第1章 4:ネコ達の災難と市長の憂鬱
エリアネィの13日、風曜。
ナァセは、約束通り学舎を休んで、菓子職人・クーマ家を訪れていた。
昼食中、幽かに“笛の音”が聞こえ始め、猫が反応し、少しだけ遅れて娘のアデミラも気付いた。やはり他の者には聞こえていない様子。
「霊力の問題…かな?」
ナァセは疑問を口にしてみたが、それどころではないので考えるのは後回しにして、トーリティを止めようとするアデミラを制止した。
「必ず連れて帰るから。」
少女の目を真っ直ぐ見て約束し、ナァセはトーリティの後を追う。
⦅この匂い…⦆
追尾を始めてすぐに、“音だけじゃない”ことにナァセは気付き、ネコが音と匂いに導かれていることを確信して、先行して“発生源”を確かめる。
心霊聴覚を研ぎ澄ませると、よりはっきり聴こえる。そうやって特定した人物は大きめの頭布を被っているが、季節的にもおかしくはないので、一見して怪しくはない。
一旦近付いて通行人を装って後ろを横切り、匂いを確認した。
⦅やっぱり“マタタビ”…ベタね⦆
再び距離をとって追尾。表通りを歩いていたのが、裏通りへと入っていった。
⦅この先は…⦆
ナァセの思った通り、旧市街へと出る。“旧市街”とは控えめな表現で、実のところはかつての“貧民街”であり、今でもゴロツキ等の溜まり場となっている。だが、そこでも止まる気配はなく、まだ奥へと進み、その先の洞窟へと入っていった。
音が響き易いのでナァセはより慎重に足を運び、やがて広い場所に着く。
⦅学舎の大広間くらいはあるかな…?⦆
整った半球形ではないが、建物3階分ほどの高さと、壁沿いに歩けば1周するのに数分かかりそうな広さがある。その中央辺りには6本の篝火が、おそらく円を描くように立っている。その内側にいる2人の青年に笛吹きの青年が合流するのを、ナァセは確認した。
⦅3人組、か。さて…アレ⁉⦆
そろそろ猫が来る頃と思い、実際に少し遅れて彼女の前を通り過ぎるその猫は、別の猫。すぐに視界の端から別の猫も現れ、続いてトーリティも来る。
⦅ま、あの笛の音に気付ける霊感の持ち主は、1匹だけじゃないか⦆
一瞬戸惑ったものの、すぐに納得。結局、5匹来た。
ナァセはより近付くため、青年達の近くにある柱岩の陰に身を潜める。
⦅…魔法円?⦆
彼等の足元には、様々な記号や古代文字の描かれた“円”が見える。
⦅《悪魔》でも招喚する気なのか…⦆
とりあえず、青年達の会話に耳を傾ける。
「また増えたようだが、ちょうどいい。〈生け贄〉は多い方がいいだろうからな。」
中で待っていた内、身なりのより良い方の青年が冷ややかな笑みを浮かべる。
「アイツが勝手に旅に出たと聞いた時は、正直不安になったけど、別の誰かが依頼を受けて、ちゃんとコイツを飼い主に返してやったみたいで、ホッとした。おかげで、またこうして〈生け贄〉に使ってやれる。」
もう一人がトーリティを抱えながら、なかなかの重大発言。
⦅やっぱり“共犯”だったんだ…⦆
「ネコ探し」の前任者についても確認できた。
「さっさとやってしまえ。今度こそ成功させるには、5匹分全部、血を捧げるんだ。」
命令するだけの男は、袖で鼻を塞ぎながらも催促した。実行する男は承知を示しながらも、手を振るわせて躊躇を見せる。笛吹きは相変わらず笛を吹いているため、猫達もおとなしくしているようだ。
⦅失敗は明白だけど…トーリティの危機に変わりはない、か⦆
頃合とみて、ナァセは動く。
「ダメよ、そんなんじゃ。刃物の扱いがまるでなってない。」
何の前触れもなく、ナァセは岩陰から現れ青年達に近付く。少女の突然の出現に男等は驚き戸惑い訝るが、
「ちゃんと“呼びたい”のなら、正しい位置に、正確に無駄なく血を注がないと、効果は無い。」
ナァセは彼等が何かしら反応するより先に捲し立て、手を差し出す。
「キレイなお洋服、汚したくないでしょ?わたしがやってあげる。」
その行動に疑問を抱かせる余裕も与えずに、やりすぎない程度に優しく微笑んで申し出ると、事実あまりやりたくなかったし服を汚すのも嫌だったのか、男は素直にナァセに小刀を渡す。
⦅ハイ、おバカ⦆
心の中でツッコミを入れておいて、ナァセは小刀を受け取った。手に持った瞬間、軽く目眩がして、吐き気に近いものも覚える。
「は?お前、自分から言っておいて―」
そんなナァセの様子を男は訝るが、ナァセはすぐに気を取り直し、
