第2章 2:前進
メルァーマの26日、風曜。早朝、セーギルゥアの競技場。
いつものように鍛練中のサムロスは、ナァセとアーシェカに気付く。
「もうそんな時間…か?」
同じくいつも通り読書中のルゥカミナも気付いて、時計を見る。
「いや、30分ほど早いな。」
「そう、30分早いの…眠い…寝る…」
呟きながら階段を下りたアーシェカは、ルゥカミナの隣で横になり、寝始めた。
「前に誘ってくれたでしょ?アレって、まだ有効?」
ナァセはアーシェカの傍に荷物を置く。
「どういう風の吹き回しだ?」
汗を拭いながらサムロスが問い、
「昨日、ドルーザが“かなりの深手”を負って帰ってきたことと、関係があるのか?」
続いて、本を閉じてルゥカミナも問う。
「ぃや、そこまでヒドくないはず―」
反射的に、ナァセはそこを否定した。
「関係、あるんだな。」
ルゥカミナはニヤリと断言し、ナァセは口を押さえるが既に遅い。
「少なくとも寮に戻った時点で身体的には大したケガには見えなかったが、“自尊心”はかなりの重傷だったぞ。アイツにそこまでできる『クソガキ』だの『小娘』といえば、思い当たるのはそうはいない。」
「…否定はしない。」
「別に、告げ口などする気は無い。どうせ、悪いのは奴等の方だろうからな。だが、サムロスの貴重な鍛練時間を割くからには、事情は教えてもらわないと、な。」
ルゥカミナが聞く姿勢をとると、少し考えてから、ナァセは話を切り出す。
「…詳細は省くけど、放課後、旧市街でアイツらと出会して―」
「旧市街?何でそんな―」
場所が不自然すぎるので、サムロスが割り込んで問うが、
「詳細は省くけど。」
同じ言葉を繰り返して、ナァセは回答拒否。サムロスは両手を挙げて了解を示した。
「そこで、学舎にバレたらマズイような事をアイツらはやってて、別にソレを告げ口しようとか思ってなかったんだけど、向こうが勝手に不安になって―」
ナァセは昨夕の状況を説明した。
「―で、ドルーザに背中打たれて形勢が一転して、何発か喰らっちゃって…その辺で、上からわたしを呼ぶアシェの声が聞こえたかな…」
「ちょっと待て。」
今度は、ルゥカミナが話の腰を折る。
「そこは流石に聞き流せないな。『上から』というのは、どういうコトだ?」
「ぁー…ぇとぉ…」
言い淀んで頬を掻くナァセ。
「山の手の奥の料理店…ロドルフ達がいたのは、その崖下の森で…」
「…何でそんな流れになったかは分からんが、情景は理解した。」
“省きたい詳細”なのだろうと察したルゥカミナは差し当たりそれで納得して、続きを促した。
「アイツらにも声でアシェだって分かったみたいで、ドルーザが『あっちにも口封じが必要』みたいなコト言ったから、何か反射的に体が動いて、2~3発アイツにブチかましてた…」
「…お前の『2~3発ブチかます』の結果が『瀕死の重傷』に思えてならないが…」
「同感です。」
ルゥカミナは冷静に分析し、サムロスも賛同した。
「ちゃんと意識はあったよぉ…だから『アシェに手を出したら、こんなのじゃ済ませない』って嚇しておいたし。」
「軽くて“半殺し”、場合によっては…か?」
一応冗談のつもりでサムロスは言ってみたが、
「そんなコト…ぉは、無ぃ…コトもない、かも…」
即座に否定しかけたナァセは、肯定気味に着地して、
「アシェが何されたかによっては、或いは…」
アーシェカの寝顔を見ながら、真面目にそう応えた。
「恐ろしい娘だ。」
ルゥカミナは頬杖をついて、からかい半分に言う。
「実に。」
サムロスも乗り、ナァセは特に反論はしない。
「しかし、なるほど…そこが、今のお前に必要な『闘う動機』というワケか。」
ナァセの事情説明が終わったと見たルゥカミナは、“本題”に入る。
「ん、たぶん…『守るため』の闘いだと意識したら、いけそうな気がして…」
ナァセは自身の両手を見つめる。
「だが、何故サムロスなんだ?フレゥタリアにも手頃なのがいるだろう?」
「ん~…手頃すぎて、イマイチ物足りない。」
