第1章 3:寡黙なる獅子、悩める籠り人
今回でフレゥタリア生が全員揃います。
少々長めですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
昼休み。2階の食堂&憩いの間で、ナァセ、アーシェカ、エルセネ、そしてクーリオは、ノゥギアロ家特製弁当を囲む。
「相変わらず、昼間からよく食べるわね…」
近くに座る寮友・ルネッタが、その“量”に呆れる。
「…相変わらず小食なクセに…またデカくなってないか…?」
ルネッタの手もとと胸もとを見て、エルセネがこぼした。
「何だ、“エルフ”は野山の草でも食ってるのかと思ったが…詰まる所、ただの賤しい“田舎娘”か。」
通りかかったロドルフが悪態をつくと、
「“エルフ”って何だ?」
「《エルメーネの民》の事を西域ではそう呼ぶみたい。あと、《純血》じゃなくても、わたしみたいに耳の尖ってたら、たぶん。有名な“お話”に出てくる種族の名前らしいよ。」
食べながら訊いてきたクーリオに、ナァセも食べながら答えた。
「おいおい、ガキが紛れ込んでやがる…それとも、ありゃ“ドヴェルグ”か?」
今度はクーリオを見てドルーザが嘲る。が、
「気にしないでいい。タラポ族を知らないだけだから。」
相変わらず食を進めながらナァセが言うと、
「なぁんだ、何も知らねぇんだな。そりゃしょーがねーや。」
クーリオも邪気無くのほほんと宣う。自分達の悪態に一向に動じずに食べ続ける様も相まって、とうとうロドルフがキレて4人が囲む円卓を蹴り上げた。
「…西域の王侯貴族は食べ物を粗末にしがち、というのは本当なんだな…」
床に散らばった弁当を見つめながら、エルセネは溜め息をつく。
「お前等なら、食えるだろ?」
冷淡な笑みを浮かべて、ロドルフは言い放つ。と、
「うん、問題ない。」
アーシェカが霊術で円卓と弁当を元に戻し、『光明術・浄化』で弁当の汚れを取り除く。
「あぁ、そーいう使い方もあるんだ…」
『光闇』を学び始めたばかりのナァセをはじめ、いつの間にか注目していた周囲も感心する。
思った通りにならなかったロドルフは面白くないが、ウォルナードの姿が見えたので退散した。
「取り除いたその“汚れ”をぶつけてやるくらい、してもよかったんじゃないのか?」
ルネッタと同席しているノァルカッサがアーシェカに言うが、
「あんな“子供”と一緒にしないでほしーな…」
しまった、という顔を一瞬見せて、アーシェカは小さな塊の“それ”を暖炉に放った。
「済まない。」
ロドルフ達が食堂から出て行った間合いで、ルゥカミナが4人に謝罪した。
「貴女が謝る事じゃない。」
再び食べながら、ナァセが返す。
「それが、私の役目だ。」
言いながらルゥカミナはナァセの傍に寄り、
「少なくとも〈痛み〉を教えてやるのは、私の役目ではない。」
と囁いて、そのまま去る。ナァセは、そんなルゥカミナの背中をしばし見送った。
「流石、お目が敏いですね。」
後ろをついて歩くサムロスが、主人にだけ聞こえるように賛辞を述べる。
「やはり、お前も気付いたか。」
ルゥカミナも、従者にだけ向けて喋る。
「“目”より先に“気配”で。“殺気”とまでは言えないですが、アレはなかなか鋭利でしたね。」
「口数こそ少ないが、内に秘めたる測り知れない猛々しさ…言うなれば、『寡黙なる獅子』だな。」
他寮の寮長・副寮長たる主従に評価を改められているなど露ほども思わず、ナァセは仲間との昼食と談話を続ける。
◇
午後は四寮の初等から高等まで、ほぼ全生徒合同で、屋上の競技場での「体技」となる。
高等生は日によって“選択制”で、「座学」「精霊術」を受講する者もいる。また、初等1年生は、前半は「精霊術」で後半は「体技:体力基礎・護身」と、別になる。それ以外の大多数は“武器・武技別”となって、上級者が下級者を指導したり、時には異種合同で攻防を学んだりもする。因みに、闇曜のみ“寮別”となる。
毎年初日は、初等2年及び既に幾分の実力のある新入生の「武器・武技選択」の腕試しに、まずは全員で取り組む。
