108 子爵家への旅立ち
ローズ、トーマス、アラン、そしてマーガレットは、滑る様に走る大型の馬車に乗り、これから訪ねて行くカラバン子爵家について、新たに仕入れた情報をすり合わせていた。あの話し合いでカラバン子爵家に現れた母子がタミーとクラウスに間違いないと考えが一致すると、アランはカラバン子爵家を訪ねて行こうと提案した。
「クラウスの力が危険なのを、俺達はよく分かっている。あれがカラバン子爵家に入り込んで今どうしているか、考えるだけでも恐ろしいよ。あの家で大きな闇の力を取り込んで力を増したら、いずれ世の中に出て恐ろしい災いを招くだろう」
アランはそう言うと皆を見回し、即座に出立しようと主張した。
「ちょうどここには二台の新型馬車がある。領地の仕事にも区切りをつけている、良いタイミングだ。すぐに動かないとまた間が空いて、その間に取り返しのつかない事になるかもしれない」
皆その考えには賛成だったが、マーガレットが「いくら貴族社会で嫌われている子爵家が相手だからって、先触れも無しに訪ねるのはあり得ない」と言うのも尤もだったので、訪ねて行く予定の日とその理由、万一既に異変が起きている場合は神殿を頼るようにと書いた、簡単な手紙をトーマスがシュタイン家の名前でしたためた。
その手紙を家令のオリバーへ早便でと託すと、その日の内に各々が荷造りをして、翌朝旅立つ事に決定した。
カラバン子爵家に行くのはローズ達四人の他に、ケイトとトムが名乗りを上げた。
「私は闇の魔力が入り込んで苦しんでいる人がいたら、その力を吸い取る事が出来ます」
「でも、そうするとケイトさんが苦しむでしょう」ローズが気遣うと、「その時は、ローズさんが浄化してください」とケイトは微笑んだ。
「女神様から与えていただいたこの力を、こんな時に使わない訳にはいきません」
トムはと言えば「俺は母さんみたいに魔法は使えないが、実は俺には黒い魔力が効かないんだ」といきなり打ち明けた。
「え、そうなの?」ローズが驚いた顔を向けると、トムは何でもない顔で「うん」とうなずいた。「向こうに行って少ししてから、気づいたんだ。悪魔程強い力ではなくても、悪意を抱いて闇の力を持つ人っているだろう?最初の頃ベルフリーデが君に対して嫉妬心を抱いて、君が簡単に浄化出来る程度の黒い魔力を出していたみたいに」
それを聞いたマーガレットが「分かるわ。小さな蛇の様に、憎んだり妬む相手に向かって攻撃しようとする魔力ね」と深くうなずいた。
「そう。神殿で仕事をしていると、時々黒い魔力に強く囚われて、助けを求めて来る人がいた。大抵本人が望んでじゃなくて、家族が連れて来て聖女に浄化を求めるんだけど、そうなっている人は周囲を無差別に攻撃するんだ」
「もう、自分が誰を、何を憎んでいるのかも分からなくなっているのね」マーガレットが心当たりがあるような顔で言った。
「そうなんだよ。神官は黒い魔力を弾く訓練をしているけど、時にはうっかりまともに浴びて、身動きが取れなくなったりする。そういう時に相手が物理的に暴れたりすれば、抑えきれなくてとても危険なんだ。錯乱して暴れてる人間を、聖女の前に連れて行って浄化しろとは言えないしね。それが大男だったりすると、神官だって危ない」
ローズはベルフリーデに腕を掴まれ、黒い魔力を流し込まれた時の事を思い出した。あの時いくら振りほどこうとしても、ベルフリーデの力が強くて抵抗できなかった。
「そうね。力の強い人に拘束されて動けない所に、黒い魔力をぶつけられたら浄化どころじゃなくなるわ。気持ちを集中して魔力を流せないと思う」
「だけど俺は黒い魔力をどんなにぶつけられても、何も感じない。しかもそれが蛇の形を取ってきたら姿が見えるし、蛇を掴んで退治する事も出来るんだ」少々得意げにトムは言った。
「え、あれを退治するって、一体どうやるの」マーガレットがトムに、興味津々の様子で尋ねた。自分が幼い頃から悩まされ、聖魔法で消滅させてきた蛇を、物理的に捕まえて退治する人がいるなんて想像も出来なかった。
