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いつかあなたを  作者: Jun
悪の作る世界

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104/128

104 悪魔の訪れ

 シャーロットはそのままミシェルと一緒に、店舗兼住み込みの部屋へ向かう事になっていた。顔合わせを終えたシャーロットが自分の荷物を取りに部屋へ向かい、運ぶのを手伝う為にフリードも一緒に出て行った後、ミシェルはマーサへ向き直り真剣な顔で言った。


「奥様。こうなった以上、奥様の目的を達成する日も近いと思います。あの頃の奥様は、それを為し遂げる為にご自分の命をかけようとなさっていましたが、フリード坊ちゃまが当主になると決まったからには、その必要はありませんよね。坊ちゃまが当主になり全てが終わったら、奥様も店に来て、私とシャーロットさんと一緒に働きませんか。坊ちゃまの結婚を見届けてからでも良いですが、私はいつまでも待っていますから」

「ありがとう、ミシェル。フリードの結婚を見届けられたら、考えさせて貰うわ。だけど何しろ悪名高いカラバン子爵家だから、いつの日になるか分からないけど」マーサが苦笑すると、ミシェルは胸を張って請け負った。

「あの可愛い坊ちゃまが、あんなに素敵な青年になられて、ご当主になるんですもの。悪名なんて、あっという間に吹き飛びます。ご結婚もすぐですよ」

「そうね。そうなると良いわね」マーサも微笑み、フリードの幸せを祈った。


 シャーロットがミシェルと共に去った後は、マーサとフリード、二人三脚の日々が始まった。領地の経営はここ数年は主にマーサが主に担っていたので、滞りなくフリードへ引き継ぎを始められた。フリードが一人である程度仕事をこなせる様になると、マーサは家の評判を回復すべく、まずは実家の跡を継いだ兄との関係を再構築する事にした。マーサに伝手のある貴族とのつながりは今のところ実家である男爵家しか無かったので、カラバン子爵家の体制が変わり次期当主がフリードである事を、広めて貰おうと思ったのだ。


 兄は両親が良く調べもせず妹の結婚を先導しておいて、後になって悪名高い家だと分かると躊躇いなく切り捨て、全く顧みなかったのを可哀想に思っていた。その為マーサから連絡が来ると喜び、すぐに会ってくれた。

「お前が何とか無事にカラバン子爵家で生き抜いてくれて、俺は嬉しいよ。両親の手前、今まで助けられず済まなかった」と言ってくれた。マーサは「私を見捨てたのは、商人なら仕方の無い事だったと思っています。けれど、ここまで苦労して生きてきたのも事実です。もし悪いと思って下さるなら、次期当主であるフリードが少しでも貴族社会に受け入れられる様、皆さんに良い噂を広めて下さい」と頼み、兄はそれを快く引き受けて、付き合いのある貴族家や、有力な商家に情報を流すと約束してくれた。


 それからマーサは、レジナルド達が今まで関わりを持たなかった近隣の神殿に赴き、慈善活動や寄付、バザーの手伝いを積極的に始めた。

 そうやって神殿と関わり、やがて司祭と親しく言葉を交わせる様になった頃、マーサは共同墓地に埋葬されている男女の為に寄付をしたいと申し出た。イブリンの次の妻で、マーサのとりなしで下女にした女が下男と逃げて殺され、共に神殿に葬られたのが気になっていた。

 今の司祭は当時の人とは違っていたので、何年も前にカラバン子爵家から埋葬を依頼された男女について知らなかったが、過去の台帳を紐解いて該当する者を見つけてくれた。


 マーサは名前の記されていない二人が大体どのあたりに葬られたかを聞くと、邸から持ってきた花束を供えて祈った。

 あの時イブリンの墓には花一本自由に供えられなかったが、今のマーサの頼みは庭師に聞き届けられた。あの頃からずいぶん老けた緑の瞳の彼は、今度は優しい顔で綺麗な花束を作り、マーサに渡してくれた。

 祈り終わって帰る前に、マーサは悲願である『妻達の共同墓地』の改葬について司祭に打ち明け、相談した。


 今まで神殿に全く興味を示さなかったカラバン子爵家の夫人が、最近急に足繁く神殿を訪れ、寄付や手伝いをしてくれる様になって喜んでいた司祭は、マーサの話しを聞いて驚き、深く胸を痛めた。