「オイ、レン。お前んトコのアイツ、結局また“振出し”なんだよな?」
“武闘派”フォルテスのファンガスが、面白半分にレンディーネに訊いた。
「ええ、残念ながら。」
変に絡まれてウンザリ気味に溜め息をつきつつ、気持ちを抑えてレンディーネは応えた。
「で、アイツは去年、結局いくつ“試した”んだ?」
フォルテス副寮長・ロークが乗っかるように問うと、面倒臭そうなレンディーネを察して、オストロクが代わりに答える。
「2つだ。前半は“短剣”で、ちょうど半年くらいで“細剣”に乗り換えてた。」
「その前に、初日の最初だけ“対の小刀”を試してる…何もしないうちに変更を申し出たがな。」
傍で聞いていたルゥカミナが割って入った。
「そうだっけ?よく憶えてるわね…」
レンディーネは憶えてないようだ。
「少し、様子が変だったのでな。」
特に大した事でもないようにルゥカミナは応えつつ、
「それより、休みの間に何とかしなかったのか?」
同じ寮長としてレンディーネに(責任を)問う。
「さぁ?特には…てゆーか、殆どはエルの実家で御厄介になってたみたいだけど?」
「…そこに関しては、何も。ほぼ毎日、“山林の散策”か“狩り”しかしてない…まぁ、狩りのために“弓”は教えたけど…」
話を振られてエルセネが応えると、
「それ、モノになったのか?」
興味本位にファンガスが問う。
「毎日、何かしら獲ってたよ。最大の獲物は牡鹿だった。」
エルセネの返答に、聞いていた皆が驚きを隠せない。
「じゃあ、今回は“弓”…か?」
そろそろ武器を選び終えた“アイツ”が出て来る方を見ながら、ノァルカッサは予測を口にした。が、
「“長柄”だったな。」
出て来たナァセが持っている物を見て、オストロクが意外そうに言う。
「…正確には“棒”だな。」
その両端に何も付いてないのを視認してサムロスが言い換え、傍らの主人の“得物”を見る。
「これはこれは…」
意味合いを判断しかねる微笑を浮かべて、ルゥカミナはその事実を受け止めた。
「それで、相手は…っっわ…」
腕試しの相手を見てレンディーネは悪い予感しかしない一方で、
「へぇ…面白いコトになりそうだな。」
ノァルカッサは暢気に構える。
「おいおい、まさか女と闘り合えってのか?」
自分の相手がナァセだと知ったロドルフは、あからさまに不機嫌になる。
「安心していい。あんたの刃なんて掠りもしないから。」
ナァセは無感情で無遠慮に言い放った。それを聞いて一層青ざめるレンディーネ。
「あのコはまたどぉして…てゆーか、先刻の今で、セァテンブロウ先生、ゼッタイ“わざと”だよぉ…」
「人聞きの悪い…“必然”だ。」
いつの間にか後ろに立っていたウォルナードが、静かに否定した。レンディーネが“石化”したのは言うまでもなく。
「あの二人以外は、初等1年から上がってきた幼子ばかり…その子等に、ロドルフの相手をさせろと?」
相変わらず静かだが僅かに強まったウォルナードの口調に、
「…ですよね…」
レンディーネは気圧された。
中央円武台に立つ二人。ナァセの“棒”に対し、ロドルフは“片手剣”。模擬戦用に造られた“安全武器”ではあるが、素材やおおよその形、強度などは本物と大差は無く、それなりに当たればそれなりに負傷する。
開始の合図と同時に、ロドルフが仕掛けた。ナァセは巧みに受け止め受け流し、或いは躱し、宣言通り、全く掠らせない。そんな調子がずっと続き、ロドルフの苛立ちと疲弊が増すばかりで、ナァセは顔色一つ変えない。
やがて、終了の合図。
審判をしていたセネゥスメデク先生は、まずロドルフに結果を伝える。
「“即戦力”とまではいかないが、それなりに実力はあるから、『第一武技』として認定していい。早速、『第二武技』を選んで来なさい。そっちの実力次第で、すぐに『体技』は中等に上がれる。」
それを聞いたロドルフは、形式的に頭だけ下げて、円武台を降りた。
「ナァセ。それなりに扱えるのは分かったが、やはり“攻撃”の積極性が感じられない。どうする?このまま“棒”で続けてみるか?それとも別の物にするか?」
