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昊天の射手が矯める亡国の獅子:岩山の学舎  作者: 栖乃晢


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第2章 1:尻尾踏んじゃった

予告通り「第2章」突入で、“春”をすっ飛ばして“夏”です。⋯ちょっと長めです。

 メルァーマの25日、地曜(セゥロ)。快晴。

 エレアノーラはほぼ毎日学舎に通うようになっていたが、休んでいた分の“補習”で居残ることも、まだ多い。本日も然り。

 ナァセは、コルカの見習い期間の終わりに「中級への昇級」の話があったが、「武具携帯の必要性」という点に於いて「まだ、その覚悟がない」とのことで辞退し、初級のままである。

 放課後、コルカに寄ったが特に何も無かったので、ナァセとアーシェカはちょっと寄り道中。

 コルカから北上して寮へ向かう途中、市街地の外れ辺りにある菓子店の軒下で、

「や~巧いモンだな…」

店主は素直に感心する。

()()のは簡単。問題はココからです…」

 ナァセは目の前に意識を集中させる。

「5段は欲張りすぎでしょ…」

 円錐菓(コーン)の上にキレイに真っ直ぐ積まれた5段氷菓を見て、アーシェカは感心を通り越して寧ろ呆れる。勿論、全て味・色違い。

「とんでもない。今はコレで精一杯だけど、わたしは挑戦し続ける…」

 氷菓から目を離さずにナァセは意気込みを語る。

「オゥッ頑張れよ!…つーか、気を付けてな…」

 将来のコトと目先のコトを共に応援されて、ナァセは片手を挙げて応えた。

 いつもより気持ち遅めな歩調ながら、暫くは順調に進んでいた。大辻に差し掛かり、漸く1段目が終わろうという時、うっかり小石に躓くナァセ。

「ぅわっっ、たっ…」

「ギャンッッ!!」

「―っと…ぁっぶなかったぁ…」

 平衡を立て直してホッとしたナァセだが、途中で何かあったような気がして、振り返る。

「ぅわぁ…」

 後ろから見ていたアーシェカは既に青ざめている。

 見るからに足の速そうな中型猟犬が、尻尾を踏まれたようだ。ナァセに。

「…ぐぉ・めんな・さ、ぃ…」

 様子を窺いながら引きつった笑顔で謝罪するナァセだが、猟犬の方は徐に“臨戦体勢”に入る。

「…だめ?」

 許してもらえそうにないので泣きそうなナァセだが、涙よりも先に氷菓が円錐菓から落ち、それが合図となった。

 勢いよく飛びかかる猟犬をナァセはギリギリで横に避けて、そのままそちらの方へ全力疾走。猟犬も後を追う。

「ちょ…何処行くのぉ⁉」

 寮とは違う方向なので戸惑うアーシェカも、仕方なく追う。

「…()()、うちの(ヤツ)か…?」

 大辻の一角にある酒屋から出てきた飼い主らしき男が、少女を追い駆ける猟犬の後ろ姿を呆然と見送る。

⦅しつっっこいなぁ、まだ来んの?⦆

 当然だ。気配で分かるので振り返ることなく、ナァセは走り続ける。

⦅じゃ、やっぱり()()()かぁ…()()()()だけど、できるかな…?⦆

 ひたすら、走る。

「あれ?通り過ぎた…洞窟に行くんじゃないんだ…」

 ちょっとずつ離されているアーシェカだが、何とか見失うまいと必死だ。

⦅マズイな…微妙に距離を縮められてる…でも…⦆

 次の大辻に差し掛かったところで、ナァセは方向を変え、

⦅ここからが勝負っ!⦆

より気合を入れる。

「ウッソぉ~⁉」

 後方からそれを見たアーシェカは目を疑った。そちらは“山の手”、つまりは坂道を行くワケだ。馬車が通るような主道は蛇行しているが、ほぼ真っ直ぐ丘の上へと通じる階段もあり、ナァセは当然“直線”を選んだ。

