第2章 3:決意/追憶・孤島の少女
メルァーマの27日、闇曜、早朝。
約束通り、ルゥカミナは棒でエレアノーラの曲刀の相手になり、エルセネは独り黙々と矢を射続け、ナァセは引き続きサムロスとの手合わせ。勿論、アーシェカは寝ている。
昨朝と異なり、ナァセの方が主に攻めて、サムロスは隙を見てたまに反撃する。その反撃を巧く躱すか受け流した場合はナァセが再び攻めに入るが、躱しきれなければサムロスは“寸止め”し、受け流せずになんとか受け止めた場合も、サムロスはそのまま攻撃を続けずに“仕切り直し”をする。それを何度か繰り返して、
「…どういうつもり?」
ナァセは訝る。
「お前にあまり“手の内”を見せない方がいい、とのご助言でな。それにそもそも、お前の“攻めの勘”を取り戻すのが目的だろ?」
「…まぁ、そうだけど…」
「前に比べればそれなりに攻められるようになったようだが、俺にまともに相手をしてほしいのなら、まだ全然足りない。」
「野ッ郎ォォ減らず口叩きやがってぇ…!」
しっかり聞いていたエレアノーラがサムロスに敵意を向けると、スコンッ
「に゙ゃっっ⁉」
ルゥカミナの棒が、いい音を鳴らした。
「ぁ頭はヤメテ、バカになる…」
涙目で訴えるが、
「それ以上、なりようがあるのか?」
ルゥカミナは真顔で宣う。
「ヒドイ…」
反論はできないエレアノーラ。エルセネは相変わらず射続け、アーシェカも相変わらず眠りこける。
◇
午後。いつもは「武技別」だが、闇曜は「寮別」。4分割された円形競技場の、北四半にフレゥタリア生達は集まる。
「まず確認したいんだけど、ナァセ、『パルクェッテ』に出るつもりはある?」
突然のルネッタの問いに、ナァセは目を丸くする。
「…いいの?わたしで…」
「クーリオはまだ資格が無いし、1年近く休んでたアノンは論外。アシェはもっと大規模な“戦場”だったら精霊術で『後方支援』できるでしょうけど、『パルクェッテ』には現状“不向き”…消去法でも妥当だけど、最近のあなたを見ていれば、尚更、ね。」
「ホント、急にどうしちゃったの?ってくらいの変わり様だけど、何かあったの?」
割り込むようにレンディーネが訊くが、
「ん・まぁ、ちょっと…善処するけど、本番までに“もの”になるかは保証できない。でも、なるべく努力する。」
問いへの答えははぐらかして、ナァセは出場の意を示した。
「決まりね。一応、あなたの『影飛び』にも期待していいのかしら?」
「…ぇ…何でソレを…?」
ルネッタの口から出た意外な言葉に、ナァセは動揺を隠せない。
「あら、セァテンブロウ先生の“血筋”が濃いようだから、ひょっとしたら、って思ったんだけど…本当に期待していいみたいね。」
ルネッタはニマリと笑い、鎌をかけられたことに気付いたナァセは、己の迂闊さに自責する。
「『カゲトビ』って何?」
初めて聞く単語にアーシェカは首を傾げ、ナァセは説明しようとするが、ルネッタが制した。
「知らない事なら、うっかり漏らしようがないから、本番までは知らない方がいいわ。」
ナァセはそれに納得するが、知り損ねたアーシェカは少々不満そうだ。
「そこまで徹底するってことは、本気で勝ちにいく気だね?」
「いつも、そのつもりよ。」
ノァルカッサの問い掛けに、ルネッタは眼鏡を光らせた。
「それじゃ、今日はオレにナァセの相手をやらせてもらえない?」
ノァルカッサの申し出に、皆は驚きを見せる。
「そのつもりではあったけど…珍しいわね、あんたからそんなコト言うなんて。」
代表するように、レンディーネがそれを言葉に出した。
「今までだったら“防御・回避一辺倒”でつまらなそうだったけど、まともに相手してくれるんだろ?」
無遠慮な物言いに一部の者は呆れるが、
「ん・まぁ、それなりに。」
当のナァセは気にせず応えた。
