第十九話 聖女オフィーリア
ロボオタのおっさんが、ゲームによく似た異世界で好き勝手やる話です。
機兵、遺跡、秘密基地。
好きなものを全部詰め込みました。
世界樹神殿王都本部は、今日も朝から慌ただしかった。
王城に次ぐ広大な敷地を持つ神殿は、
この国の信仰の中心であると同時に
この王国を支える重要な巨大組織でもある。
礼拝を終えた信者達が帰路につき
その代わりに商人や貴族の使者達が神殿へと足を運ぶ。
孤児院への寄付。
洗礼の申し込み。
地方神殿からの報告。
神殿騎士団への要請。
災害地域への支援相談。
人々の暮らしと共にあり、人々の人生に寄り添う組織だった。
だからこそ忙しい。
回廊を歩けば、神官達が書類を抱えて走っている姿が見える。
中庭では孤児院の子供達が神官となるべく学ぶ姿。
神殿騎士達は朝の訓練を行っていた。
そんな神殿の中心にいる少女へ、行き交う者達は自然と頭を下げる。
「オフィーリア様、おはようございます」
「本日の予定表です」
「午後は南区孤児院への訪問となります」
「夕刻には神殿派貴族との会談もございます」
アリシアは微笑みながら書類を受け取った。
「ありがとうございます」
柔らかな声。
穏やかな笑顔。
その姿を見るだけで安心する者も多い。
実際、神官達は心から彼女を慕っていた。
若くして驕らず。
身分を笠に着ず。
誰よりも働き。
誰よりも人を気遣う。
理想の聖女だと。
皆そう思っている。
「昨日の孤児院の子供達も喜んでいました」
「皆、オフィーリア様に感謝しております」
アリシアは微笑みを崩さなかった。
「そうですか」
だが、その胸の内は違う。
(違います)
孤児達を喜ばせたのは職員達だ。
寄付を集めた神官達だ。
食事を作った人達だ。
自分ではない。
自分はただそこにいただけだ。
それなのに、感謝される。
称賛される。
聖女様と呼ばれる。
昔からずっと。
そのことに慣れることはなかった。
神官達が退室すると、執務室には静寂が戻った。
アリシアは窓際へ歩く。
高い位置から王都を見下ろした。
遠くには王城。
そのさらに向こうには国営魔術学園の尖塔が見える。
王都を支える三つの勢力。
王室。
神殿。
魔術学園。
立場や考え方は違う。
だが誰もが王国の未来を考えている。
神殿派の貴族。
王室派の貴族。
議会では意見がぶつかることもある。
それでも敵ではない。
皆、自分なりの正義を持っているだけだ。
そして神殿の象徴が自分。
聖女オフィーリア。
そう呼ばれている。
けれど。
アリシアは自分を聖女だと思ったことがなかった。
高位貴族の娘として育てられ。
政治を学び。
礼儀を学び。
神殿と貴族達の思惑によって聖女に選ばれた。
若く、品位があり、信者受けが良い。
それが理由だった。
特別な力などない。
信託で選ばれた訳でももない。
奇跡も起こせない。
だから災害の報告を見るたびに思う。
(私に本当に聖女としての力があれば)
(もっと救えたのではないでしょうか)
誰もそんなことは言わない。
むしろ皆感謝する、騙しているようで心苦しい。
だからこそ、森で見た光景が忘れられない。
リア達との出会い。
森の家。
子供達。
そしてシルフィネ。
世界樹そのもののような光。
森を包む結界。
神話の中にしか存在しないと思っていた奇跡。
あれを見た時。
アリシアの中で何かが腑に落ちた。
嫉妬ではない。
羨望でもない。
安心だった。
(ああ)
(やはり私ではなかったのですね)
長い間胸に抱えていた重石が少しだけ軽くなった気がした。
そして思い出す。
リアの顔を。
明るくて、優しくて、少し抜けていて。
すぐ迷子になる少女。
しかし聖女たる資質は見る人が見たらわかる。
本人は気づきようもないが
幼き日に見た先代のオフィーリア様に
雰囲気というより存在そのものが酷似している。
もし神殿が知れば歓迎するだろう。
支援もするだろう、守ろうともするだろう。
だが同時に。
自由ではいられなくなる。
聖女とはそういう立場だ。
誰よりもアリシア自身が知っている。
だからこそ、そのままでいてほしいと思った。
(だから言いません)
(誰にも)
(この秘密は私だけのものです)
ふと。
別の顔が浮かんだ。
レンだった。
不思議な人だった。
一見無口で、不愛想。
人には関心がなく自分の趣味に生きているような発言。
反面孤児を引き取り面倒を見ている。
前に聞いた過去の話を知らなければ
この違和感には納得出来ていなかっただろう。
考えてみたら国の要人3人に根本の所で
似ている気がする。
趣味人なのに慈愛があるというか。
(この国の要人の事を「趣味人」だなんて・・)
アリシアは自分の出した結論に少し可笑しくなった。
しかし間違いなくあの森は
王都の神殿よりも余程神聖な
国や政治、人間の都合を入れてはいけない
聖地に見えた。
その中心にいる男の事がアリシアの中では
密かに崇拝の対象となっていた。
「妖精王様…」
窓の外には青空が広がっている。
◇
その頃、王都の市場では。
「リア」
「はい?」
「お前どこへ行く気だ」
「宿です!」
「反対だ」
リアが固まる。
「……あれ?」
ルウが小さくため息を吐いた。
「今日三回目です」
「き…気のせいです!」
「どっちが年上何だか…」
レンは頭を押さえている。
そんな光景が自然と目に浮かんだ。
アリシアは小さく笑う。
あの方達はあのままでいい。
自由に笑い、自由に迷い、自由に生きてほしい。
聖女オフィーリアが胸の奥に秘めた、誰にも言えない願いだった。
◇
王国北方。
人の踏み入らぬ山脈の奥では。
静かに。
確実に。
災厄が目を覚まし始めていた。
まだ誰も、その本当の恐ろしさを知らない。
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