「…ムリ。」

 予想通りの後ろ姿を階段の上方に確認したアーシェカは、この時点でヘトヘトなので、もはや駆け上がる気力は無い。

 丘の上では道が環状となっていて、円周には立派な邸宅やオシャレな店が並ぶ。階段の延長線上である真北の位置にはやや高級な料理店があり、2階の露台は眺望が開けているが、1階北は成人の肩ほどの高さの壁で視界良好とは言えない。とはいえ、天井までは同じくらい開けているので、さほど悪くもない。

 そして、ナァセが狙うのは、その1階の北側。

 この時間は準備中なので、少なくとも客はいない。夏季なので窓や扉は開け放してあることが多く、入り口も例外ではない。故に、

「失礼しますっ!!」

厨房まで聞こえるくらいの声で“挨拶”した上で突入し、一直線に北側を目指し、

「ちょっと失礼しますっ!」

改めて、今度は店内を整えている店員に謝罪を述べて、ナァセは壁を飛び越えた。

「…はぃ?」

 急なコトに店員は状況を理解できていないが、

「はいぃぃっっ⁉」

続けて入ってきて壁を越えられずにただ激突した犬にビックリする。

「―って、え゙え゙っ⁉」

 そして、その直前に飛び()()()少女がいたコトに気付き、慌てふためく。

⦅さて、とりあえず()()したけど、問題はココからだよねぇ…ん、()()()に人はいなさそう…⦆

 ()()しながら、ナァセは眼下に広がる森の、開けた一点を確認する。

 地面に近付くと()()して、最後はふわりと着地。だが、周囲にはちょっとした()が生じた。

「ぅおっっぷ⁉」

 男の声がした。上からは見えてなかった(と思う)が、数名の少年・青年達がいる。

「…()()()()で、何してる?」

 ナァセには見知った顔ばかりだった。

「上から“降ってくる”とは、お前も随分ブッ飛んでんな、ウェスタフェルト。」

 他の者が多少なりとも動揺を見せている中で、ロドルフは落ち着いている。いつもの“取巻き”が先に見えたので、彼の存在はその時点でナァセには予想できていた。

「…あなた達も、()()()()最中だったみたいだね。」

 彼等が手にしているモノと、漂う匂いや微かな煙で、ナァセには()()が何か判った。指摘されて、慌てて後ろに隠す者や放り捨てる者もいるが、やはりロドルフは動じない。

「ぉ・おい…一番厄介なヤツに見られたんじゃ…」

 ドルーザがそう言うと、残りの二人は不安を増す。

「ぃゃ…(いや)、問題無いさ…お前は絶対、誰にも喋らない、よな?」

 ドルーザは、今度は言葉とは裏腹に不安いっぱいな表情(カオ)で、その辺にあった木の枝を手に取った。片手で振り回せる程度だが、人を傷つけるには十分な長さや太さの枝。

⦅うん、コイツはイッちゃってる⦆

 ナァセは冷静にそう判断する。

「おいおい、程々にな。」

 ロドルフは面白そうに見物を決め込むようだが、他の二人は同様に手頃な枝を手に取った。

「面倒臭ぃ…」

 ナァセは溜め息をつきながら軽く臨戦体勢に入る。

 ドルーザが先ず動き、あとの二人も意を決してそれに続く。が、素人だったり、そうは言えなくとも正常な状態ではなかったりする者ばかりなので、当然ながら掠りもしない。

 自身の苦い記憶を思い出して面白くないロドルフが、小石を投げつけたが、それもしっかり避けて、ナァセは一瞬彼を一瞥した。その隙を突いたのか、ただの()()()か、ドルーザの一振りがナァセの背中を打った。


