101 遺言2
フリードに腕を強く締め上げられたフランクは、大きな声を上げた。
『痛い!お前、親に向かって何をするんだ。早く放せ』そうやっていると、騒ぎを聞きつけたマーサもやって来た。
『これは何の騒ぎ?一体どうしたの』
フランクはマーサに向かって『アマンド男爵家から断りの返事が来たんだ。それを聞いたこいつが逆上して、俺に言いがかりを付けてきた。腕を放すように言ってくれ』
マーサがフリードを見て『本当なの?』と尋ねると、フリードは『アマンド男爵家から断られたのは本当らしいです。ただ、どうも父上は、自分をローズの結婚相手として考えていた様ですよ。さっき自分で白状しました』と答えた。
フリードの目が据わっているのを見たマーサは(きっとこれは真実だわ)と思い、フランクに静かに問いかけた。
『フランク様。フリードの言っている事は本当ですか。本当に、自分がアマンド男爵令嬢と結婚しようと思っていたんですか』私と結婚しているにも関わらず、という言葉は飲み込み返事を待っていると、やがてフランクが観念した様に喋り出した。
『ああ、そうさ。俺はお前らがグルになって隠してる事を知ってたんだ。その娘、すごく綺麗な令嬢らしいな。フリード、お前はどうせその娘に惑わされて、結婚したいとマーサに泣きついたんだろう。俺には全然知らない娘だと言いながら、自分だけ好きな女と結婚して、幸せになろうとしてたんだろう。お前達が俺を騙すから、俺もそうしてやろうと思ったまでだ。お前の前でお前の好きな女を抱いて、妻にしてみせたらどんなに面白いかと思ったが、こうして断られるとは、お前も好かれていなかったんだな』
『なんてことを。あなたは、僕の父親でしょう。どうしてそこまで酷い事を考えられるんだ』フリードが信じられないものを見る目で、フランクを凝視した。
フリードの手が力を失うと、フランクはすかさず腕を払い距離を取った。
『父親か。はっ、俺の父親が誰だか考えてみると良い。あいつが今まで俺にしてきたのと、大して変わりない事だと思うがな。マーサ。お前も俺を裏切った。だから、俺はこの娘を娶ってお前を離縁するつもりだったんだ。残念ながら、それも計画倒れだがな。次に良い相手が現れるまで、せいぜい俺の代わりに仕事に励めよ』
捨て台詞を残して、フランクは家から出て行った。彼はあれからジャスミンの所へは通っていなかったが、また別の娼館に入り浸っていた。
フリードがよろよろと投げ捨てられた手紙を拾い上げ、広げて読み始めた。
マーサはその様子を黙って見守った。やがて読み終わった手紙を、フリードはマーサへ渡した。そこには‘’娘は他のご縁に恵まれた為、この度のお話はお断りさせていただく‘’という内容が、読みにくい汚い字で簡単に書いてあった。
手紙を見つめ、何と声をかけるべきかマーサが考えていると、フリードが長く息を吐いて『これで良かったんです』と言った。『もしもアマンド男爵がこの縁談を受けていたら、あの男がローズの夫になってしまった。そうなったら、ローズはどんな酷い目に遭わされたか分からない。それに、母上も…』
マーサはフリードに近寄って、自分より大きくなったその身体を抱きしめた。
『きっとアマンド男爵家に、もっと利益になる申し出があったんでしょう。決してあなたが嫌だった訳じゃ無いわ』
フリードは笑っているとも泣いているとも分からない声で『そうかもしれません。そもそも、僕は彼女に何一つ伝えられていなかった。彼女は僕の名前すら、未だに知らない』と言い、自分より背の低いマーサの肩に顔を埋めて泣き始めた。
マーサが背中をさすりながら慰めていると、やがて泣き止んだフリードは『これで決心がつきました』と言うと、マーサに『僕の部屋へ来て貰えますか』と言った。
フリードは部屋に入るとクローゼットへ行き、小さい頃使っていた玩具入れから布に包まれた物を取り出した。
『開けて、読んで下さい』
『これは?』マーサが訝しむと『おじい様が隠されていた書類です。この前少しだけ目が覚めた時、僕に場所を教えてくれました。内容はこの家を、父上ではなく僕に継がせるというものです』
マーサは息を飲み、書類を改めた。
