112 出陣
「『妻達の共同墓地』?一体それは何です。それと、ずっと気になっていたのですが、カラバン子爵は、その、どこにおられるのでしょう。ご子息が次期子爵と伺いましたが、ずいぶんお若いですよね」トーマスが少し気まずそうに尋ねた。皆もそれは気になっていて、‘’地獄‘’と呼ばれる家を作り出していた老人はどこに行ったのか、老人の後妻になったという噂のタミーとクラウスはどうしているのか、教えて欲しいと思っていた。
マーサは「今は時間が無いので、簡単にご説明します」と前置きして、レジナルドは二月程前に亡くなり、次期当主は息子ではなく孫のフリードを指名し、自分は成人するまでの後見人に任じられたと話した。
「さっきドアの前で騒いでいたのが、私の夫でレジナルドの息子のフランクです。あの人は当主になれなかった恨みや怒りで、正気を失くしていました。そこにやって来た悪魔が、あの人の闇の力を栄養にしたんです。赤子だったクラウスが、今は十歳位に成長しています」
「十歳。それだけ子爵子息の心の闇は大きかったんですね」マーガレットが嘆息した。
「タミーとクラウスの二人は、お義父様が亡くなってからこの家にやって来ました。最初は雇うつもりが無かったのに、話している内に気が変わって、下女として雇ってしまったんです。使用人達も、いつ聞いてもタミーは真面目に仕事をしていると言っていました。今思うと、私は悪魔に操られたのでしょう。きっと、皆支配されていたのだと思います」
「そう言えばこの邸に着いた時も、邸内に入ってからも、使用人の姿を一人も見かけなかった。皆、どこかへ行ってしまったんだろうか」アランが言うと、マーサは「元々この邸は使用人のほとんどが通いで、人数も少なかったのですが。一人もいないという事は、悪魔と一緒に『妻達の共同墓地』へ行っているのかもしれません」
「前子爵が亡くなっていたとは、知らなかった。きっと他の貴族家もまだ知らない話だろう…ところで、さっきからおっしゃっている『妻達の共同墓地』とは、一体何でしょうか」トーマスが重ねて尋ねた。
「『妻達の共同墓地』というのは、お義父様が次々に娶り、死なせていった若い女性達の墓なんです。お義父様は名前を刻んだ墓碑も作らず、亡くなった彼女達を下男に指示して、この邸の庭の隅に埋めていました。神殿にすら届けず、祈りも捧げなかったのです。私は嫁いで来てそれを知り、いつか彼女達を解放すると女神様に誓いました。最近になってやっと司祭様に相談出来て、もう少ししたらきちんと弔いが出来るところだったんです」
「では、今クラウス達はそこにいるというのですか」
「はい。フランク、夫がそう言っていました」
「悪魔は、恨みを持って亡くなった彼女達の魂を食いものにするつもりでしょう」トムが言った。「それを手に入れたら、きっと奴にとって大きな力になる。すぐにそこへ行きましょう」
ローズはトム達と一緒に立ち上がったが、ケイトに言った。
「浄化は終わりましたが、ケイトさんは力をかなり使っています。まだ本調子では無いので、ここに残った方が良いでしょう」
そう言われたケイトも、落ち着いた様子で眠るフリードの横で、腰を下ろしたまま答えた。
「そうね。そうした方が良さそう。まだ足元がふらついているから、足手まといにならない様にここで待っているわ」
するとアランが「マーガレットも、ここに残って待っていて欲しい」と言った。
「もしここに洗脳されている使用人が来たら、聖魔法で正気に戻す必要がある。
ご子息の意識は無いし、ケイトさんは身体が弱っている。そんな所に操られた者が力づくで来たら危険だ。守り手としてここにいてくれ」
「分かったわ。それなら私にも出来る。任せてちょうだい」マーガレットが力強く請け負った。
「そうと決まればここでは無く、他の部屋へ移ろう。ここはもうドアも無くて鍵もかけられないから」
そう言って、アランはマーサに「他の部屋に案内して頂けますか」と頼んだ。