「…ちゃんと学んだことは無いので、とりあえず“基礎”からやってみます。」
さらりと放たれたナァセの言葉に、周囲は騒然とする。
「冗談だろ…ちゃんと学んでなくて、あの動きか…」
ロークは半ば呆れた。
ナァセを迎え入れる棒術部門には、上級者のルゥカミナと師範としてのレヴがいる。
「よく来たな、ウェスタフェルト嬢。」
「基礎からみっちり扱いてやるゆえ、覚悟することじゃな。」
「…ヨロシクお願いします…」
ナァセは、馴染みのはずの知らない顔を見た気がした。
「さて、私の自己紹介は今更不要だな。」
そう言って、ルゥカミナは後ろに控えている男子生徒に前へ出るよう促す。
「まともに話すのは“初めまして”、だね。僕は―」
「センテアの、クラゥス・ペルトーガ…アシェと同期だね。」
自己紹介しかけた当人に先んじて、ナァセが述べた。
「…まさかとは思うが、全員把握してるのか?」
意表を突かれて呆然とするクラゥスに代わって、ルゥカミナが訊いてみると、ナァセは微笑み返して、少なくとも否定はしなかった。
ルゥカミナにクラゥスの指導を任せて、レヴがナァセに手解きする。
「“棒”の動きには一部“直線”もあるが、基本的には“旋回”。“直線的”な方が素早く動けそうではあるが、“回す”ことで殆どの動きが『防御』を兼ねる。」
説明しながら、レヴは実際に突いたり回したりして見せる。
「そして、『防御』としても先ず最初に習得すべきは『体前旋回』。」
今度は棒の中ほどを持ち、ほぼ手首の捻りのみで体の前で回転させる。
「回転を速めるほど“棒”が“円”となり、それが『盾』となり得る。」
手本を見せた上で、レヴは「やってみろ」と顔だけでナァセに促す。
最初こそたどたどしいが、すぐにナァセはそれなりに速く回してみせる。
「ふむ…セピュラ、よいか?」
レヴは隣で“弓”を教える教員に声を掛けた。
「へえ…これは…早速“あれ”ですか?」
ナァセが体前旋回をしている様を見ただけで彼女は何かを察したようで、
「エルセネ、お前、同じ寮だったな?」
呼ばれたエルセネも察して、
「はい、よろこんで。」
即、快諾した。イマイチ状況が飲み込めないナァセだが、
「ナァセ、あそこの“的”の正面から少しズレて立って、回し続けなさい。」
レヴに指示され、
「あ~…え・ホントに?」
“弓”の区域から不自然なまでに“棒”の区域にはみ出している的の存在に気付き、漸く察したが、それでも確認せずにはいられずルゥカミナを見ると、微笑んで肯定された。
「…まぁ、エルなら大丈夫か。」
「ああ、心配ない。」
寮友に信頼を示して、ナァセは的の前まで行き、回し始めた。
「へぇ、なかなか…ま・でも…」
棒の回転速度に感心を見せたエルセネだが、しっかり狙いを定め、ものの1~2秒で旋回の隙を潜って的の中心を射抜いた。
「流石…」
ど真ん中に刺さった矢を見てナァセが感嘆を漏らすが、
「面白いな。」
そんなナァセを見てセピュラが興味を示した。エルセネも少し驚きを見せている。
「そのまま回していろ。」
今度はセピュラ自らが弓矢を持つ。番えたかと思うと迷わず直ちに放ち、先にあったエルセネの矢を裂いて中心を射抜いた。
「早…」
流石にナァセも驚嘆するが、
「やはりか。」
「気のせいじゃなかったんですね…」
セピュラとエルセネは、またしてもナァセの方に感心を示した。
「流石は老師の愛孫。逸才ですね。」
「まあ、どちらかと言えば、あちらじゃな。」
セピュラの言葉を受けて、レヴはウォルナードの方に目をやる。納得を示したセピュラとエルセネは、“弓”の方へ戻った。
「…どういう事でしょう?何でセピュラ先生まで…?」
展開についていけてないクラゥスに、ルゥカミナは推量で述べる。
「多分だが、ナァセ、止められはしなかったが、視えていたようだ。」
「……僕、すぐに追い抜かれる自信があります…」
戻って来るナァセを見つめながらクラゥスはぼやき、
「精々、精進しろ。」
ルゥカミナはその肩をポンと叩いた。
終業時間となり、皆が解散する中、レヴがレンディーネを呼び止めた。
