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いつかあなたを  作者: Jun
悪の作る世界

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100/125

100 遺言1

 アマンド男爵家に婚姻申し込み書を送ってから二年、フリードが学院を卒業して一年が経つ頃、遂にレジナルドは長く寝付いていた日々に終止符を打ち、この世を去った。

 その日まで正式に家督を譲られることも無く、当主代理の身分に甘んじていたフランクは、これでやっと自分が正式に子爵家当主だと喜びに震えていた。

「俺が、今日からこの家の当主だ!」

 家族以外ほぼ参列者のいないレジナルドの葬儀を終え、邸に戻ったフランクは、自分と一緒に葬儀から戻ったマーサ、フリードに向かって声高く宣言した。


「お前達には、このままこの家から出て行ってもらう。俺は新しく妻を娶り、息子を作って、そいつを跡継ぎにするつもりだ。俺はまだまだ生きて、生きている間は爵位を譲らないつもりだから、息子がすぐに出来なくても問題はない。さあ、今すぐ荷物をまとめて出て行け」

「父上、そういう訳にはいきませんよ」

 フリードが、勝ち誇っているフランクに静かに告げて後ろを振り返ると、物陰から一人の大柄な男が進み出た。その男はレジナルドの葬儀に唯一参列していた、見知らぬ人間だった。


「この男は誰だ。何故ここにいる。それにフリード、そういう訳にいかないとは、どう言う事だ⁈」目をむいて怒りを露わにするフランクに、現れた大柄な男は一通の書状を差し出して話し始めた。

「こちらは故カラバン子爵レジナルド様の遺した遺言状です。既に王家の承認を受け、正式な物となっております。私は王家からの代理人として、遺言状の内容が正しく公開され、爵位移譲が定められた通り行われる様に、監督をする為参りました」


 男が王家の代理の者と聞いたフランクから、さっきまでの威勢の良さは消えた。そして受け取った書状に押されている紋章が、父レジナルドの使用していた正式な印である事を確認すると、ぎこちない手つきで震えながら封を切った。

 最初は黙って書面に目を落として読んでいたフランクだったが、読み進める内にどんどん顔色が悪くなり、口の中で怨嗟の言葉をつぶやき始めて、読み終える頃には指の先が白くなる程の力で遺言状を握り締めていた。


「こんな…こんな馬鹿な話があるか? 俺が子爵を継げないって、フリードに爵位を与えるって。何の冗談だ!」口に出しているうちに怒鳴り声に変わっていくフランクを、皆が冷ややかに眺めていると、彼は何かを思いついてパッと顔を上げ、フリードを見た。

「フリードはまだ二十歳になっていない。それじゃあ爵位は継げないじゃないか。その間の後見人は俺しかいないだろう。フリード、お前にはまだまだこの父が必要という事だ!」

 フリードは、そんなフランクの言葉をにべもなく封じた。

「後見人は、母上が任じられています」

 王家からの代理人もうなずいた。

「さようですな。故カラバン子爵より、後見人はマーサ・カラバンと指名されております」


「それじゃあ、俺は一体どうなるんだ」大声を上げるフランクに、フリードは冷たく告げた。「さっき父上は私達へ言いましたね。すぐにこの邸から出て行けと。そっくりそのままお返ししたいと思います。今まであなたが私達にどんな風に振る舞うのか、少しは家族の情があり、人間らしい行いをするのか見てきましたが、あなたは期待を全て裏切りました。…いいえ、母上にしてみたら期待通りの行動だったでしょうが、

 少なくとも私は、あなたが私達に対し真っ当な扱いをすることを期待していました」


「フリード!お前、まだあのアマンド男爵家の娘の事を根に持ってるのか!あれはただお前が嫌われていただけだろう。俺のせいじゃない‼︎」

 口の端につばを溜めて喚き散らすフランクに、フリードははっきりと告げた。

「今すぐにこの邸を出て行け」


 そう言われたフランクはがっくりと膝をつくと、やがて狂った様に笑いながら叫び出した。

「父上!あなたはどこまで私をいたぶれば気が済むんだ!俺はあなたの何だったんだ。なんで俺にはひとかけらも情けをかけない!