ナァセは正直にそう答えた。
⦅レンが聞いたら、泣くな…⦆
その情景が、ルゥカミナには容易に浮かぶ。
「その点、サムなら、毎朝鍛練してるのも知ってるし、わたしも安心して本気出せる。」
「…そいつは光栄だな。」
「いいだろう。早く取って来い。少し時間が過ぎた。」
ルゥカミナの許可が下りたので、ナァセは準備室に向かった。
「…意外でしたね。何かあってブチのめされるのはロドルフだと思ってました。」
「そうでもない。アイツは、良くも悪くも、ただの馬鹿だ。精々、権力をひけらかして威を張って、ちょっと暴れるくらいの“可愛いクソガキ”だ。厄介なのは寧ろ、『力有る者』を陰で糸を引いたり、唆して他者を動かすような輩だ。今回は正常じゃなかったから自らも動いてしまったようだが、平時のドルーザはそういう男だ。」
「…ただの“腰巾着”だと思ってましたが…」
サムロスのその言葉に、ルゥカミナは呆れてしまう。
「学舎を卒業してフェゥランカに帰れば、そんな連中が随所にいるんだ。お前にはもっと“鼻”が利くようになってもらわないと、〈敵〉を見誤るぞ。」
などと話しているうちに、ナァセが修練用の棒を持って戻った。
「よし、時間が惜しい。サムロス、今日のところはお前から攻めてやれ。ナァセ、いける時にいつでも反撃しろ。」
「了解っ!」
返事の途中でサムロスは木剣を薙ぐ。不意打ちのはずだが、ナァセはひらりと避けた。それは想定していたようで、サムロスは動じることなく攻め続ける。
ナァセも順調に避け、時に棒で受け止め、或いは払う。
いつも通りな光景を見かねたルゥカミナは、
「何をヌルいことをやっている。サムロス、その程度ではナァセの“防衛本能”を刺激できないぞ。」
言葉でサムロスに鞭を入れる。
⦅速くて重いだけじゃない…緩急自在で、狙いも的確で、鋭い…!⦆
鞭が入ったことで勢いを増したサムロスの攻撃に、先刻ほどの余裕は持てず、何とか凌ぎながら、ナァセは機を窺う。
が、待ったところでなかなか隙が見えず、
⦅なら、いっそー⦆
態と自分の方が隙を見せて相手の大振りの一撃を誘い、素早い回転で勢いをつけて先ずはその一振りを弾き、そのままもう一転して、今度は打つ…はずだったが、想いの外、弾けていなかったようで、サムロスの方が一瞬早く振り下ろし、ナァセの脳天を直撃。
「…惜しかったな。一瞬、いけたと思ったが…大丈夫か?」
硬直したように動かない二人…特にナァセに、ルゥカミナが声を掛けたが、返事は無い。
一足先にサムロスが息を吐いて緊張を解き、
「…ウェスタフェルト?」
ナァセを見るが、
「あ、ダメですね。」
気絶していたようで、ナァセはゆっくりと倒れる。
「いい音、してたからな。一瞬、防御も遅れたか…」
想定範囲内のようで、ルゥカミナは特に動じない。
暫くして、ナァセは意識を取り戻す。
「気がついたか。」
視界の上からルゥカミナが覗き込んできて、その向こうには空が広がっている。
「…あぁ、反撃に失敗して、一発頭に喰らったんだ…」
冷静に状況を把握するナァセ。
「大丈夫そうだな。起きられるか?」
「ん…」
ルゥカミナに問われ、ナァセは頭を少し動かす。
「…ルゥカの膝枕、硬い。」
ゴンッ
「だっっ!」
ルゥカミナが膝を開いたため、ナァセは後頭部を床に打ちつけ、
「~~~っ!!」
頭を抱えて悶絶する。
「余計な口をきけるくらい元気なようで、何よりだ。」
流石に気に障ったようだ。
「―で、エルセネ、笑いすぎだ。」
そちらにも矛先を向ける。
「ムチャ言うな。ナァセ、朝っぱらから面白すぎだ。」
「…エル?なんで…?」
声を聞いて、ナァセも漸く存在に気付いた。
「昨夜ははぐらかされたからな。なら、こっそり様子を見てやろう、ってコトになったんだが…如何せん、アノンのヤツはアシェに負けず劣らず朝弱いから見事に寝坊しやがって…まぁ、結果としては間に合った。それでアノンはブチ切れて、あの有り様だ。」