 彼から見たマーサという次期当主の母であり、後見人であるこの女性は、いつ会っても穏やかな笑みを浮かべて腰が低く、前任者から聞いていたカラバン子爵家の悪評とは結び付かない常識人だった。それだけに悪名高い当主が亡くなり、やっと外の世界と関わりを持ち始めたであろう姿に『この女性はあの家で、どんなにか苦労していた事だろう』と多大な同情を寄せていた。


「それではその方々は子爵夫人であったにも関わらず、葬儀も行われず、名を記した墓碑も作られていないのですか。弔いの祈りも捧げられないまま葬られていると、おっしゃるのですね」

「はい、その通りです。私は自分なりに彼女達の為に祈り続けましたが、何とかして彼女達の名を墓碑に刻み、正しいやり方で弔ってあげたいのです」

「そうですか。夫人のお考えは当然です。私も女神様にお仕えする身として、その方たちをきちんと天へ送って差し上げたい。ただ、今から皆様が眠られている場所を掘り返しカラバン子爵家の墓へ移すのは、それもまた死者の眠りを妨げ、冒涜する事になりかねないでしょう」

「それでは、どうしたら」

「お邸のその一画を、本当にその女性達の為の墓地に変える事は出来ませんか。今はただ土が盛り上がっているだけの場所に、皆様の御名前を刻める大きな墓碑を立てて、私が弔いの祈りを捧げさせて頂くというのは」


 マーサは少し考えて「そうですね。土中に眠る彼女達を掘り起こすのは、確かに冒涜です。それに実は、どこにどなたが埋葬されているのか、私には分からないのです。私が来てからの方は分かっているのですが、それ以前の方々については全く情報が無くて」

「そうですか。亡くなられた届も結婚された届も、私の方で神殿の記録を調べましょう。世間的には子爵夫人として認知されていなくとも、籍を入れている限り、その届は為されているはずですから。亡くなられた届が出された時、神殿からも葬儀についてお尋ねしたとは思いますが、おそらく子爵家から返事が無かったので、そのままにしてしまったのでしょう。これは我々神殿の怠慢でもあります」


 マーサは司祭に深く感謝の意を伝え、ようやく長かった願いが叶う光が見えたと、嬉しい気持ちで邸に帰った。

 そしてイブリンを思いながら共同墓地に向かおうとしていた時、門番から予期せぬ訪問を告げられた。


「奥様。門の所に赤子連れの女性が来ているのです。中に通してよろしいでしょうか」ちょうど玄関の所に出てきたマーサを見つけると、門番が駆け寄ってきてこう言った。

「赤子連れの女性?今日は誰とも会う約束はしていないわ。誰かの紹介だと言っているの?」

「タミーという名の女性で、紹介者はいないそうです。何でもするからこの家で働かせて欲しいと言っています。妻か妾でも良いそうです。切羽詰まった様子で可哀想なので、是非雇ってあげてください」

 門番がおかしな事を言い出すのを聞いて、マーサは顔をしかめた。


「紹介状も無しにいきなりやって来て、妻か妾と言い出すなんて非常識にも程がある。そんな人に会う気も、ましてや雇う気など無いわ。あなただってそれ位分かるでしょう。すぐに追い返してちょうだい」

「しかし、本当に気の毒な女性なんです。どうか一目だけでも会ってあげて下さい」

 あまりの門番の勢いに困惑していると、彼は遂にマーサの前に跪き懇願し出した。マーサは女性が赤子連れという事もあり、根負けして門まで足を運んだ。


 門の所まで来ると、赤子を抱いて立っている女が目に入った。

 二人の身なりは薄汚れてはいるが、きちんとした良い生地を使った衣服を身にまとっていて、今までの暮らしは悪くなかったのが窺えた。

(どこかの貴族に仕えていたのかしら。主人に身籠らせられ、子が生まれてから放逐されたか、それとも奥方にバレて追い出されたのか)


 マーサは赤子の健康状態が気になり顔を見てみると、その子の瞳が一瞬光った気がして目を瞬かせた。しかしもう一度良く見ると普通の茶色だったので、ただ光が反射したのだろう、赤子は健康そうだと判断し、女性へ目を移した。

 マーサを見つめる赤子から黒いオーラが立ち昇っているのには、全く気がつかなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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