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第七話 始まりの話

 静かな朝だった。


……朝、なのかは分からない。


地下都市には太陽がない。


それでも、天井に浮かぶ淡い光が少しだけ強くなり、私たちはそれを勝手に朝と呼ぶことにした。


「……。」


私は毛布の上で身体を起こす。


少しだけ身体が軽い。


昨日、温かい食事をしたおかげだろう。


隣ではツバキがまだ眠っている。


そして。


「……。」


少し離れた場所で、レンが難しい顔をしていた。


紙。


木の板。


そして、炭。


何かを考えている。


私はそっと近づいた。


「……?」


レンが顔を上げる。


そして、板を見せてきた。


『おはよう』


 ……。


私は首を傾げる。


知らない言葉ではない。


知っている。


だけど。


意味が分からない。


あれ?


何でだろう。


どこかで見たことがある。


そんな気がする。


「……。」


私が固まっていると、レンも「あれ?」という顔になった。


慌てて文字を書き直す。


『おきた?』


私は小さく頷いた。


レンが安堵する。


「あ……。」


そうか。


こうやって話すのか。



しばらくして。


ツバキも起きてきた。


そして、三人で朝食を食べる。


……といっても、干し肉とスープだけれど。


それでも。


誰かと食べるご飯は、久しぶりだった。


「……。」


レンが板へ何かを書く。


『ここ すめる』


「……?」


私は首を傾げる。


すると。


レンは自分を指差し、周囲を指差した。


それから、両手を広げる。


なるほど。


ここに住んでいる。


そう言いたいらしい。


「……!」


私は驚いた。


一人で?


この広い地下都市に?


レンは苦笑いして頷いた。


「……。」


何だか。


少しだけ寂しそうな顔だった。



今度は私の番だった。


私は板を受け取る。


そして。


少し迷ってから書いた。


『わたしたち にげてきた』


レンの表情が変わる。


『どこから?』


私は少し考える。


どう書けばいいだろう。


そして。


『くびわのむら』


と書いた。


レンが首を傾げる。


私は首元を指差した。


そして、首輪を叩く。


カチャ。


小さな音。


レンの目が細くなった。


次の瞬間。


「……。」


立ち上がる。


私の前へ来る。


そして。


そっと首輪に触れた。


「……。」


何も言わない。


でも。


その顔は。


怒っているようにも見えた。


私は思わず後ずさる。


すると。


レンは慌てて両手を上げた。


『ごめん』


板にそう書く。


私は首を横に振った。


そして。


少しだけ迷ってから。


『こわくない』


と書いた。


「……。」


レンが固まる。


そして。


困ったように頭を掻いた。



しばらく沈黙が続く。


その後。


レンが突然、立ち上がった。


棚から大きな紙を持ってくる。


そして。


さらさらと何かを書き始めた。


『じこしょうかい』


 ……?


よく分からない。


でも。


レンは楽しそうだった。


紙の左側に、自分を描く。


黒い髪。


その隣に。


『レン』


と書く。


そして。


私へ紙を渡した。


「あ……。」


そういうことか。


私は少し笑った。


絵を描く。


長い耳。


その隣に。


『サクラ』


さらに。


小さな女の子を描いて。


『ツバキ』


と書いた。


「……。」


レンが紙を見る。


それから。


私を見る。


そして。


少しだけ笑った。


その顔を見て。


私も、つられて笑っていた。


不思議だった。


昨日まで。


私は、人を信じることなんてできなかった。


なのに。


どうしてだろう。


この人は。


少しだけ。


信用してもいいのかもしれない。


そんなことを思ってしまった。



地下都市。


誰もいない世界。


そこで。


私たちの、小さな共同生活が始まった。



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