聞かれたトムは両手を伸ばし、何か細長い物を捕まえる様な手つきをしてみせた。
「こうやって捕まえて、それから」蛇を掴んでいる手を、そのまま手巾を絞るようにきゅっと回した。「こうすると、千切れて消えるんだよ」
マーガレットもローズも、蛇が千切れる様子を想像してゾッとしたが、気を取り直して称賛した。
「すごいわ。それじゃあ、魔力切れも関係ないわね」マーガレットが言えば、ローズも「トムがそんなすごい力を持っていたなんて、全然知らなかった。それじゃ、もし悪魔が大蛇に姿を変えても、騎士みたいに戦えば良いわね」と期待の目を向けた。
ローズに大蛇と戦う想像をされ、トムは少し困った顔をした。
「こっちは素手だから、どこまで戦えるかは分からないけど、ぶん殴って弱らせる位は頑張ってみるよ」
アランとトーマスは四人の話を聞き、悪魔という未知の相手に対して、別世界の知識を持つ人々が揃った幸運に感謝した。自分達は黒い魔力に対抗する聖魔法の様に、直接的な手段を持たず出来る事は少ないが、相手が『物理的に暴れる場合』に備え、剣の準備と自分の魔法で出来る事を探そうと考えていた。
「とにかく向こうに早く着ける様に、俺が風魔法を馬にも馬車にも重ねがけするよ」
アランは宣言し、出発前に念入りに準備した。
トーマスも馬車の通り道に凹凸があれば、すぐに整備して進み易くすると申し出た。
出発の朝、カミラはトムとケイトが二人共行ってしまうと聞いて、泣き顔になった。しかしケイトから「カミラ様。私達は必ず帰ってきます。今度はあんなに長くお待たせしないと約束します。だから、ここでシモーヌさんと一緒に待っていて下さい」と優しく諭され、マーガレット刺繍したハンカチで涙を拭いて貰うと、心が落ち着いて素直にうなずいた。
「分かった。でも約束して。二人共元気に、早く帰って来るって」
「分かりました。約束します」「おう。俺もすぐに帰って来るから、カミラも元気で待っててくれ」カミラは最近いつも一緒にいて、すっかり懐いたシモーヌと手をつなぐと、トーマス達にも「元気に帰って来てね」と言ってくれた。
「ああ。必ず君の為にも、やり遂げて帰ってくる」トーマスはうなずき、そう約束した。
レイモンドは、なかなかローズから離れようとしなかった。以前襲撃を受け、ローズがいなくなった事を思い出すのか「いやー!」と話せる様になった拒否の言葉を叫んで、ローズの胸に縋りついて嫌々と頭を横に振った。
ローズは困り果てていたがふと思いついて、あちらの世界から持ってきた飴細工の白いダリアを取り出した。
「レイモンド。これはね、私があなたのおばあ様と一緒に買いに行った飴細工なの。おばあ様は赤い薔薇で、私は白いダリアを作って貰ったのよ。この飴をあなたにあげる。その代わり、私はレイモンドの作ってくれたこのダリアを持って行く。このダリアが、レイモンドの代わりに私を守ってくれるでしょう?」
レイモンドは、ローズに渡された白いダリアの飴細工を眺めた。そして透明な袋から甘い匂いがするのか、食べたそうな顔をした。ローズは笑って飴を袋から出すと、花びらを一枚剥がしてレイモンドに差し出した。
「どうぞ、レイモンド。これは一遍に食べちゃダメ。一日花びらを一枚ずつ。そうしたら、お花が無くなるまでに私たちは戻ってくるから」
甘い花びらを舌にのせたレイモンドは神妙な顔でうなずいたので、ローズは残りのダリアを乳母に預けた。
そのまま乳母に抱かれたレイモンドは手を伸ばし、ローズの持つ自分が魔法で作ったダリアに触れた。すると最初から少しだけ温かかったダリアが、明確に温もりを持ち、光を放った。レイモンドが自分の魔力をその中に注ぎ、ローズへ渡してくれたのだ。
「レイモンド、ありがとう。あなたの未来を守る為にも、絶対に悪魔を倒して戻るわ」
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