「ハイ、じゃあ決まりね。あとは…オズはアノンの相手、エルはルネッタに弓の指南、アシェとクーリオはわたしと、ね。」
レンディーネが割振りして、各々開始する。
複数の武技を選択しているノァルカッサは、中でも上級修学中の“槍”でナァセと手合わせする。
最初の30分ほどはノァルカッサが明らかに優勢で、ほぼ一方的に10本以上取るが、1本1本の間隔は次第に開いていた。逆に優劣の差は徐々に縮まっているように思われ、ナァセが攻撃に転じる機会も増える。
やがて、ナァセが1本取った時、レヴが二人を止めた。
「珍しいな、ノァル。楽しすぎて時を忘れたか?」
副担任のドルゥヴェンに言われ、時計を見ると、休憩時間が迫っていた。つまり、1時間半近く続けていたのだ。
「楽しい…確かに、初めは“それなり”の手応えしかなかったのに、続けるほどに有効な“手”が1つ1つ封じられて、それに伴ってナァセの方は徐々に強くなっていって、このままじゃマズイと思って“新しい手”を考えながらやってたら、オレの方も少し実力が伸びてく感じがして…こんな仕合は初めてだよ…」
息を整えながら、ノァルカッサは素直な心境を語る。
「でも同時に、ナァセ、実力的にはもっと攻められたんじゃないか、って思うことが、何度もあった。何だか“躊躇い”があるような…」
「ふむ…済まぬが、ノァル、後半は替わってもらえぬか?儂もそこを確かめたい。」
唐突にレヴが申し出て、
「構わぬな?」
ちょっと目を丸くしているナァセにも確認をとる。
「…宜しくお願いします。」
ナァセは畏まって了承した。
休憩明け。早速、レヴとナァセが向かい合う。
「老いぼれだからとて、遠慮は要らぬ。」
動くために軽装となったレヴは、日頃は見せることのない気迫を発する。
「『老兵こそ、侮る勿れ』…老いてなお達者な猛者を、何人も見てます。」
ナァセも気を張る。
ナァセから仕掛けるが、すぐに攻防逆転され、再び隙を見てナァセが攻めに転じるも、再三攻防逆転。それを幾度も繰り返し、30分ほど経った頃、レヴが1本取ることで終了した。
動きに無駄の無かったレヴはあまり呼吸を乱していないが、ナァセは明らかに疲弊を見せて肩が上下している。
「なるほど。儂が隙を見せてやったから幾らでも機会はあったはずじゃが…『戦う理由』を見つけられても、まだ“迷い”があるか。それも、『武器を持つこと』や『戦いに身を置くこと』への迷いばかりではない。おそらく…」
一旦目を閉じ、再び開いて、レヴは真っ直ぐナァセを見据える。
「『秘密を抱えたまま、友たちと過ごすこと』への迷い。」
ナァセの瞳に動揺が走り、一瞬体が強張る。
「…先に延ばすことに、意味なぞ無い。余人の口からうっかり漏れるより、己の口から話した方が、遥かにマシであろうて。」
服を着直しながら、レヴはナァセに諭した。
◇
夜、タィマラ宮殿、食堂。
“当事者”の一人であるウォルナードを待つ間に皆は先に食事を済ませ、片付けているところへ、彼は到着した。
「さて。順を追うには、先ず我々の出自から話す必要があるな。」
静かに、レヴは話を切り出した。
「今、名乗っている『ウェスタフェルト』は、素姓を隠すための偽りの姓…真の姓は、『ローウェンハルト』じゃ。」
その名に、上級生達は反応した。
「『ローウェンハルト』…確か、大陸中北西部の亡国『レゥオン』の“王家”…」
一番世界史に強いルネッタが、すぐに思い当たった。
「左様。《魔法王国》モルトーヴェルの侵略により王都は壊滅、王族も共に滅んだ、と記録としては残っておるが、当時・齢11であった第3王子レヴォルグが数名の家臣等と共に落ち延びたことを記す書は無い。」
その「レヴォルグ王子」がレヴであることを大半が察し、当人も認めた。
―王都から逃れ海へ出て、ベルカ諸島の名も無き小さな孤島に流れ着き、人の初めて踏み入るその地で、王族であることを捨て姓を「ウェスタフェルト」に改め、新たな生活を始めた。