分厚い封筒の中に一通の手紙と、一つの書類が入っていて、手紙はフリード宛だった。フリードの了承を得て手紙を読むと、そこにはレジナルドが何を隠し、想い、フリードへ家督を継がせる気になったかが書いてあった。
『フリード
お前も学院に入って知っただろうが、私は長い間、浅ましく残酷な事を繰り返して来た。ひたすら自分の子が出来る事だけを願ってきたが、何人も女を変え励んだところで一人の子も授からず、私の望みはついぞ叶う事はなかった。そして今になってやっと、私は子が出来ない身体なのだと、心から信じられるようになった。
フランクがいるのにとお前は思うだろう。しかし私はフランクは私の子どもでは無く、誰か別の男の子だと疑い続けて来た。いや、今はもうそれを確信している。
何故なら私は幼い頃かかった熱病が元で、医師から子どもが出来る可能性はほとんど無いと言われていたからだ。
それにもかかわらず、諦めていた子どもが出来たと聞いた時、私は歓喜した。フランクの母親、正式に子爵夫人となっていた女の事は、それまでも私なりに大切にしていたが、子が出来てからは尚更慈しみ、生まれて来たフランクも可愛がった。
フランクが二歳になった頃だ。その日は母親が不在で、私は空いた時間でフランクと遊んでやっていた。しばらくしたらフランクは母親に会いに行きたがり、私は仕方なく一旦彼女の部屋まで連れて行き、部屋にいない事を見せて納得させ、戻ろうとした時だった。
フランクがよろけ、鏡台の小さな引き出しの取っ手に掴まると、その拍子に引き出しが床に落ちた。中に入っていた物が散らばってしまい、それを拾おうとした私は、見覚えの無い指輪と一緒に布に包まれた男の絵姿を見つけた。その男は、フランクにそっくりだった。
フランクの髪も目の色も彼女と同じだったから、私はそれまで何の疑問も抱いていなかったが、その絵姿と指輪を見てからはもうダメだった。
男の名前も素性も何も分からず、痕跡はそれだけだったが、どうしてもフランクを息子と思えなくなった。同時にフランクの母親の事も信じられなくなり、それ以来彼女を蔑み虐げ続けた為、それから二年もしない内に彼女は衰弱して死んだ。その際はきちんとカラバン子爵家の墓に葬り、祈りを捧げたが、私にとってはもはや忌むべき存在でしか無くなっていた。
それからの私のしてきた非道の全ては、不在の相手に対する見当違いの復讐だったのだろう。
万が一誰かとの間に子どもが出来たとしたら、私は自分のした事を深く悔いただろうが、幸か不幸か、そんな事は起きなかった。私はやはり子の出来ない身体だという事が、分かっただけだった。
フリード。お前は自分の息子と思えない男の子どもだから、お前の事も初めは何とも思わなかった。ただカラバン子爵家の名を継ぐ為だけに、存在する者と思っていた。
しかし、お前は私に笑いかけた。私を呼び、私に懐き、私を愛した。
愛した者に裏切られ、半生を嫌悪の目しか受けず生きてきた私が、お前から無償の好意を受け取り続けるうち、お前の事がいつの間にか大切な存在になっていた。
私はもう随分老いた。
それ故、いつ命が朽ちるか分からない今、次の当主はお前に譲ると宣言する。
フランクは、私のせいで壊れた哀れな人間だ。私のして来た事が間違っていたと分かっている。しかし残酷な事だが、フランクはもう、後戻り出来ない程に壊れてしまっている。
だから次の子爵にはお前がなり、お前の母、マーサを後見としなさい。マーサは子爵家の仕事を良く分かっているし、たとえフランクがマーサと離縁しても、後見となれば彼女の立場は揺らがないだろう。
但しこの事は、私が亡くなるまでフランクには伏せる様に注意しなさい。フランクの事を家族として今後どうするのかは、お前達の判断に任せる。
私の死後、私の最後の妻、最後の犠牲者になったお前の級友の異母姉にはしかるべき金額を渡し、自由にするよう取り計らって欲しい。
この遺言がお前を守る事を願い、王家に提出する家督継承の書類をここに同封する。
フリード、お前の幸せを心から祈っている。 レジナルド』
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