「結局、“あの子”は顔を見せなんだが…如何な様子じゃ?」
「ぁ・はい、えと…食事は毎日摂ってるみたいですし、時折外出もしてるようです…」
何故かバツが悪そうに答えるレンディーネ。ナァセやアーシェカ、エルセネからの視線が痛い。
「そろそろ、儂が出向いた方が良いかの?」
分かった上でか、少し意地悪気味に申し出るレヴに、
「まだ、時間は掛かるかもしれない。でも、任せて。」
ナァセが応えた。
◇
夜。岩山の北方にある、フレゥタリア寮・タィマラ宮殿。
西塔2階の、ある個人部屋。寝台で俯せになっていると、誰かが扉を軽く叩く。
「アノン、晩ご飯、置くよ。」
いつもの声。
少し待ってから寝台を出て気怠く歩き、扉を開け、食事の載った盆を取る。
閉めようとした時、何者かの足がそれを阻んだ。足の主は普通に微笑んで彼女を見つめている。
「…何してんの、ナァセ?」
扉を閉めようとするのに全力なため力んだような声のエレアノーラに対し、
「久しぶり。一応、元気そうだね。」
ナァセはさらりと軽く挨拶した。
「コレは一体何のマネかって訊いぃ…てゆか、あんた、どんだけ馬鹿力なのっっ⁉」
もはや“茹で蛸”になりそうなエレアノーラだが、
「人よりちょっと精霊術が器用なだけだよ。まぁ単純な“力比べ”でも、今のアノンには勝てると思うけど。」
『地岩術』で足を“不動の岩”の如く強固にしているナァセは、涼しい顔。
「…わざわざそんな厭味を言いに―」
言いかけて、二人の腹の虫が合唱する。
「ちょっと遅くなっちゃったし、たまには一緒に食べたいな、って思っただけだよ。」
そう言うナァセの左手には、確かに彼女の分の夕食がある。
「ちょっと遅くなったって…え、こんな時間…?」
姿勢はそのままに部屋の時計を確認すると、いつもの夕食の時間より1時間以上進んでいる。
「なんで?」
浮かんだ疑問をそのまま投げるが、ナァセの腹の虫が再び鳴く。
「その話は、食べながら。とりあえず、入っていい?」
いい加減この状況を終わらせろと目で訴えるナァセを、
「…ん。」
エレアノーラは漸く諦めて、扉を開けて迎え入れた。
「…入ったな。」
「うん、入った。」
「え・入ったの⁉」
離れた所から様子を窺っていたエルセネとアーシェカは、ナァセがエレアノーラの部屋に迎えられたことを確認し、傍らでそれを聞いたレンディーネは素直に驚いた。
「割とあっさり進展したわね。これなら、ちょっとずつとか言わず、3人一緒にイケたんじゃない?」
などとレンディーネはお気楽に言うが、
「毎日欠かさず声掛けたりご飯届けてたナァセだから、だよ。」
“誰かさんと違って”と言いたげなアーシェカ。
「アシェがべったりだから遠慮気味だったけど、アイツのお気に入りもナァセだからな。」
エルセネの言葉に、テレていいのか嫉妬していいのか、アーシェカは口を尖らせて軽くエルセネを睨んだ。
「あまりレンを責めるな。単に“寮長”というだけでなく、母国の事を気に掛けながら外交にも気を配っているんだ。」
庇ってくれたオストロクにレンディーネは熱い眼差しを向けるが、
「それでも寮生の事を誰よりも気に掛けるのが“寮長”の役割で、多忙な寮長を支えてやるのがアンタの務め。それに、『外』の事情を“持ち込まない”のが『学舎』の原則なハズだけど。」
本から目を離さずにルネッタが痛い所を突き、レンディーネもオストロクもぐうの音も出ない。
「ま、《自由》が売りのフレゥタリアで、“お姫様”にしてはよくやってるよ。クセが強いのとか、変り者とか、問題児とか、一筋縄ではまとめられないでしょ。」
ノァルカッサは爽やかに毒を吐き、「お前が言うコトか?」という複数の視線も全く気にしない。
「何でもいいじゃねーかよ。アノンがナァセを入れてくれて、一歩前進。嬉しい限りじゃねーか。」
のんき者のクーリオの言葉に、
「…そうね。」
しっかり乗っかって、ちゃっかり締めるレンディーネ。
一方、エレアノーラの部屋。
「…で?」
話を促されて、ナァセは食べながらも話し始める。
「昨日からアシェと一緒に『コルカ』始めてさ…」