やがて、元従者の娘との間に男児を授かり、その子の成人を待って、レヴは家族から離れた。何故、祖国は滅ぼされたのか…世の事をもっと知るためにも、予てより話に聞いていたアィエンダーラへ、レヴは向かった―
「一旦、儂の話はここまでとしよう。」
レヴは、ウォルナードに目配せした。
「時は少し戻るが、俺はそれより早く、20代の頃に島を出ている。」
ウォルナードは若い頃まで記憶を馳せる。
「俺の一族は、代々王家の《守護者》だった。『ローウェンハルト』の血脈を絶やさぬためにも“最後の王子”を守護すべく共に襲撃から逃れ、新たな生活を始めてからも密かにその立場は継続して、俺もそのつもりで育てられた。だが、島で生まれ育った俺にはそんな“立場”に実感など湧かず、寧ろ知識を得たことで“外の世界”への興味の方が募った…若気の至りだ。退屈な島暮らしを捨て、己の力を活かせる場所を求めた。」
―《帝国》東部から始めて、諸侯のもとで実績を重ねたウォルナードは、やがて皇帝直属の隠密機動部隊に入った。そこでも実力を認められ、皇帝への謁見が許された頃、ある重大な任務を与えられた。
東の脅威《魔法王国》モルトーヴェルの密偵、特に「王に近付く方法」を探ること。過去にも何度か密偵を放っていたが、誰一人帰って来た者がいない、とのことだった。
実際にウォルナードも苦戦し、王に近付くことが困難である「仕組」を探り当て、命辛々帰還した。
職務復帰には時間は大して掛からなかったが、敵に顔が知られてしまった以上同じ任務に就くことはできないので、《聖地》イェルサーラが新任地となった。とはいえ、モルトーヴェルの王に“最も近付いて、戻った”実績もあるため、年に少なくとも1度はモルトーヴェルへ赴き、後任者に助言しつつ共に策を練ったり、2~3年に1度は帝都に戻って皇帝に直接報告する、ということを十数年繰り返した―
◇
8年前、1513年。ベルカ諸島の小さな島。
森の中を全力疾走する少女。猪に追われているため必死なようだが、どこか楽しげでもある。
大きな岩の前で止まって振り返り、しゃがんで地面に手をつく。
“標的”が止まったので更に勢いを増した猪だが、泥濘に前足をとられ、前のめりになり、勢いのまま顎から地面を滑って、少女が避けたために大岩に突っ込んだ。
衝撃で周囲の土が多少動いたが岩自体は全く動じず、故に猪は気を失って倒れた。
「ぁっっぶなかったぁ~…」
割とギリギリで避けた少女は、猪が完全に伸びたのを見て安堵する。
「なかなか際疾かったが、やっとうまくいったようじゃな。」
様子を見ていた老人が、少女に寄って頭を撫でる。
「うん、おじいちゃん。これでもう、畑、荒らされる心配無くなったね。」
「まぁ当分は、の。此奴の仔等が大きくなったら、荒らしに来てしまうかもしれぬが…まあ、それはまた、その時に、じゃの。」
「今のうちにやっつけちゃダメなの?」
「ホッハッハ、気持ちは解るがの、迷惑をかけてこぬうちは、無駄に殺めてしまう必要は無い。」
「ふぅ~ん…」
「何にせよ、これでしばらく肉が食べられるぞぃ、ナァセ。」
「うんっ!」
目を輝かせ、満面の笑みで元気に返事をする、幼いナァセ。一番重要なのは、日々の料理に“肉”が追加されることのようだ。
「さ、こっちはもうよいから、畑の方を手伝ってきなさい。」
「はぁい。」
祖父に背中をポンと押され、ナァセはまた元気に駆け出す。
畑では、両親が手入れをしている。
「お父さぁん、お母さぁん!」
少し離れた所からナァセは声を掛け、二人が反応すると、
「イノシシ、やっつけたよぉ!」
先刻の事を報告した。
「お、とうとうやったか。」
父レオニドは素直に喜ぶが、
「お父さんたら、また孫に危ないコトさせて…」