エルセネは競技場の方へ目を向ける。
「あ~…さっきから騒がしいの、やっぱアノンか…」
ナァセもそれに倣う。先刻“手合わせ”していた辺りで、ナァセが使っていた棒を振り回してサムロスに突っ掛かっているエレアノーラだが、まるで相手になっていない。
サムロスが何か言ってこちらを指差すと、エレアノーラは手を止めてこちらを向き、棒を放って走ってくる。
「ナァセっっ大丈夫っ⁉」
「ん、おはよ。平気。」
後頭部を摩りながら答えるナァセに、
「…アレ、打たれたの、上じゃなかった?」
エレアノーラは疑問を投げる。口元に微笑みを浮かべて2度瞬きするナァセ。その間に、笑いを堪えるエルセネを軽く睨むルゥカミナの様子を感じて、
「それよりアノン、どうしたの?」
はぐらかす。
「もしかして、あなたも一緒に毎朝鍛練する?」
「はぇ?…ぇと…」
単に興味本位で来てみただけなので、エレアノーラは返答に困った。
「するっつっても、ボクじゃナァセやサムの相手になりゃしないし―」
「全くだ。こっちの腕が鈍る。」
「ぁ゙あ゙⁉―っぅぇ゙っ」
自分で言っておきながらサムロスの悪意しかない発言にはブチ切れるエレアノーラだが、エルセネが腕を彼女の首に絡めて制止する。
「で、あたしは基本・一人でやるしかないし、奇跡的にアシェが起きれたとしても『舞』だからな…」
未だに眠っているアーシェカに目を向けるエルセネ。首を絞められているエレアノーラは、苦しそうだ。
「意外なのは、ルゥカだ。てっきり、あんたも毎朝付き合ってると思ったが、まさか読書とは…」
今度はルゥカミナの手元に目をやる。
「まさか。ただの読書ではない。」
ルゥカミナは表題が見えるように本を掲げた。
「『カンテールベリュ物語』…?」
エルセネは知らないようだが、
「色んな階級・身分の人々の、色んな話をまとめた、短編集みたいなヤツだね。ルゥカも、そういうの読むんだ…」
ナァセが簡単に紹介した。
「これも勉強の内だ。それより、私は朝から汗をかく気は無いぞ。」
話を戻して、ルゥカミナは朝練の誘いを断る。
「それって、汗臭いまま一日を過ごしたくないから?」
まだ汗の乾ききってない自身の服をつまみながら、ナァセが確認する。
「…忘れてもらっては困るが、私は一応“王族”の身だ。」
ルゥカミナのその言葉に対して、
「ですよねぇ…ぃや、ウチのレンに関しては、たまに王族であるコトを忘れる…てゆーか、たまに思い出すけど、ルゥカはいつも気品とか風格“ダダ漏れ”だから、忘れようがないヨ。」
「確かに・な。」
エレアノーラはやや別方向に失言し、エルセネも賛同した。そんな二人を無視して、
「じゃ、その問題が無かったら、協力してくれる?」
何やら案があるらしいナァセは、皆を隣の庭園まで連れて行った。
適当な花を選んだナァセは、庭園を流れる小川の水も使って『花水浴』をして、『風』で乾かしてみせた。
「なるほど、流石は自由主義寮。そんなの、精霊術の講義では教わらない。」
ルゥカミナは感心するが、
「いやいや、こんな発想、ボクらにも無かったよ。」
エレアノーラは正直に否定する。
「長旅の中で“野宿する”なんてコトもよくあったけど、それ以前に、わたしが生まれ育ったのは小さな孤島で、そこに“お風呂”なんて無かったから。」
「…理屈は大体解るが、すぐに習得できるほど私は精霊術に関しては器用ではないぞ。」
ナァセの説明を聞いた上で、渋っているワケではなく、ただ事実としてルゥカミナは述べた。
「ん、問題無い。できるようになるまでは、わたしがやるから。」
「大丈夫か?確かにそんな大変な術でもなさそうだが、早朝の鍛練後にこの人数分っていうのは、多少の負担にはなりそうだが…」
ナァセの提案に対し、エルセネが軽く不安を示すと、
「大丈夫だと思うけど、必要なら手を借りるから。」
庭園に来てからまた眠っている“精霊術天才少女”をナァセは指差す。
「じゃー問題解決だね。」
「…私は優しくないからな、覚悟しておけ。」
