第3章 3:救出マル秘大作戦
大天幕の一室。
「アンタさ~“エルフ”は御法度だよ?」
やたら露出の多い服装で車椅子に座る若い女は、目の前の光景に呆れ返っている。
「はっ!知ったこっちゃねーや!こんな好機、めったに無ぇんだ!」
やたら鼻息の荒い小道化の目の前には、眠っているらしいアーシェカが横たわっている。
「団長も他の連中も片付けだ準備だで大忙しのこの時間、ここにゃ誰も来やしねーんだ。今を逃したら…」
「あのさ~、ただでさえ“商品”にキズつけたら半殺しにされるのに、まして“エルフ”なら、確実に殺されるよ?」
「バッ…バカ言うんじゃねーよ、オレだってまだ死にたかねーよ!ちょっと拝ませてもらうだけじゃねーか。」
「…あ・そ。どっちにしてもド変態じゃない、そんな小さい娘に…」
「は!勝手に言っ…て?」
一旦女の方を振り向いていた小道化が再度アーシェカの方を向くと、彼女の上にいつの間にか見知らぬネコが座っている。
「なんだ?コイツ、どっから入ってきやがったんだ?」
「え、カワイ~!」
各々に反応を見せるが、ネコはお構いなしに欠伸をした。
「邪魔だ、そこをどきやがれっっ痛っ!」
小道化は、追い払おうと出した手を引っ搔かれた。
「あっはは!ひょっとして、そのコを守ってるのかな?」
女はその様子を面白そうに笑うが、
「クッソ、ナメやがって!」
小道化は逆上して手近な棒を取り、振り回す。
「アンタ正気ぃ?その“虹”みたいな毛並、明らかに珍種なんだから、そのコも無傷で捕まえないと、団長にしばかれるよ?」
「ウルッセーなオマエはっ!!さっきから!何もしねーなら、せめて黙ってろ!!」
悉くネコにひらりと躱されてイライラが募る小道化は、
「…小っさ。」
「あ゙あ゙っ⁉今何言ったぁっ⁉」
女がぼそっと発したトドメの一言に、流石にブチ切れて怒鳴ってしまう。
「おい何だ?騒がしいな…」
聞きつけたようで、大道化が来てしまった。まるで時が止まったかのように動くことを忘れる小道化の向こうに、見馴れぬネコと、眠る美少女。
「お前なぁ、“エルフ”は御法度だろ。」
「あ、ソレもう言った。」
そのまま、車椅子の女はからかい混じりで状況を説明してやる。
⦅なるほど、とりあえず大丈夫そうだね⦆
暗がりに身を潜める“影”が1つあることにネコが気付いた。
⦅やっほ。そっち、行くね⦆
ナァセは手振りだけでそう伝えると、一旦影に消え、虹猫が守るアーシェカのすぐ傍の影に移った。
⦅アシェ、そこにいる?⦆
他の者には聞こえないようナァセは小声で尋ね、アルカーシェは頷いた。
⦅薬か何かで眠らされてるみたいだけど、うまく入れたみたいだね。すぐ傍に待機させてて正解だった⦆
ホントだよヤレヤレ、とアルカーシェは溜め息をつく。
⦅そのうちアレシアさんが来て、保護してもらうから。そうしたら、わたし“野暮用”でちょっと抜けるね⦆
⦅それって、あたしをここに置いてくの?⦆
⦅や、だからアレシアさんがー⦆
⦅置いてくの?⦆
真っ直ぐ円らな瞳でアルカーシェに責められ、観念したナァセは、
⦅…あのね⦆
何やら耳打ちすると、アーシェカ=アルカーシェは了承を示した。そうしている間にも道化達の口論は続いていて、やがてそこへ団長が現れた。
「おい、こんな所で何をしている?」
咄嗟に、小道化は特殊な布でアーシェカをアルカーシェごと覆った。すると、その姿が見えなくなる。
⦅⁉⦆
一瞬、姿が消えたようにも見えたが、
⦅…なるほど、“姿隠しの布”ってトコか⦆
間近で見ているナァセには、“その部分”越しに見る向こう側が微妙に歪に見える。
⦅アシェ、そのままじっとしてて。アレシアさんが来たら、頃合でわたしがいい具合に布をずらすから⦆
そうしてナァセは機を待つ。