母ルアーは父親の所業に呆れる。
「あぶなくなかったよ…ギリギリ。」
ちょっと正直に言ってしまったナァセだが、どのみち体や服の汚れが雄弁に語っている。
「どうやったんだ?」
レオニドに訊かれ、
「んとね、わたしが作ってやった“ぬかるみ”で足すべらせて、岩に頭・思い切りブツけたの。」
ナァセは得意気に説明した。
「泥濘?…そうか、ナァセこの間の雨の日、転んじゃったから、それで思いついたんだね。」
「へへへぇ…」
誉められたようだけど、ちょっと恥ずかしいコトも思い出して、照れ笑い。
「でも、じゃあ、おばあちゃんの“タレ”の出番、てコトね。」
ルアーが目配せすると、
「あ・わたし、たのんでくる!」
目を輝かせて、ナァセは再び走り出そうとする。
「あ・ちょっと待って。」
呼び止めたルアーは“花”と“水”で娘の泥汚れを洗い落とし、
「はい、行ってよし。」
「ん、ありがと。」
改めて、ナァセは元気に駆けていく。
「…そろそろ、他の島との交流を本気で考えるべきかな…」
娘の後ろ姿を見送りながら、レオニドは呟いた。
「どうしたの?急に…」
「いや、少し前から思ってはいたんだ。まだ当分先のことだけど、この島だけに限って考えると、いずれナァセは独りになっちゃうよな、って…」
「…そうねぇ…私にはレオがいたけど、この島にはナァセの旦那さんになってくれる子、いないもんね…」
「だだっっ“旦那さん”っっ⁉」
突然突き付けられたようなその言葉に、レオニドは激しく動揺する。
「そんな話こそ、まだまだ先のコトじゃないか⁉」
そういう話でしょーがと呆れつつ、夫の取り乱し様にルアーは苦笑した。
◇
同じ頃、モルトーヴェル王都郊外の宿酒場。
「今回は特に進展無し、か。」
潜伏中の仲間から報告を受けて、ウォルナードは軽く溜め息をつく。
「すまんな。手柄欲しさに先走る馬鹿だとは思わなかった…“進展無し”どころか“振出し”だ。」
相手の男は深く溜め息をついた。
「もはや過ぎた事だ。悔やんだところで詮無きこと…またやり直すほか無い。」
ウォルナードは特に責めるわけでも慰めるわけでもなく、ただ事実を述べた。
「まあそうだな。これで皇帝が諦めるワケでもなし…精々また励むさ。」
男は残りの酒を一気に飲み干し、
「それはそうと、お前さん、確かベルカ諸島の出だったな?」
唐突に話を変えた。
「何処ぞの国の元王族が隠れ住んでる、なんて話、聞いたことあるか?」
「…いや、聞いたことは無いな。」
嘘は言ってない。
「何て国だったか…モルトーヴェルに滅ぼされた国らしいんだが…」
酒の所為なのか、男はなかなか思い出せない様子。
「そんな国、過去を遡れば幾らでもあるだろうが…一番新しいのだと『レゥオン』だな。」
何やら嫌な予感のするウォルナードは、さりげなくその名を出した。
「おお、確かそんな名だったな。」
当たっていたようだが、ウォルナードは動揺を見せない。
「お前も少しは歴史や世界を学ぶべきだと思うが…その“元王族”が、どうかしたのか?」
「いやな、モルトーヴェルの王様もすっかり滅ぼした気でいたらしいんだが、最近になって、生き延びてるヤツがいる、って分かったらしいんだ。で、それじゃスッキリしねぇからってんで、今度こそしっかりトドメ刺しに兵を向かわせた、って話を耳にしてな。なかなかとんでもないだろ?」
これも酒の所為か、妙に面白い話のように、男は一気に喋った。
「…確かに、容赦の無い仕打ちではあるが、皇帝でも同じようにするだろう。殊に珍しい話でもない。」
ウォルナードは席を立ち、
「飲みたい気分なのは解るが、程々にしておけ。」
お金を置いて店を出る。
「いい報告ではなかったみたいね。」
店から出てきたウォルナードの表情を見て、外で待っていた仲間の女はそう悟る。
「話は後だ。」