エレアノーラに視線を向けられたルゥカミナは、同意を示した。
因みにサムロスは「男の美学に反する」からと、『花水浴』を遠慮した。
寮を越えての合同鍛練が知られると、面倒な事を言う者もいると思われるので、ルゥカミナとサムロスはナァセ達とは別で階下へ向かった。
日中、ナァセとロドルフ達は顔を合わせることもあったが、ナァセ同様、ドルーザも『治癒』によって目立った外傷はなくなっており、後ろ暗い事のある彼等が昨日の件を持ち出すはずもなかった。
◇
午後、競技場。
棒術のナァセとルゥカミナの手合わせが注目を集めていた。
「凄っ…あのコ、急にあんな…何かあったの?」
2つ隣の細剣術ではレンディーネがそんな事を訊かれるが、
「あった…のかなぁ?てゆか、わたしも驚いてるんだけど…」
やはり、何も知らない。
「5年目のはずのクラゥスを、技術的にはものの1週間程度で追い越していたようだけど、たった半年で、『皆伝』間近のルゥカミナとまともにやり合うなんて…やはり、貴方の血筋によるものですか?」
投擲・短剣を師範するリィが、隣のウォルナードに問う。
「今のところは、そうだな。」
「“今のところ”は…?」
「本調子ではないから未だ全容を見せていないが、あの娘には『天賦の才』がある。」
「興味深いな。」
投擲・短剣の向こうから、セピュラが寄って来る。時間の大半を反復練習「ひたすら射る」に費やす弓術の師範は、比較的ヒマなようだ。気にせず、ウォルナードは話を進める。
「あらゆる武器に精通でき、常人より早く修得できる…そこまでが“血筋”に因る。」
「ソレにしたって、我々凡人からしたら十分『天賦の才』だがな…それ以上って、なんだ?」
あまりにさらりとウォルナードが語ったので、セピュラは少々皮肉を挟んだ。
「“理解力”と“器用さ”そして“身体能力”が並外れて高いから、教わった事は即座に飲み込み習得できる。その上、“柔軟な発想”と“独創性”ですぐに応用を利かせられるから、一教われば忽ち二も三も体現し得る。」
「なるほど。同じ事を教わってても“一”を体得するのに多少の時間を要するのが凡人だからな。」
再び口を挟んだセピュラに、ウォルナードが無言の“圧”を向けると、
「…失敬、まだ続きがあるのか。」
「え⁉」
セピュラはただその事を察したが、リィはその事に驚きを見せる。
「既に知ってる通り、ナァセは防御・回避能力が高い。それは“動体視力”と“反射”の高さゆえだが、“観察力”の高さもある。故に、相手の動きの癖を見抜き“先を読む”ことにも長けているわけだが―」
「ちょっと待て。“観察力”と“器用さ”が高いということは、つまり…」
再三中断するセピュラだが、
「流石に、察しがいいな。」
今度はそれで済ませる。
「ぇ…どういう事ですか?」
察していないリィは、ワケが分からない様子。
「一を教えて同じ武器を扱う手練れと闘わせれば、十や二十どころか、長引けば“百”にも成り得る、ってコトだな?」
セピュラは搔い摘んで確認する。
「もっと言えば、実戦の中で“必要”や“成り行き”に応じて、手近な物は何であれ“武器”にする。皆は俺の『愛弟子』などと言ってくれているようだが、俺が実際に教えたことがあるのは武技の2つ3つの基礎だけだ。」
三人が話している間もナァセとルゥカミナの手合わせは続いていたが、漸くルゥカミナが1本取ったようだ。
レヴはルゥカミナを呼び、ナァセにはクラゥスの相手をするよう指示した。二人には中央寄りに行ってもらい、ルゥカミナと共に外寄りの広い方に移ったレヴは、棒先で大きな円を描き、ルゥカミナも円の中に入らせると、地術で身の丈より少し高い『壁』を造る。
「もしかして、ルゥカさんもいよいよ『奥義』伝授ってことかな?」
地術の円壁を見てクラゥスは推量するが、
「早くその域に達したいのなら、今は自分の事に集中。」
余所見するなと、ナァセは注意した。今や、ナァセがクラゥスに教える立場となっていた。