道化達は常習的に作業を怠けているようで、慣れたように口から出任せで適当な言い訳を並べる。団長も、いつもの事として適当に聞き流し、作業に戻るようにだけ促して、去ろうとする。
「あ、団長!そこにいたんスね。」
そこへ、また別の団員が声を掛けた。団長がそちらを向くと、声の主より先に、赤毛の女傑の姿が目に飛び込む。
「何かわかんねーけど、調べさせてほしいって、急に…」
「所長殿、何事か?」
団員の遅い報告を受け、団長は直接本人に訊いた。何故か地面を見ながら歩いていたアレシアは、一旦団長の前で止まり、
「団長もご一緒とは、手間が省ける。少々“探しもの”でな。」
数歩進んで団長の横に立ち、部屋の中を見る。
突然の来訪者に目を丸くする大道化と車椅子の女、そして明らかに動揺を隠そうと必死な小道化。
「…説明してもらおうか。」
コルカ所長の視線が自分から僅かにズレたのを感じた小道化は、ちらっと振り返り、
「げ…」
“布”が捲れて少女の姿が半分見えてしまっていることに気付いた。
「お前達⁉これは一体―」
「それを、私が訊いている。」
事態を視認した団長が問い質そうとしたのをアレシアは制し、とりあえずアーシェカを保護した。
「ぃやっ違うんだ!コレは、アレだ…迷子だ、迷子を保護したんだ!」
明らかに狼狽しながら、一応は“あり得そうな”事を小道化は叩くが、
「では何故、こんな物で隠していた?」
すっかり被せられれば姿が見えなくなっていた“布”を、つまみながらアレシアは指摘した。
「てっテキトーな布団が無かっただけだょ…ソレしかなかったんだ。別に隠すつもりなんてねーよ。」
よく舌の回る小道化に、アレシアは半ば呆れる。
「私は“市民”からの通報を受けたんだ。『一緒にいた友人が、いなくなった』とな。そして、現場にあった“この都市では見たことのない奇妙な足跡”を辿って、ここに来た。その“友人”というのが、この子だ。」
「そ・そんなの知るかよ。その友達の勘違いじゃねーのか?その娘が勝手に離れて、ふらっと大天幕に来ただけじゃねーのかよ?オレだって外を出歩くこたぁあるし、たまたま足跡があったからって“拉致犯”扱いすんのかよ⁉」
「…なるほど、飽く迄白を切るか。最初から正直に認めていれば、いくらか処置を緩めたかもしれんのに、な。それとも、薬か何かで眠らせているから当人に証言はできない、とでも思い違いをしているのか?」
「…あ?」
「知らないかもしれんが、精霊術の上級者ともなれば“精霊力”の高い動物、所謂《精霊獣》などを相棒として連れることが多い。おそらく、お前達の知る《使い魔》のようなものだ。その性質や能力は個体によって多種多様だが、この子の場合、その1つとして“一時的に意識を入れる”ことができる。で、もう察しはついてると思うが、この子の相棒は、この猫だ。」
アレシアに抱えられたアーシェカの腹の上に座っているアルカーシェが、片前足を挙げる。
「…は?」
説明されたところで小道化は頭が追いついてない。
「つーかアシェ、いい加減、起きていいぞ。」
アレシアは一旦アルカーシェに声を掛けるが、困った顔を返される。
「…自力で解けないのか?そこまで強力なモノとなると、“違法薬物所持・使用”も考えられるか…」
小道化は目を逸らした。
アレシアは同行してきたイェードに《覚醒》を頼み、アーシェカは漸く目を覚ます。
「で、どうなんだ?」
「実行犯は、この人だけだよ。」
アレシアに訊かれ、アーシェカは小道化を指差した。
「女の人は元々この部屋にいたし、大きい方の道化さんは後から来てあたしの事を知った。ただ、二人とも一様に『エルフは御法度』って言ってたけど。あ・ちなみに団長さんも、アレシアさんのちょっと前に来たばかり。」
「なるほど。では差し当たり、その者だけ連行させてもらう。」