 漸く丘の上に着いたアーシェカは、吠え立てる犬の声を頼りに料理店に入り、

「ぁのぉ…」

準備中のようなので遠慮気味に店員に声を掛けた。

「ここに、女の子が突っ走って来ませんでしたか?」

「ああ、それなら…」

 店員は店の奥を指差す。あの猟犬が壁の向こうに吠えていて、その横で、別の店員が身を乗り出して“下の様子”を見ている。

「え…ぇぇええっ⁉」

 悪い予感しかしないアーシェカは慌てて壁へ駆け寄り、ちょっと飛び上がって、身を乗り出して下を見る。

「君、あの子の友達?」

 隣の店員がアーシェカに話しかける。

「ここから飛び出した時は驚いたけど、一応無事みたいだよ。ただ、その後は何が起きてるのか、さすがに遠すぎて…何人かに絡まれてるようにも見えるけど…」

 経緯を軽く話しながら、ちゃんとは見えないが、もう一度下に目をやる。

「絡まれてるどころじゃないよ…ナァセ!!」

 下の様子を視認したようで、アーシェカは下まで届くような大声で名を叫んだ。

「ぁあっもう、アイツら!ねぇ、下に行ける階段とか無いの⁉」

 先刻より不安を見せるアーシェカは、店員に強く問う。

「無ぃ…んじゃないかな?山の手(ここ)から旧市街(した)に行きたい人なんていないし、逆に上がって来られても困るし…」

 それを聞いて納得するが、当てが外れたので、アーシェカは口を尖らせるしかなかった。

「じゃ、馬車出して。送迎用のがあるでしょ?」

 知っているかのようにアーシェカが提案するが、

「イヤイヤ、それはさすがに―」

彼がすんなり聞き入れないことは予想してたのか、気高き少女は慣れた手つきで学生証を提示する。

()()()()ヨロシク言っておくから。」

 そう言われてもすぐには意味を理解できない店員は、学生証の名前を注視する。

「パルェ…ス…⁉」

 確認した途端、彼は背筋を伸ばし、

「わっっ私のぃ一存では、そのっ…少々お待ちを!!」

慌てて奥へと駆けていく。

「緊急事態なんだから早くねぇっ!」

 その背中に、アーシェカは拍車を掛けてやった。

 1分もしないうちに、別の、明らかに()の者が早足でアーシェカに歩み寄る。

「大変失礼致しました、()()()(わたくし)、店主の―」

「緊・急・事態っ‼そーいうのいいから、早く、馬車っ!!」

 店主の挨拶を遮って、アーシェカは要求を簡潔に伝えた。

「あ・はい、馬車は今、表に廻させており―」

「アリガトっ!」

 最後まで聞かずにアーシェカは外へ向かい、その後に猟犬も続く。

「ぃぃ…ぃ犬ぅっ⁉」

 存在に気付いていなかった店主は、色んな意味で驚いた。

 店の前に、ちょうど馬車が来ていた…が、それを見てアーシェカは、

「…馬だけの方が速いね。乱暴に扱っちゃ悪そうだし…」

瞬時にそう判断した。

「ご尤も。」

 馭者台の店員もすぐに飲み込み、馬を1頭切り離す。

「途中で御不用になりましたら、肩を2回叩いてやって下さい。それで勝手に帰ってくれますので。」

「ん、ありがと。」

 短く礼を述べて、アーシェカは麓へ急ぐ。


「さて…」

 麓の繁華街の、北側への最初の脇路の入り口で、アーシェカは一旦停まる。一人で来たことは無く、“巨大迷路”という印象を抱いているので、ちゃんと目的地に辿り着ける自信は無い。馬にとっても、おそらく未踏の地…と思っていたら、猟犬がひょっこり現れた。