それだけ言って馬に乗ったウォルナードに、徒事ではなさそうな気配を、今度は感じ取る。
「アドム!」
船に着くや否や、ウォルナードは仲間に呼び掛けた。
「お・早かったな…どうした?」
呼ばれて顔を出した初老の男・アドムは、ウォルナードを見るなり異変を察した。
「説明は後だ。船を出せ。」
「行き先は?」
「いつも通りだ。」
とりあえず余計な事は訊かず、アドムは指示に従う。
船が進んだところで、ウォルナードは事情を話した。
「確かなのか?」
聞いた上でアドムが問うが、
「否。だが、真偽を確かめてる場合ではない。どの道寄るのだから、目で見ればいいだけのことだ。」
口調も特に変わらず平静に見えるウォルナードだが、視線は行き先にしか向けられていない。
「けど、100年以上も昔の事だろ?“生き残り”がいるのが分かったからって、今更…」
町まで同行していたカーラナは事態を重くは受け止めていない様子。
「奴は“純血”か“ほぼ純血”の《セゥレー》だ。何千年も生きるような輩にとって、百年なぞ『ついこの間』のようなものだろう。あり得ない話ではない。」
当人まで間近に迫ったことのあるウォルナードは、そう述べた。
「隊長。アレって、明らかに“生活の煙”じゃないよな?」
帆柱で前方を見張っているデァグが、指差して知らせた。手前の島の向こう側、目的の島の辺りから、黒煙が立ち上っている。
「…出来れば、違っていてほしかったが…」
ウォルナードは焦りを顕にした。
小さな家が激しく燃えており、既に崩れ始めていた。
「親父、お袋…」
家のすぐ近くで両親の亡骸を見つけた。
「親父さんも、歴戦の猛者だったんだろ?」
「…大分前に脚を悪くしたんだ。そうでなければ、こんな…」
変わり果てた父の姿に、ウォルナードは遣る瀬無さを覚える。隣で、アドムは佇むほかなかった。
カーラナが森へ向かう足跡を見つけ、辿った先で、また1人。
「レオ…“王族”だった事など知らずに育ったはずなのに…」
「酷いな…」
このような仕打ちをした輩に、身内でないカーラナでも嫌悪を感じる。
まだ足跡が続いており、反対側の浜辺に出た。
「ルアー!!」
妹の姿を見て、ウォルナードは駆け寄った。砂浜に横たわる彼女は、娘を抱えたまま息絶えていた。ほんの数歩先に、小舟が空しく置かれてある。
最後の望みも絶たれ、ウォルナードは膝から頽れた。
「俺が、島を、出さえ、しなければ…こんな、事に…」
もはや平静さを保つのも困難に見えるウォルナードに、カーラナもどう声を掛けていいか分からない。
その時、ウォルナードとカーラナは、何かに反応した。
「…今、のは…」
「女の子の、声…?」
立っていたカーラナの方が先に動き、母に抱かれている娘を診る。
「…生きてる…けど、傷を手当てしないと…ウォル、近くに真水はある?」
「ゼノ、さっき跨いだ細流を遡れば、泉があったはずだ。」
ウォルナードは一緒に来た若者に指示しながら、上着を脱いで砂浜に敷く。そこへカーラナは少女を寝かせるが、抱えた際に何かに気付いた。
「どうした?」
それを感じ取ったウォルナードは尋ねるが、
「いや、まずは止血しないと…」
カーラナは処置に入る。
「傷口の割に出血は少ないな。急所は外れていたか…」
縫われている胸部を見ながらウォルナードはそう判断するが、
「…そうでもないかも。」
深刻な表情で、カーラナは否定する。
手際よく傷口を縫い終えたカーラナは、少女をゆっくり俯せにする。背中にも、同様に傷が見られた。
「貫いていた、のか…?だが……まさか…」
その事実にウォルナードは疑問を抱くが、何か思い当って、妹の方を見る。
ウォルナードが言っていた《セゥレー》とは、大陸西域、主に《帝国》での《エルメーネの民》の呼び方です。いずれ出てくると思いますが、それに対して“普通の人族”を《アルカミア》と言います。