アレシアが小道化を指差すと、イェードと保安吏が確保に動く。
「待ちたまえ。この大天幕の中に於て、貴女方にその権限は無いはずだ。」
団長は制止しようとするが、
「“拉致事件”が起きたのは大天幕の外だ。それに、頭の切れる団長なら気付いてもいいはずだが…ここアィエンダーラにいる《エルメーネの民》…そちらの言う“純血の《エルフ》”は、人数が限られる。その中でも“子”のいる“夫妻”ともなれば、そうはいないだろうに…」
アレシアは正当性を主張した上に、大きすぎる“圧”を与えた。
「!…ご、“ご夫妻”…!!」
その言葉だけで、団長は青ざめる。
「アシェ、名乗って差し上げろ。」
「アーシェカ・パルェステリア、です。」
アーシェカは満面の笑みで応えた。
「!!」
大声を出さないためか、或いは“昼食との再会”を避けるためか、団長は強く口を押さえる。
「“手を出すな”と言うだけでなく、“理由”もちゃんと教えるべきだったな。この件では、とりあえずこの者だけ連れて行くが、いずれ“ご両親”の耳にも届くはず…ある程度の事は覚悟しておけ。」
言い捨てられたアレシアの言葉に対する団長の反応は、明らかに後者だった。
大天幕の外で、ルゥカミナやエレアノーラ達が待っていた。
「アぁシェぇ~!よかった、無事だったぁ!」
エレアノーラが涙目でアーシェカに抱きつく。
アーシェカと一緒に来たアレシアを見たルゥカミナと、学徒一行の顔ぶれを確認したアレシアは、
「ナァセは?」
同時に同じ問いを投げ、
「ん?」
「え?」
他の皆も同時に彼女の不在を知る。
「あれ?まだ戻ってない?」
中で会っていたアーシェカのその言葉に、
「なんだ、やはり来てたのか…で、何処へ行った?」
アレシアは問うが、
「さぁ?『ちょっと野暮用』って言ってただけだから…」
アーシェカは知らない。
「“野暮用”ってアイツ、囚われの親友を置き去りにして、何の用だというのだ?」
ちょっと問題児なトコロもあるナァセの行動を、アレシアは訝る。
「“野暮用”なんですから、訊くのも野暮ってモンですよ。それに、アレシアさんが来るまでは、傍にいましたよ。」
「いや、だからってな、お前―」
普通に反論しかけて、アレシアは一旦止まり、
「お前…」
いつの間にかそこにいるナァセに、先ずは呆れる。
「で、お前は最初から目星を付けていたようだが、いつから疑っていた?」
「客として観てた時から。アイツ、アシェに気付いてからずっと、狙ったような目で見てましたから。それに、機敏に動けるように底に鋲でも付けたような、あの靴も。」
「で、“人攫い”をホントにやってるとしたら滞在中に動くだろうし、なんなら今日やる可能性だって無くもないってコトで、警戒するようにあたしには教えてくれてたの。」
途中からアーシェカも説明した。
「で、攫われたフリをして事件を発覚させて、我々を動かした、と…初級コルカーレのやっていいことではないな。」
呆れ気味のアレシアの言に対し、
「はい。なので、中級への昇級、謹んでお受けします。でも、1つだけ…この件に関して、わたしは“通報者”としてのみ、記録しておいて下さい。」
ナァセはとんでもないコトを申し出た。
「いや無茶を言うな。実行犯の特定も、足跡に気付いたのも、お前の功績だ。それ無しで中級に上がるのは、無理がある。」
「…だいぶ前の件で一度昇級の話があったのは、無効ですか?」
「…あぁ…」
ナァセに言われて、アレシアは思い出した。
「だが、いいのか?今のところは“実行犯1人の逮捕”だけだが、これが奴等の“拉致・密猟”の歯止めにも繋がれば、国際的にもかなりの大手柄だ。“上級”昇級も、その分近くなるはずだが…」
「それはなかなか魅力的な話ですが…でも今は、わたしはこの件に深く関わっていない方が、色々と都合がいいので。」
「…お前、何をしてきた?」