「はい。それなら私の部屋へご案内します。その前に廊下に寝ているフランクを、別な部屋に運んで頂けますか。あの人からは常に闇の力が生まれると悪魔は喜んでいましたから、目が覚めて悪魔と合流しない様に、閉じ込めておく方が良いと思います」
アラン達は、廊下で眠っているフランクは出来るだけ遠くの部屋に運び、外から鍵を掛けた。
その後マーサは、皆を自分の部屋へ案内した。トムが眠るフリードを運んでくれて、マーサのベッドへ横たえ、マーガレットとケイトは部屋のソファへ並んで腰かけた。
その二人に向かいアランが言った。
「くれぐれも危ない事はしない様に。我々が出たら鍵を掛けて、夫人がしていた様に家具をドアの前に置くと良い。我々だと名乗る者が来ても、鍵を開ける必要は無いよ。俺がまたドアを破るまで、じっとしているんだ」
マーガレットが「カラバン子爵家のドアを、何枚も壊す訳にはいかないわ」と呆れて答えると、マーサが「何枚でも壊して下さって結構です。そんな物より、安全を何よりも優先してください」と口を挟んだ。
「ほら、夫人もこうおっしゃっている。夫人と一緒にここで、我々の無事を祈って待っていてくれ」
「分かったわ。ドアを吹き飛ばせる様に、必ず無事に戻ってね」
そこでローズ達がいよいよ部屋を出ようとした時、フリードの寝ているベッドの脇に控えていたマーサが立ち上がった。
「どうか私も連れて行って下さい。あそこに眠っている女性の中には、私の大切な人もいます。いつか必ず彼女を陽の光の元に返すと、女神様に誓ったんです」
「だけど、あなたのご子息はまだ意識が戻りません。一緒にいてあげた方が良いのではありませんか」ローズはマーサを止めた。
「いいえ。息子はこの方のお陰で、危ない状態を抜けました。私は彼女達を救うという誓いを果たす為に、二十年近くこの家で生き残って来たんです。途中からは息子を守るという理由も加わって、何度も何度も自分に言い訳をしながら、非道に目をつぶってきました。
もう息子は一人でも大丈夫です。だから、私も連れて行ってください。これ以上自分だけ安全地帯で言い訳を繰り返したくないんです」
アランとトーマスは、マーサを困った様に見やった。彼女の気持ちは分かったが、かといって果たして彼女に出来る事があるかと言われると、答えは否だった。
むしろ彼女を守らなくてはならない分、戦況が不利になる事が考えられた。
「しかし夫人。悪魔は本当に危険な存在です。俺も実際に蛇にしめつけられ、頭が朦朧として従ってしまった記憶もあります」トーマスはマーサを説得し、残らせようとした。
するとケイトが声を上げた。
「この方を連れて行くべきです。私が女神様にカミラ様を助けて欲しいとお願いした時、女神様はこう言われました。女神様が力を貸して下さるかどうか、それは人の祈りと願いによって為されると。この方が二十年もの長い間祈られてきた願いを、女神様がご存知無いはずがありません」
マーガレットが何枚もハンカチを取り出して、マーサへ渡した。
「これを持って行って下さい。アランとトーマスにも渡してありますが、これは聖魔法の刺繍が施されています。もし悪魔の力が夫人を害そうとしても、一度は守ってくれるはずです。…それに、さっきは言いませんでしたが、今の私たちには聖女様がついているんですよ。ご子息の加護は何故なのか分かりませんが、ここにいる聖女様が、皆を守り、助けてくれるはずです」
マーサは聖女の存在を知って驚きながら、ハンカチを受け取ってお礼を言った。
「シュタイン伯爵夫人、ありがとうございます。そちらのご婦人にも、感謝しかありません。私の祈りを女神様が受け取って下さることを、信じて行きます」
マーサはローズ達と共に部屋を出て裏庭へと向かった。
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