「あれ、キミ…そっか、階段を真っ直ぐ下りて先回りしたんだ…案内してくれるの?」

 まるでアーシェカの問い掛けに応えるように一声発して、猟犬は路地裏へと入っていき、アーシェカも続く。

 おかげで迷うことなくナァセのもとに着いたアーシェカは、馬を降りて駆け寄った。

「ナァセ、大丈夫?…アイツらは?」

 辺りを見回すが、ナァセ以外は誰もいない。

「擦れ違ってないなら、別の道を抜けたんじゃない?」

 アーシェカの後方に馬を視認したナァセは、親友が思いの外早く来たワケを理解し、続けて猟犬に気付く。

「ゴメンね、シッポ踏んじゃって。」

 すっかり落ち着いている様子を見て、ナァセは素直に謝罪した。

 猟犬は歩み寄り、尻尾を軽く振って平気であることを示す。そして、崖の上方、ナァセが飛び降りてきた所を見上げ、改めてナァセを見た。

「呆れてる?自分でも驚いた。思ったより高かったね。」

 言いながらナァセは猟犬の尻尾に優しく触れ、『水氷術・治癒』を施す。

「気にしないで。キミが強いのは分かってる。これは、アシェを案内してくれた、お礼。」

 猟犬は、癒やしてもらった尻尾を元気よく振る。

「ナァセ、自分の方がボロボロなんだけど…」

 呆れたアーシェカが、ナァセに治癒を施す。

「あ・そうだっけ?」

 実際、外見的にはそれなりに負傷しているナァセだが、調子としては全く平気なようだ。その間、猟犬は何やら地面を嗅いでいた。

()()必要は無いよ、知ってる連中だから。明日にも学舎で顔合わせるだろうし。」

 意向を察したナァセは猟犬にそう伝え、もう十分とアーシェカの治癒も止めて立ち上がる。

「キミのご主人も心配してるだろうし、帰ろう。」

 改めて猟犬の方を見ると、彼は何かを見つめて緊張で固まっているようだった。その視線の先を見てみると、いつの間にか男が1人、立っていた。

「こんな所で何をしているんだ?ツァード。」

 思いもよらぬ人物だったので二人とも一瞬目を疑ったが、

「ファレクおじさん⁉」

口を揃えてその名を呼んだ。

「フム。尻尾を踏まれて女の子を追いかけて行ったと聞いたが、まさか君達だったとは…それで、仕返しで“この有様”?」

 アーシェカに手当てしてもらっていたナァセを指差して、ツァードに問い詰めると、彼は人間がそうするように首を思い切り左右に振って否定。

「あ、違いますよ。コレは“別件”です。このコのことは、()で一旦撒いてます。」

 ナァセは上を指差す。

「上?…あの辺は確か…フム、なるほど…猟犬に追われて()()()()は、君もなかなか面白いな。」

 驚きではなく、物珍しいといった目で、ファレクはナァセを見た。自覚しているようで、ナァセははにかむ。

「このコ…ツァード?は、おじさんトコのコ、なんですよね?でも、この間は見てないような…」

 アーシェカはナァセの方を見るが、ナァセも同様のようで、首を振る。

「新入りだよ。春にうちに来たばかりだから、(エルセネ)もまだ知らないよ。我が家にはもう大分馴れてきたから、そろそろ“街馴れ”させようと思って連れて来たんだけど、いやまさか、こんな面白いコトになるとは…ツイてるな、オマエ。」

 殺されるんじゃないかという威圧を感じたかと思えば、妙なトコロで笑われ、ツァードはすっかり戸惑っている。

 とりあえず、一行は街へ向かい始めた。

「面白い事と言えば、ナァセ、『悪魔招喚未遂事件』ではお手柄だったようだね。」

 歩きながら、ファレクは何やら大仰にも聞こえる話題を始めた。

「あ・いえ、別件を追っていて偶々居合わせただけで、大したコトは…」

「20代の男3人を『闇盲』で“捕縛”するなんて、10代半ばの女の子としては十二分に“大した事”だと思うよ。」

 詳細を述べられては、ナァセも反論はできない。

「でも、一番の手柄は()()()。〈魔導書〉をちゃんと持ち帰って報告したこと、だね。君が介入しなくても彼等は“事”を成せなかっただろうけど、場合によっては、その後アレが“然るべき人物”の手に渡っていた可能性だってある。そうなれば、この都市は未曾有の災厄に見舞われていたかもしれない。でも、君がそれを阻止したんだ。それはもう、大手柄でしょ。」