「そのコも。」
トーリティも渡すように促した。よく分からないものの、とりあえず平気そうなので、男はまた素直に従った。そして、トーリティも受け取ったナァセは即座に小刀を投げて笛を壊す。
“音”が消えたことで、ネコ達は正気に戻った。
「ルッキア!」
ナァセに呼ばれて『光』の“精霊虫”が姿を現し、ナァセはトーリティを他の4匹の方へ軽く放る。
「そのコ達を出口まで、お願い。」
指示を受けたルッキアは、ネコ達の注意を惹くよう地面スレスレの低空飛行で出口の方へ向かい、光るモノ大好きなネコ達は見事に後を追って行った。
「何してくれてやがる!っつうかテメェ、何者だ⁉」
元々小刀とトーリティを持っていた男がキレて問うが、
「え・今更?」
ナァセはただ呆れる。
「まあ待て、問題無いだろ。」
主犯格の男は妙に落ち着いている。
「とりあえず“学舎の生徒”であることは分かる。マヌケにも学章を外し忘れているからな。」
ナァセの襟元を指差して、
「だが実際、“何者か”は関係無い。猫なんかより上等な〈生け贄〉になるし、口封じにもなるからな。」
意外に恐ろしいことを吐くが、ナァセは動じない。
「まぁわたしが“上等”かは別として、どのみち成功しないよ。“お目当てのモノ”を呼ぶには円が小さすぎるし、方位だってズレてる。『招喚術』はド素人が中途半端な知識で扱えるようなモノじゃない。それと、知られて困る素性でもないし、わたしは学舎の学徒として誇りを持ってる。中退したあなたと違って、ね。市長の次男・ゼフテル・デュマルカ。」
真っ直ぐに彼を見据えて、ナァセは言い放った。突然名を言われて、ゼフテルは思考回路を混線させる。
「それと、パン屋に音楽家一家…ナニコレ『次男の会』?」
今気付いたワケではなく元々知っていたナァセは“次男坊”達を小バカにするが、素性を知られていた衝撃で三人ともそれどころではない。
「心配しなくても、この場であなた達を裁く権限はわたしには無いから、ここで見た事をただコルカに報告するだけ。その後の事は、たぶん司法にでも委ねられるんじゃない?」
それで心配するなというのも無理があるが、それを聞いたゼフテルは、
「…やはり、コイツにはここで死んでもらった方がいい。オイ、小刀よこせ。」
再び危ないコトを吐くが、
「いや、小刀はそいつが…」
パン屋次男は指差しでナァセから笛へと小刀の行方を示した。
「素直に殺られてあげるワケないでしょ。」
篝火より少し明るい程度の小さな光を三人の中央辺りの宙に浮かせたナァセは、瞬時に移動して三人の背後からそれぞれの目の辺りに触れて回る。
「ぅおっっ暗っ⁉火を消しやがったな⁉」
「何も見えねぇ!ゼフ、早く、火っ!」
急に“真っ暗”になったことで慌てふためく三人。
「その状態で火は使わない方がいい。辺りが暗くなったんじゃなくてあなた達が“瞑く”なっただけだから。篝火もそのままだから、ヘタに動き回るのも良くないかもね。」
言われたところで、三人はちゃんと理解できていない。
「ったく、こんな物、何処で手に入れたんだか…」
先刻からゼフテルの足元に置いてあった「書物」を拾いながら、ナァセは溜め息をつく。すぐ近くに来たと分かってゼフテルは腕を振り回してみるが、ナァセはひらりと避けた。
「そのうち見えるようになるから、じっとしてなさいよ。迎えをよこしてあげるから。」
言い捨てて、ナァセはその場を去ろうとして、
「あ・ゴメン、1つ撤回。」
「お゙ごっっ⁉」
鈍い音と共に、ゼフテルの妙な悲鳴が洞窟内に響く。
「何だ⁉どうした⁉」
何も見えない不安で、パン屋次男が問うと、
「大丈夫。しばらく“役に立たない”と思うけど、子孫は残せるようになるから…たぶん。」
ナァセが、最後はボソッと、答えた。それを聞いたあとの二人は自衛本能を働かせて、両の手でソコを押さえる。
「グ…ソ、てめ゙、おぉぼえて・ろ゙…」
なんとか言葉を絞り出して強がってみせるゼフテルだが、
「勿論、憶えておいてあげる。次はこんなもんじゃ済まさないから。」
後半は彼の耳元で囁いて、今度こそナァセは去る。
最後の一言に、ゼフテルは言い知れぬ恐怖を覚えた。
洞窟を出た所でルッキアと合流したナァセは、労いの言葉を掛けつつ、周囲を見渡した。
「…ぁれ、あの子は?」
5匹中2匹がその辺で寛いでいるが、クーマ家のネコを含む3匹は見当たらない。
