去ろうと試みた。
しかし浄化の力は黒い魔力で押し戻された。ロープを消して自由になったクラウスは、今度は埋められている女性達の魂を呼び起こす事にした。
「本当なら朽ちていた肉体も使いたかったが、仕方ない。魂だけでも役に立ってもらおう」
クラウスが辺り一帯に黒い魔力を広げると、さっきまで明るかった周囲が暗くなり、霧雨が降り始めた。そして雨のヴェールに数人の女性の姿が浮かび上がり、幻影の様に姿を現した。女性達は皆、一様に痩せた身体に青白い顔、虚ろな瞳で立っていた。
その内の一人を見たマーサが「イブリン」と声に出すと、生気を失っていた女性達が一斉にマーサの方を振り向いた。
女達はマーサの姿を認めると、イブリンらしき一人を除き、全員が憎悪の表情に変わった。そしてマーサを取り囲む様に円になると、一歩一歩近づいて行った。
その光景を見つめるクラウスの瞳の色は金色に変わり、これから起こる惨劇への期待に満ちて輝いた。
「あれは、悪魔の瞳の色だ」トムがローズ達へ囁いた。
女達に迫られているマーサは、レジナルドの妻として使い捨てられた彼女達が、カラバン子爵家で名と地位と子を持ち、一人の人間として生きている自分を許せないのだと思った。彼女達への懺悔を長い間胸に抱き続けたマーサは、逃げようという気も湧かずに、その場でただ彼女達を待っていた。
そのうちの一人、シャーロットの前にいて亡くなった女が、声にならない叫びを上げながらマーサに向かって手を伸ばした。
トムがその女を捕まえ、ローズが聖魔法で消し去ろうとするのをマーサが止めた時、いつの間にかイブリンがマーサを庇うように前に立っていた。
「イブリン」マーサは、自分と女達の間に立ちふさがるイブリンを見つめた。
マーサには自分が妻達に憎まれる理由は分かっていたし、とりわけあの女を見殺しにしてしまった自覚もあった。だから彼女達の無念が晴れるのなら、ここで命を捧げても構わないと思っていた。
(元よりそのつもりで、これまで生きてきたのだから)
けれどそんな自分の前に立ってくれたイブリンは、あの頃と変わらない優しい瞳でマーサを見た。
そのイブリンの指に、あの時土の中に埋めた指輪がはまっているのを、マーサは気づいた。穴が深すぎて彼女まで掘り進められず、指にはめてあげられなかった指輪は、ちゃんとイブリンに届いていた。
「指輪が戻っていて良かった。イブリン、私を庇わないで良いの。あなた達の事は司祭様にお願いしてあるし、フリードがちゃんとしてくれる。あなた達が生きている間、何も出来なかった私を恨んで当然なの。それで皆の心が晴れて安らかに眠れるなら、私の命を取ってくれて良いのよ」
「そうだ!早くそこをどけ。皆の悲願の邪魔をするな。その女だけがのうのうと生き残ってるなんて、許せないだろう。幸せになどしたくないだろう」
様子を窺っていたクラウスがしびれを切らして叫んで、再び女達の憎悪の火が燃え上がるかと思われた時、霧雨を切り裂き一筋の光が差し込んだ。
光を見て苦し気に身をよじらせ、顔を歪めるクラウスとは反対に、イブリンは喜びに満ちて光を見上げ、マーサに語りかけた。
『マーサ。争いはあの悪魔を喜ばせるだけで、私達は救われないわ。あなたの命を奪ったらその報いを受け、ここから動けずに苦しみが続く事になる。だけど、見て。女神様が私達に救いの手を差し伸べて下さった』
天から差した光が女達に降り注ぐと、その顔は憎悪でなく嘆きに変わり、マーサを傷つけようと伸ばしていた腕は、助けを求めて天へと伸ばされた。
‘’どうか、私たちをここから解放してください‘’
彼女達の真の望みが皆の心に響くと、天から注ぐ光が更に強まり、彼女達を光の粒へと変えた。彼女達が姿を変えた光の粒は、そのまま差してくる光に溶け込み、天へと導かれて行った。
「父上達が天に召された時と同じだ」その光景を見ていたトーマスが、タリム村の森での出来事を思い出し、つぶやいた。
女達が一人残らず光となって召された後、一人残っていたイブリンはマーサを見つめて言った。
『マーサ。長い間私たちの為に祈ってくれてありがとう』
「わたし、私は何も出来なかった。あの時あなたを信じられなくてごめんなさい。イブリン、私は卑怯者なのよ。皆が私を恨んでも当然なの」泣いているマーサへイブリンは腕を伸ばし、優しく包み込んだ。
『何も出来なかったなんて事は無い。ここに囚われて、どこにも行けなかった私達を解放してくれたのは、あなたの祈りよ。だから、私もこうして彼と会えた』
気が付けばイブリンの側に一人の青年が佇んでいた。イブリンのはめている指輪と同じものが彼の指にもあって、二人は固く手を握り合っている。
(イブリンの愛する人が、迎えに来てくれたんだ)マーサが見つめる前で、二人も光の粒に変わり、そのまま天に上って消えた。
しばらく光の中で放心していた一同は、光が消え去った後再び霧雨に包まれて、目論見が外れ怒りに震える悪魔と対峙した。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)、いいねで応援してくださると嬉しいです!




