第1章 5:籠り人の一歩
タィマラ宮殿、夕食時、エレアノーラの部屋。
彼女の笑い声が、部屋の外まで飛び出す。
「『次男の会』て…あんた、語感好すぎ!」
「あんまり笑い事じゃないんだけどね。未遂だったとはいえ、なかなか“物騒な事”やろうとしてたワケだし。」
夕食を摂りながら、ナァセは昼間の出来事を話したようだ。
「ソレだって、てんでデタラメな〈魔法円〉だったんでしょ?見てみたかったな~そんなマヌケな現場…」
想像して、エレアノーラはまた笑いそうになる。
「ムリでしょ。アノン、洞窟ニガテだし。」
「…ヤメテ、想像シタクナイ…」
ナァセにその単語を言われただけで、今度は泣きそうな顔になる。
「…まぁでも、災難なのは市長さんだよねぇ…『辞める』なんてコトにならなきゃいいけど…」
話題を逸らすためにエレアノーラが今度はそちらに触れると、
「大丈夫みたいだよ。うちの両親が乗り込んで阻止した、ってアレシアさんが言ってたし。」
昼間ナァセと過ごせなかったことに拗ねたアーシェカも、ちゃっかり参加している。
「じゃぁ問題無いんじゃない?」
「そーね。」
ナァセもエレアノーラも、すぐに納得。
「…てゆか“アレシアさん”て、誰?」
突然出てきた知らない名前に、エレアノーラが疑問を投げる。
「コルカ、アィエンダーラ支部の所長さん。“大ケガ”が因で今は前線から離れてるみたいだけど、元はセァテンブロウ先生と同じ『超上級コルカーレ』だったって。」
両親の立場上、以前から面識のあるアーシェカが簡単に紹介した。
「あ、そーいえば、アレシアさんも―」
エレアノーラの顔を見ながらアーシェカが何かを言いかけるが、
「はい、アシェ。」
ナァセが彼女の好物のやや大きめ一口大を口に近付けたので、アーシェカは反射的にそれにかぶりついた。
「…ぇ・何?」
明らかに阻害感を覚えたエレアノーラは、ナァセの行動を訝る。
「ん?何が?」
態とらしくすっとぼけるナァセ。
「アシェ、今・何か言いかけたでしょ?」
あからさまなゴマカしに呆れながらも直球を返すが、
「ほは…ほっほあっへ(ちょっと待って)…」
ちょっと大きめな上にちょっと熱めなモノが口いっぱいなため、アーシェカはまともに喋れず(しかもなぜか幸せそう)、
「気になる?」
代わりにナァセが応える。
「…なるに決まってんじゃん。何なのさ…」
焦らされて苛立ちたいところだが、アーシェカの容相が可愛すぎて困るエレアノーラ。
「じゃ、会いに行けばいいよ。散歩がてら。」
微笑みを添えてナァセが提案すると、
「は?」
やや想定外の返しにエレアノーラはつい聞き返してしまうが、ナァセの意向を察したアーシェカは、
「会いん行へばいーお。」
口の中を残したまま真似た。
「~~~っ!」
アーシェカが反則的に可愛すぎて、エレアノーラはもはやツッコめない。
◇
翌朝。皆が学舎へ行った後、エレアノーラは服を着替えて部屋を出て、食堂の片付けをしている女中の一人に声を掛ける。
「クーシェさん、おはよ。」
「おやアノン、出かけるのかい。」
部屋着じゃない姿を見て察するクーシェ。
「昼食は?」
「何処かで食べるかもしれないから、いいや。」
それを聞いたクーシェは少し考えてから、
「…お金はあるのかい?」
そこを確認する。
「うん、大丈―」
答えながら財布を出して振ってみせるエレアノーラだが、
「―夫じゃないかも…」
「寂しい音だねぇ…」
音で大して入ってなさそうなのは分かったが、念のため開けて見てみたエレアノーラは、黙って苦笑いを浮かべる。
「…ったく。ほら、また色々手伝っておくれよ。」
溜め息をついてから、クーシェはエレアノーラに“前貸し”する。
「うん、アリガト。」
エレアノーラは両手で受け取るカタチでそのままクーシェの手を握って、感謝を述べた。
徒歩でややのんびり進むと、目的地に着く頃にはすっかり日が高い。
「CHORRKA」の看板を見上げながら、
⦅小遣い稼ぎ、考えた方がいいかな…⦆
なんて、エレアノーラは思ってみて、とりあえず中に入った。
初めて来るので、中の事など何も分からず、被っている頭布をそのままに、名前からして女性であろうことしか知らない「アレシア」を探す。
傍目には十分怪しいので、イェードが声を掛ける。
「何かご用かな?」
「―ぅあ、えと…」
声を掛けられてちょっと驚くエレアノーラは、
「ぁアレシアさん?て、いまスカ…?」
妙に緊張して、喋り方も変になってしまう。
「…所長に何の用かは知らないけど、まずは頭布を取りなよ。」
「…ぇ?あ…」
指摘されて、被ったままであるコトに気付いたエレアノーラは反射的に取ろうと手を掛けるが、すぐに躊躇いが生じ、手が止まる。
その時、変わった足音が執務室の中から聞こえてきて、扉を開けて出て来る。