「…まぁ、お願いしたのは『出口まで』だもんねぇ…」
キミは悪くないよとルッキアを指先で撫でるナァセだが、ルッキアの方は何も解ってない様子。
「ま・でも、いつも通りなら…」
ナァセは思い当たる場所へ向かい、
「ホントにいるし…」
呆気なく発見。
「なんで、いつもココ?」
トーリティを抱き上げながら、周囲を見渡してみる。先刻、笛吹きを追って入った裏通りよりも少し山の手寄りの裏路地。
「…ぁ・れ…?」
前回は気付かなかったが、微かに覚えのある香りが漂っている。地理を把握しているナァセは頭に地図を浮かべて、現在地と周辺を再確認しながら、香りも辿る。
「あ~、なるほど…」
表通りに見えたのは、焼き菓子店「クーマ」。
先にトーリティをクーマ家に届けてから、ナァセはコルカへ報告に向かった。
◇
夕刻、コルカ執務室。
「ご苦労さん。それで?」
外出から戻った上級コルカーレのイェードに、所長のアレシアは早速報告を求めた。
「まず驚いたのは、彼等の“拘束方法”ですね。『動けなくしてある』とだけ聞いていたので、縄で縛るなりしてあるものと思っていたのですが、目に見えて“拘束”はされてなかったんですよ。“当て身”で失神させられた様子もなく意識はあって、ただ“その場から動けない”といった様子で…」
「“麻痺”…いや、“盲目”か…」
イェードが喋っている途中で、アレシアは可能性のある“方法”を口に出した。
「…ええ、精霊術『闇』の『盲目』でした。」
先に言われてしまったことの不満が、ちょっと顔に出てしまうイェード。
「あの齢で『闇』の中級を使うのか…ウォルナード側の血筋に由るところが大きいだろうが、使い方や判断力に“経験”を感じるな。」
「アィエンダーラに来る以前は『手伝わせていた』って言ってましたね。〈超上級〉の彼の“手伝い”なら、相当な経験でしょうね…おそらく『諜報』か、それに準ずる事もしていたのではないかと…」
「…あー…あの子の思い違いであってほしいと思ってたが…当たってたのか…」
何故か二人とも残念そうに顔が落ち込む。
「ええ。市長の次男・ゼフテルと、あとの二人も報告通り。地理・地形を把握しているだけなら別に不思議はないですが、要人の家族構成や交友関係までもとなると、『諜報員』の域ですよ。」
感心していいのか呆れていいのか分からないイェード。
「まぁ、あの次男坊の素行の悪さは今に始まった事でもないし、市長の人柄はあのご夫妻もご承知だから、少なくとも『市長の辞任』なんてコトにはならんだろう。一番の問題は、コイツ等だな…」
アレシアはナァセが持ち帰った書物を手に取り、イェードが持ってきた“壊れた笛”に目をやる。
「大陸西域の古代文字は読めませんが、明らかに〈魔導書〉の類いですね。ゼフテルは『大図書館で偶然手に入れた』って言ってましたが…」
「…確かに、あそこにはコレに類する物はある。が、コルカ所長でも特別な許可無しに閲覧はできないし、市長ですら、あの部屋に入るのに許可を求める必要がある。次男坊なんぞ、もっと手前で追い返されるのがオチだ。…まぁそもそも、コイツは大図書館の蔵書じゃない。」
アレシアは書物の裏表紙裏を開く。著者名等が記されているだけで、蔵書印らしきモノすら見当たらない。
「…となると、何者かが外部から持ち込んで“一般の棚”に置いて、それを偶々ゼフテルが見つけてしまった、と…」
「“偶然”か“必然”かは判断しかねるが、本気で《悪魔》を招喚させてやる気があったかどうか…」
アレシアは、ナァセが一緒に持ち帰った“別紙”を手に取った。2枚ある内、小さい1枚は「“笛”の場所」を記したものなので置いておき、大きい方を見る。
「“招喚方法”に関する翻訳は記されているが、大きさや方角といった細かい説明は無い。コイツは親切なんだか不親切なんだか…」
苦笑するアレシアに対し、イェードは少し顔を強張らせる。
「ですが、もし“そこ”を理解できる者が手にしていたら、或いは…」
「…まぁ、呼べてしまう、かもな…」
そこはアレシアも流石に笑えなかった。
「コレを放置せずに持ち帰った点も、善い判断だったな。ナァセ・ウェスタフェルト…元々贔屓するつもりもなかったが、こうして実績ができた以上、使用期間明けに“中級”も十分あり得るな。」
そう言って、アレシアはいつの間にかそこにいたウォルナードを一瞥した。