「…そうやって聞くと、確かにスゴイ事だね。」

 改めて感心したアーシェカは、軽く拍手してみせる。

「それと、実際問題、アレが()()()()この地にもたらされたという事実が、《帝国》の“間者”の存在を示唆している。とても無視できる案件ではないからね。高地城塞の方でも“陸路”の侵入者が無いか、より一層警戒するように言われてるんだ。」

「ぅわぁ…なんだかすごく“大事(おおごと)”になってる…」

 “家出ネコの捜索”を解決しただけのつもりだったナァセは、素直に驚く。

「…まぁ、コルカ()()の耳には届かない案件ではあるね。」

 ()()を知っているようで、その上でファレクは少々皮肉を言ったが、ナァセはただ納得してしまう。

「“《帝国》の間者”って、ちょっとムリがあるんじゃ…大陸の反対側(にし)から、こんな東の果てまで、わざわざそんな()()()なコト、します?」

 アーシェカは素直に疑問を口にした。

学舎(アィエンダーラ)の歴史も4世紀近くにはなるから、十分あり得る話だよ。ここで学んで巣立った人達の中には、故郷とかで私塾を開く人もいる。そうやって学舎(ここ)の事がだんだん西へと広まって、実際…まぁ、帝都出身者は今のところまだいないみたいだけど、ロムルの辺境から来る生徒は、今じゃあまり珍しくないからね。帝都にも、“噂”だけなら大分昔に届いてるはずだよ。」

 ナァセは真剣に聞いているが、疑問を投げた当のアーシェカは半分といったところ。

「そして、()を見てみると、ロムルは勿論だけど、《カリァスタ教》の歴史はアィエンダーラなんかよりもっと長く、そして深い。広がりに広がって、大陸の中域と東域の中間、フェゥランカ王国でも『国教』になっているし、そういった国々から来る人達のために、こんな東の果てにも礼拝堂が建つくらいだからね。」

「《カリァスタ教》にとって、『学舎の教え』は〈異端〉…」

 話の途中で、ナァセが呟く。

()()()、君は話が早いね。」

 ファレクは意味有り気にニヤリと笑い、ナァセはギクリとして口を押さえ、アーシェカはキョトンとする。

「正確には《教会》にとって、だね。そして、自分達の領域を守るためには、〈敵〉や〈外〉の事情を知るというのは、とても重要なこと。僕だって、『いずれ衛士長を継ぐ気なら』と、かつてはフェゥランカまで旅したものだよ。だから、逆に西域(むこう)からこっちに偵察に来ていても、不思議はない。」

「…なるほど…」

 イマイチついていけてないアーシェカだが、なんとなく解ってきた。

「さて、そろそろ森を抜けそうだから、物騒な話はこの辺にしておこうか。」

 木々の間から家が見えてきていた。

「まぁ、そんな理由(わけ)で、山でも里でも街でも、密かに警戒を強めているから、学舎の方でも気に掛けるよう、エルセネに言っておいてくれ。」

「…会っていかないんですか?」

 ナァセが訝るが、

「そのつもりでいたけど、偶然にも君達に会えて、伝えられたから、僕はこれで失敬するよ。」

 そう言って、街に入る手前で、ファレクは去って行った。


          ◇


 夜、タィマラ宮殿。

「いや、その話なら知ってるし。」

 父親(ファレク)からの伝言を聞いたエルセネは、はっきりそう答えた。

「やっぱり…そんな気はしてた…」

 伝えたナァセも、その反応は予測していたようだ。

「あのバカ親父もソレは承知のはずだがな…まぁ十中八九、確信犯だな。」

「…どゆコト?」

 アーシェカはイマイチ飲み込めていない。

「あたしは()()()()の翌週にはアレシアさんから個別にその話を聞いて、学舎での警戒を頼まれたんだ。で、当事者でもあったし、ナァセもその事は承知なのか、一応訊いてみたら…」