「イェード、コーサ、ちょっと昼食に出てくる。」
出てきたアレシアは所員達にそう告げたところで、エレアノーラの存在に気付いた。
「…アレシア、さん?」
その容貌を見て確信したエレアノーラは、頭布を取った。
「…なるほど、お前が『アノン』か。」
彼女の容貌に、アレシアも思い当たる節がある模様。
二人とも、「燃える炎のような赤」の髪と瞳。
「ぇ…ボクのコト…?」
「アシェやエルセネから少し聞いてる。『暫く学舎を休んでる“困ったヤツ”がいる』ってな。」
少し意地悪そうにニヤリと笑うアレシア。
「~~~っアイツら…!」
余計なコトを話されて少々バツの悪いエレアノーラだった。
「スマンな。少々長居するかもしれんが、いつものトコに居るから、緊急なら呼んでくれ。」
アレシアは所員二人にそう告げると、
「行くぞ。」
エレアノーラの肩を抱くように、外へ連れ出した。
「…妹さん、か?」
二人の出て行った扉を見つめながらコーサが疑問を口に出すが、
「いやいや、完全に“初対面”の会話だっただろ。」
イェードがツッコむ。
喫茶店に入り注文を済ませて、仕切り直し。
「改めて、アレシア・アンシュラーグだ。今は、ここアィエンダーラでコルカの所長をやってるが、出身はロムル。王都から北へ向かって1つ目の宿場町の生まれだ。」
そこまで話して、次どうぞとエレアノーラに促す。
「あ・はい、ぇと…エレアノーラ・バレィノス、です。」
「“エレアノーラ”?ああ、なるほど。エルセネが先に“エル”になったから、お前は中を取って“アノン”てワケか。」
「や・ホント、全くその通りです。」
当時の記憶が甦り、エレアノーラは苦笑い。
「…にしても『バレィノス』とは…出身は、やはり“シキルゥ”か?」
「…やっぱり地元の人だと、すぐ分かっちゃいますね…」
それも当たりだったので、エレアノーラはちょっぴり驚く。
「…旅籠の娼婦ならまだ分かるが、そこにも手を出すとは…『あの男』、本当に見境なしだな。」
ある人物を暗に示して、アレシアは深く呆れる。
「…やっぱり、“そういう事”、なんでしょうか?」
“その点”に関して、エレアノーラは未だ確信を持ってはいない。
「あー…まぁ、『特徴』が両方とも揃ってて、出身地や時期的に考えても、他の可能性は無いに等しいな。残念だが。」
それを聞いたエレアノーラは、遠い目をして無気力に溜め息をつく。
「…確信はしてなかったようだな。親に聞かされてなかったとなると、何時、何処で“それ”を知った?学舎で誰かに指摘されたか?」
「ぃえ、ぇと…『出身地』と『家柄』に関しては、ミンファ先生に、最初の講義の後、個人的に確認されました。学舎の講義で『バレィノス』の名が出ることは無いから、知られたくなかったら特に話す必要はない、って…けど、それ以上の事は、特には…」
「ふむ…確かに民地講師なら知ってる可能性もあるが…実を言うと私自身、アィエンダーラではこの『特徴』に関して触れられたことは無い。まぁ、大陸西域の“噂話”が、こんな東の果てまで来ないだろうから、何ら不思議はないが…で?」
話の“核”がまだなので、アレシアは促した。
「ぁ・はい…ボクも、『特徴』に関しては“珍しいね”くらいにしか言われてなかったんですけど…去年の秋頃、岩山の図書室でたまたま“ある本”を見かけて…誰かの読みかけが机の上に置いてあって、読んでた人はその時何処かに行ってたのか見当たらなくて、普段ならボク、そんなの素通りするんですけど、そこに載ってた“肖像画”?が目についちゃって、ちょっと読んでみたら、その『家系』に関する記録みたいなもので…あー・もしかしたら、ボクもそうなのかな、って…」
思い出すだけでも、エレアノーラはまだ震えてしまう。
「…思い返せば、“父親”に当たる『その人』を母はまだ愛していて、だから『特徴』を受け継いだボクのコトも愛してくれてたけど、周りの人達は…物心ついた頃から既にボクのこと、はっきり嫌ってる人も何人かいたし、そうでなくても、なんとなく距離を置かれてた気はします。だから学舎でも、みんなに知られたら、もしかしたら、って思うと…怖くて…」
エレアノーラは、自らの震える身体を抱く。
「まぁ、無理もないな。《帝国》に滅ぼされた国は、数多。怨情を抱く者は星の数…学舎の教科書は中立だろうが、周辺諸国から来た者達が『あの一族』の非道を広めてしまったりもするから、この東の果てでも《帝国》に悪い印象を持つ者は多い…」
話している途中で、エレアノーラが泣きそうな顔で見つめていることに、アレシアは気付く。
「あ・いや、スマン。要するにだな、さっきも言ったように、それでも“この容姿”の所為で嫌な目に遭ったことは、アィエンダーラでは一度も無いから、そこまで気に病むことは無い、ってコトだ。」
「…そう、ですかねぇ…」