「お前がそうしたいのなら、すればいい。」
特に興味無さそうに返すウォルナード。イェードは突然の彼の出現にビックリした。
因みに、クーマ家の「家出ネコ捜索」の元々の担当者は、旅行から戻ってきて即刻「資格剝奪」を言い渡されたことは、言うに及ばず。
同じ頃。役所の市長執務室を、思いがけない人物が訪れる。
「パルェステリア校長⁉」
学園都市に於いて事実上の〈秩序の番人〉の来訪に、市長は驚きを隠せない。
「態々お越し頂かなくとも、お呼び頂ければ伺いますのに…」
執務机から立とうとする彼を、マァデラ・パルェステリアは制する。
「それで遅すぎることもありませんが、先手を打とうと思いまして。」
穏やかで優しい口調だが、彼女がここへ来たこと自体が“事”の重さを物語っている。
「貴方の『申し出』は却下させていただきます。」
「『申し出』…ですか?…いえ、最近特に何も申請した覚えは無いですし、今のところ予定も…」
無いよな?と自分でも不安になる市長。そこへ、扉を叩いた上で役員が突然入室してきた。来客中と気付いて出直そうとするが、
「構いませんよ。私も“その件”でお伺いしてますので。」
「ぁ・では、既に…」
「いいえ。私は先に私の要件をお伝えしただけなので、“その件”に関して、市長はまだ何もご存知ありません。」
貴方から報告を、と言わんばかりに、マァデラは手で促す。気を取り直し、しかしながらまだ言いにくそうに、役員は口を開く。
「ご子息・ゼフテルさんとご友人が、先ほど保安部に連行されて来まして、今、取り調べを―」
そこまで聞いて市長は深く溜め息をついた。
「あの馬鹿、今度は一体何を―」
言いかけて、マァデラを見て、より不安感を増した。それを察したマァデラは、微笑みを返す。
「ご安心下さい、未遂です。ただ、事が少々“只事”ではなかったので、事情を聴くだけでしょう。では、私の意向は伝えましたので。」
マァデラは会釈して退室の意を示すが、
「しかし!やはり、保安部の“厄介”になった以上、ここは―」
市長が決意を示しかけた所へ、またも急な来客があり、
「何だ、やはり先を越されたか。」
マァデラを見て、一番にそうこぼした。
「パルェステリア判事⁉」
妻に続く夫の来訪に、市長は甚だ狼狽する。
「それで?話は済んだのか?」
判事が校長に問う。
「ええ、私の意向はお伝えしました。」
「フム。デュマルカ君は納得していないようだが?」
「それは『親』としての責任感からでしょう。ですが、ご子息は既に成人…自身の行動には自身で責任をとるべき齢です。故に、“この件”によってマゥローが市長としての責務を放棄するなど、筋違いでしょう。」
「ウム、全くもってその通りだが、そういう言葉を添えずにただ『意向のみを伝える』というのは、君、“職権乱用”にもなりかねないと思うが…」
「そうでうね。でも、あなたが来ると分かっていたので、そういう事は“元担任”のあなたにお任せしようかと。」
「あの…お二方…」
夫婦の間だけで話が進んでいくので戸惑うマゥロー・デュマルカ市長だが、まだ続く。
「いや、確かに元担任ではあるが、今は『判事』として『市長』に見えて、“職務の放棄”を断固として阻止しようと―」
「それこそ“職権乱用”ではありませんか。」
二人とも特に声は荒げてはいないが、まるで夫婦喧嘩のようで、市長も役員も落ち着かない。
「ぬ…や・まぁ…そうか。フム、では“元担任”として言わせてもらうが、マゥロー」
気のせいか、判事たる元担任の言は、微妙に態とらしくも聞こえる。
「責任感が強いのは君の長所ではあるが、あまり強すぎると短所にもなってしまうよ。現在の君の『責任の所在』についてはマァデラが言った通りだ。事実、今この都市に、君以外に市長を任せられる者などいはしない。身内が少々過ちを犯したからといって簡単に“辞する”など、それこそ市民に対する〈裏切り〉と言っても過言ではない。」
表情を和らげ、判事は続ける。
「君の人柄も市長としての才も“折紙付き”であるし、市民ばかりでなく、この都市に関わるあらゆる方面からの信頼も厚いのだ。胸を張ってその席に居続けていい。では、失敬する。」
言うだけ言って、判事は退室する。改めて会釈して、校長も続いた。
しばし言葉を失っていたマゥローだが、
「ご夫婦揃って乗り込んでくること自体、十二分に“職権乱用”です、先生…」
苦笑を漏らした。