 …ええい、馬鹿にするな!馬鹿にするな!俺の事を笑うな!」

 錯乱したフランクは、手当たり次第に部屋の調度品を壊し始め、呼ばれて来た下男に取り押さえられてもまだ暴れていた。下男はフリードの指示で、そのままフランクをレジナルドが使っていた北の小部屋へ連れて行き、鍵を掛けて閉じ込めた。


「フリード。あの人は、限界を超えてしまったようね」マーサがフリードの傍らに来て、寄り添った。

「そうですね。おじい様のなさった事は、確かに父上の気が狂う程残酷な事だったのでしょう。けれど、僕はその判断が間違っていたとは思いません。おじい様が倒れられた後は、全て父上が自分で選んだ行いですから」

 王家の代理人はフランクの連れて行かれた先を見やりながら、冷静な態度で二人に告げた。

「カラバン子爵位は、フリード・カラバンの成人をもって正式に移譲される事となります。それまでは、母親であるマーサ・カラバン、あなたが後見人として支えて下さい。フランク・カラバンですが、彼を除籍するなら役所を通して正式な手続きを行う必要があります。…ただあの状態で世の中に出すのは、少々問題がありますね。放逐後の行動に対する責任を考えると、除籍は可能でも、この家から外に出す事が認められるかは分かりません」

「そうですね。今は錯乱していますから、しばらくは邸で様子を見るつもりです。もしかしたらいずれ正気に戻るかもしれませんし。そうなったらまた考えて、しかるべき処置を取ります」


 王家からの代理人が帰り、マーサはまだ葬儀の後処理が残っていると出て行った部屋で、フリードはさっきフランクからアマンド男爵家の名を久しぶりに聞いて、ローズの事を思い出していた。

 それは自分にとって大きな転機となった、苦くて辛い記憶だった。


 あれから。

 フリードが学院四年生で、ローズが最終学年だった年に婚姻申し込み書を送ってから数週間程かかって、アマンド男爵家からカラバン子爵家へ申し込みの返事が送られて来た。

 その答えは、思いもかけない事に‘’否‘’だった。手紙を受け取った時、口角を大きく上げて昔話の悪魔の様に微笑んだフランクは、うきうきと封を開いて中を読み進めるにつれ、本当の悪魔の様な形相に変わり、最後にはフリードにつかみかかった。

「お前、アマンドの娘に何を言った? 娘の相手がお前じゃ無くて、俺だとでも教えたのか⁈」アマンド男爵家からの返信という事で、自分も胸の高鳴りを抑えきれず見守っていたフリードは、フランクの言葉と態度に混乱し、訳も分からないまま言い返した。


「僕は何も言ってません。アマンド男爵家からの返事は何だったんですか。それと相手が父上って、一体何のことですか」

 問いかえされたフランクは、しまったという様な顔をした。しかしすぐに取り繕って、読んでいた手紙をフリードの方へ放った。

「お前との結婚は断るとさ。アマンド男爵家からまで断られるとは、お前がこの先結婚できるとは思えんな。これから先せいぜい頑張って相手を探す事だ。誰か見つけてきたら、俺がまた婚姻申し込み書を送ってやる」

 そのまま立ち去ろうとしたフランクの腕を、フリードの逞しく成長した腕が掴んだ。

「待ってください」

「放せ!」フランクは振りほどこうとしたが、フリードの力が強く、離れる事が出来なかった。顔を歪めるフランクを、フリードは厳しい表情で問い詰めた。

「さっき、僕では無く自分が相手と言いましたね、彼女にそう教えたのかと。それはどういう意味ですか。まさか、母上と結婚しているにもかかわらず、自分が彼女を妻にしようと思っていたんじゃないでしょうね」


読んでいただき、ありがとうございます。


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