「えっアンタ達も?頑張るねぇ…何やったの?」
「昨日は初日だったし、一緒に『家出ネコ探し』。」
「家出ネコ探し…」
そんなコトもやるの?と言いたげにオウム返し。ナァセも察して、
「うん、初級だし。」
「あぁ、うん…で?」
「ネコはすぐに見つけたんだけど、まだ何か“裏”がありそうだし、根本解決はこれから、ってトコ。」
「…なんか、いきなり大事になってる…」
「うん、まぁ保留案件だからとりあえず置いといて、今日はね…」
昨日の事はさらりと流し、一旦一口。
「軽いのしか残ってなかったし、早速アシェとは別々の依頼を受けたの。」
今日のナァセの仕事は「配達」だった。
珈琲豆や茶葉を製造・販売している店からの依頼で、喫茶店や料理店、中には個人も数軒、常連客や得意先には定期的に配達しているのだが、いつも配達に出ている店員が病欠のため代行を必要としていたのだ。
習慣的にアィエンダーラの地理や街並みを把握して既に“土地勘”のあるナァセにとっては、簡単な内容…のハズだった。店主に一覧表と地図を渡され「表の順に行けばいい」と言われたが、ナァセは一覧表と地図から“最短順路”を割り出して進んだ。
ところが、「次(この後)、○○行くでしょ?コレ、ついでに持ってって。」と“ついで”を頼まれることが数軒。客の方は“順番”を知っているようで、一覧表通りなら問題無かったのだが、ナァセは一部変更したため、その分“行ったり来たり”をするハメになった。
更に、荷物は減っていって最後は“空身”になるハズだが、いつもの店員への“見舞い”やら店主への“手土産”やらナァセへの“褒美”やらを持たされて、開始時とあまり代わらぬ荷量で店へ戻った。
「―て、アノン、笑いすぎ…」
ナァセが話し終わる前から、エレアノーラは既に笑い始めていた。
「ごめ…だってナァセ、何でも起用にそつなくこなす感じだから、そんなコトもあるんだなーって…」
言って、また笑う。
「そんなことないよ。今日だって…」
言いかけて、ナァセは口を噤む。目を逸らし一瞬間を置き、ゴマカすように羹を啜る。察したようで、エレアノーラも一口含んでから、
「そーいえば、エルの実家はどうだったの?」
話題を変えた。
玄関広間の時計が10時を告げる。
「あれ?そんな時間…」
鐘の音を聞いて部屋の時計を見たナァセは、時間を忘れていた様子。
「ゴメン、すっかり話し込んじゃったね。」
一応は申し訳なさそうなエレアノーラだが、
「いいよ、久しぶりなんだし。」
ナァセの微笑みが眩しい。
「じゃぁ…続きは、また明日・だね。」
ちょっぴり遠慮気味に確認してみるナァセに、
「アシタ…」
なんだか不思議な言葉のように、エレアノーラはその3文字を呟いた。
「…ダメ?」
ちょっと不安になったのか、少々弱気にナァセが訊いてみると、
「ダダダダダダダメジャナイヨ!ん、ゼヒッ、よろしゅうっ!」
何故かエレアノーラは慌てるように可笑しな返答をした。
「よかった…じゃぁ、また明日。おやすみ。」
笑顔に戻ったナァセは、エレアノーラの分の盆も持って、部屋を出る。
「ぉおぅ…ぅぉやすみぃ…」
顔を真っ赤にして心臓バックバクなエレアノーラは、
「…上目遣いはヤバイて…」
先刻とは別の意味で、ほくほくの“茹で蛸”になっている。
「で、どうだった?」
厨で珈琲を飲んで寛ぎながら、エルセネは戻って来たナァセに尋ねた。
「ちょっと不健康気味だけど、元気は元気。」
食器を流しに運びながら、ナァセは応えた。
「学舎には?顔出しそう?」
続いてレンディーネも尋ねるが、
「それはわたしの役目じゃないから。」
ナァセはバッサリ切り捨てる。
「…ソーヨネ…」
半泣きするレンディーネを慰めるオストロクを余所に、
「明日はあたしも一緒していい?」
“お出かけ”のようなノリでアーシェカが問うが、
「ん~…しばらくはまだ、わたし一人がいいかも。」
ちょっと申し訳なさそうにナァセは応え、アーシェカは不満げに口を尖らせた。
因みに、皆が飲んでいる珈琲は、ナァセの本日の戦利品。