 エルセネは一瞬言い淀んで、ナァセを見る。

「『初級に留まってるうちは、ナァセが関わる必要は無い』っていう、セァテンブロウ先生の判断で、ということらしい。」

「んーまぁ・わたしは、報告したら後は大先輩方に任せておこうって思ってたから、別に…」

 少々言いにくそうだったエルセネに、ナァセはそう返した。

「…驚かないんだな。」

「伯父さんなら、そうする。」

 “事実”というより“信頼”から、ナァセは言い切った。

「そっか…」

 ナァセの瞳があまりに真っ直ぐだから、ちょっと躊躇した自分が何だか気恥ずかしく思えたエルセネは、

「で、お前はいつまで笑ってるんだ、アノン。」

話を変える意味でも、さっきからずっと枕に顔を(うず)めて肩を震わせているエレアノーラに注意を向けた。

「や・だって…犬のシッポ踏んで、追っかけられて、撒くために崖から飛び降りるとか…面白すぎでしょ…フヒッ」

 喋りながら想像して、また笑う。

「そーいえば聞きそびれてたけど、アレ、どーやったの?」

 思い出して、アーシェカが問う。

「飛び降り…の、着地?」

 訊かれるとすればソレだろうと、ナァセは一応確認した。アーシェカとエルセネは頷く。

「どうって…着地直前に、『風』で“ふわっ”と…」

 しばし、()

「…ん、ソレはなんとなく、そーじゃないかと思ってたけど…ソレだけ?」

「メチャクチャ単純そうに言うが、そんな簡単なコトでもないだろ?」

 アーシェカもエルセネも、イマイチ腑に落ちない。

「あ、一瞬『浮上』も併用した、かな。急がない時は『弱浮遊』で“低速降下”っていう手もあるけど。」

「『浮遊』の調整かぁ…それなら、できるかも。」

「『風』の噴射と『浮上』の併せ技か…やっぱり一筋縄ではいかないな…」

 アーシェカは後者、エルセネは前者に興味を示した。

「ぃや・そもそも、飛び降りる()()が要ると思うのヨ…」

 いつの間にか笑い終わっていたエレアノーラは根本を指摘するが、

「そうか?」

山育ちのエルセネには無縁なコトのようで、

「“低速降下”なら、別に…」

アーシェカも特に意に介さない様子。

「ボクの方がオカシイ?」

 そんなハズはないのだが、エレアノーラは何故か不安になる。

「最初から高い所でやる必要も無いよ。まずは、普通に飛び降りられる所から試してみればいい。」

 ナァセは助け舟を出したつもりだが、

「…“飛び降りの練習”は決定なわけ…?」

エレアノーラは乗り気にはなれないようだ。

「あ、()()といえば、アシェ、明日から30分早く起きられる?」

 何かを思い出したナァセは、アーシェカに訊く。

「…『30分早く』?明日から…ずっと?」

 とても信じ難い内容に、アーシェカは聞き返さずにはいられなかった。

「ん~たぶん、2~3ヶ月…かな?無理なら別に―」

「起きるよぅ…」

 半泣きながらも即答で、アーシェカは寝台に向かう。

「もう寝るん?」

 エレアノーラの問いに、

「早く起きる分、早く寝ぅ…」

布団をかぶりながら答えつつ、アーシェカは眠った。

「…どういう事だ?」

 エルセネは早起きする理由をナァセに問うが、

「あ、わたしも今日は疲れたし、早く寝たいから、それはまた今度。」

ナァセは微笑んでゴマカす。

「…了解。」

 エルセネは溜め息混じりに了承し、

「絶対ネ。」

エレアノーラは口を尖らせて念を押して、二人は退室した。

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