エレアノーラが抱いている不安は、そう簡単には拭えないようだ。
「少なくとも、アシェとエルセネ、それとおそらくナァセも、“それ”を知ったトコロで変わらないと思うぞ。」
それまで向かいに座っていたアレシアはエレアノーラの隣に座り、肩を軽く叩いた。
「…そう、かも…」
今一つ自信は無いが、エレアノーラも強くそれを望んでいる。
「そーいえば―」
照れクサいのか、エレアノーラは話題を変える。
「『大ケガで前線から離れてる』って聞きましたけど…そこまで大ぴらとは思いませんでした…」
やや遠慮気味ながらも、エレアノーラはアレシアの右脚を見る。膝下から、表面はそれなりに処理が施されているものの、特に意匠の無い棒が伸びている。所謂、義足だ。
「最初の頃は、隠すようにちゃんとした“脚”を着けてたんだがな…こんなだと分かった時の相手の、特に男の反応を見るのに疲れたんで、な。」
「…“男”の…?」
何故ソコが強調されたのか、エレアノーラはイマイチ解ってないようだが、そんな彼女の初心な様子に、アレシアはなんとなく納得した。
「あ・いや、忘れてくれ。とにかく、『隠していて、後で知られる』っていうのが面倒臭くなったから、普段から“わかりやすく”してるだけだ。ちゃんとした義足も、正装や乗馬用に持ってる。持ってるが、実戦向きではないからな。前線復帰できるような“特注品”を、今、職人に造ってもらってるところだ。」
それを聞いて、憧憬の眼差しで感嘆の息を漏らすエレアノーラ。
「スゴイですね…でも、そっか…だから『前線から退いた』じゃなくて『離れてる』なんですね。」
「戻れるさ、お前だって。その気になれば、な。」
さらりと言われて、エレアノーラはちょっと面喰らう。
「…うん、そう…ですね…また通うだけなら、何とかなるかも、って思えますけど…」
「“明かす”ことには、まだ抵抗がある、か?」
言い淀んだエレアノーラの言葉を、アレシアが言い当てる。
「別にいいんじゃないか?私だって、指摘されない限りは自ら話すことは無い。だから、アィエンダーラでは誰にも話したことは無いぞ。」
「え・そうなんですか?」
「私一人の問題だったら、気にせず明かしてると思うが、『知られたくない』と思ってる“身内”が何処にいるとも知れないからな。現に…」
アレシアはエレアノーラを指差す。
「ぁぁ…じゃぁボクも、誰にも喋らない方が…」
「いや、そうでもない。」
間髪入れず否定されて、エレアノーラは混乱する。
「ぇと…?」
「言った通り、私は気にしない。それに、今のところお前以外に“身内”をアィエンダーラで見かけたことは無いからな。明かさなければちゃんと前に進めないのであれば、少なくとも寮友には話してもいいんじゃないか、ってことだ。」
「…はい…たぶん、すぐにはムリだけど、いずれ…」
「ああ、それでいい。焦る必要も無い。」
アレシアは、エレアノーラの背中をポンと叩いた。
昼食を済ませて店を出て、そこで解散となった時、エレアノーラは
「あの…『姉さん』って、呼んでもいいですか?」
思い切って訊いてみるが、
「いや、それはやめとけ。」
一蹴された。
「デスヨネ…」
予想はしていたようで、そこまでヘコんでもいない。
「だが、会いたければ、いつでも来い。週後半は事務所にいることが多いし、予定が合えば、心曜の一日や半日、付き合える。」
「ぁ…はい!では、また…」
アレシアの後ろ姿を少し見送り、深く一礼してから、エレアノーラも帰途に就いた。
執務室に戻ったアレシアは、昨日の報告書を開き、エレアノーラの話を思い返す。
⦅ただの偶然…か?⦆
寮に戻ったエレアノーラは、クーシェに花を差し出す。
「昼食、ご馳走になっちゃったから、代わりに、いつものお礼。」
「あれま、バカ正直なコだねぇ。黙っときゃ分からないだろうに。」
「…買うんじゃなかった…」
クーシェの反応に口を尖らせて、エレアノーラは一旦花束を引っ込める。
「…私の寝室に飾るべき?それとも食堂辺りがいいかしら?」
軽く溜め息をついて、ほらよこしなと改めてクーシェは手を出す。
「お好きなように。」
軽く頭を下げながら、エレアノーラは両手で渡した。
「それと…今夜は、みんなと一緒に食べるから…」
その一言にクーシェは一瞬目を丸くするが、
「なら、早速“仕込み”から手伝っておくれ。」
そう言って厨へ向かおうとすると、
「へ?」
すっとぼけたようなエレアノーラの反応を耳にして、
「…買ってくれたのは嬉しいけど、誰のお金だい?」
花束を指差す。
「あ~…」
すっかり忘れていたようで、納得するエレアノーラ。
夕食の席で、翌週から“徐々に”学舎に復帰するつもりであることを、エレアノーラは皆に告げた。
ようやく、一区切り。
次回から「第2章」です。