妙に引っ掛かる言い方をするので、改めて問うが、
「野暮用です。」
ナァセは清々しいまでに応えない。
「…まぁいい。中級昇級の件は了承した。代行章は用意しておくから、いつでも取りに来い。」
そしてアレシアは職務に戻った。
「さて、どうするんだい?色々あったおかげで、もう日暮も近いけど。」
何故かカルァシオンが仕切る。
「そうだね…アシェ、特に疲れただろうし。」
「んー、眠ぅぃ…」
ナァセに凭れかかるアーシェカは、既に瞼を重く感じている。
「私の方も、早急に対処したい案件ができたのでな。」
「あぁ、そういえば…」
ルゥカミナに言われ、ナァセは思い出す。
「内輪の事だろうけど、何かあったら遠慮なく言って。いつでも力になるから。」
「ああ、そうする。」
実際に直接関わりを持ったナァセの申し出を、ルゥカミナは素直に受け入れ、別れを告げ歩き出す。
サムロスはナァセを一瞥し、
「恩に着る。」
一言だけ述べてから主人に続いた。その様子を不思議そうに見ていた双子も、すぐに後を追った。
暫くルィベランカ組を見送ってから、
「アシェ、ありがと。」
ナァセはアーシェカを起こす。
「え゙、狸寝入だったの?」
エレアノーラが呆れるほどに、アーシェカはあっさり目を開いた。
「眠らされてたトコロを《覚醒》で起こされたばかりだから、すっかり冴えちゃって。」
「そうまでして何を“隠してる”のか、あたしらには教えてくれるんだろうな?」
「うん、こっち。」
エルセネに催促され、ナァセは早速歩き出す。
中央公園を北から出て、北公園の東側を少しだけ北上し、
「よかった、間に合った。」
ナァセは1軒の店を確認した。
「テァ・エ・ビッレ?まだ『準備中』じゃん。」
喫茶店兼酒場の入口の表示を見てエレアノーラが指摘するが、
「だから、だよ。裏から入るよ。」
ナァセは一旦通り過ぎて、裏へ回った。
勝手口を敲き、開けながら声を掛けつつ、返事を待たずにナァセは入る。
「ラゲルさん、ルハナさん、お待たせ。ありがとうございます…て、ちょっと多くないですか?」
先ずは中の店主達に礼を述べ、厨房で兄妹らしき2人の子供が与えられていた食事の量に、ナァセは思わずツッコんでしまった。
「あはは…ゴメン、つい・ね。」
「おぅ、代金の事なら気にすんな!オマケだ!」
喫茶店主ルハナが一応の謝罪を述べる一方、店の方から顔だけ見せた酒場店主ラゲルは太っ腹に言い放った。
「…なんか、こざっぱりしたようだが…」
「…うん、男の子の方はスッゴク見覚えがあるョ…」
そこにいる少年に、エルセネもエレアノーラも思い当たるようだ。
「詳しい話は後で。アノン、北公園の外れまで馬車を手配してくれる?」
「…ボクが?」
ナァセの頼みだが、エレアノーラは躊躇を見せる。
「もう大丈夫だろうけど、“今日の今日”でアシェを一人にできないし、エルには念のため“上”から視ててほしいし、わたしは責任持ってこの子達を連れて行きたいから。」
実に正当な理由を並べられ、
「ぅ…ガンバル…」
エレアノーラは抵抗を諦め、遣いに出た。
「…一緒にいると忘れがちになるが、アイツ、相変わらず“人見知り”なんだな…」
当人の出て行った勝手口を、エルセネは呆れながら見つめる。
「じゃぁ、わたし達も。行くよ。」
ナァセは兄妹に両手を差し出して促し、二人は歩み寄るが、
「待った。」
ナァセは一旦二人を止め、
「おいしいもの、食べさせてもらったんでしょ?そういう時、どうする?」
きれいに平らげられたお皿を指して、大切な事を促す。
「ぁ…ありがと…」
少々ぎこちないながらも、二人は礼を述べた。
「うん、また、いつでもおいで。」
ルハナはしゃがみ、笑顔で返す。
「次は、ちゃんと営業中に来させます。」
ナァセも改めて頭を下げ、勝手口を出た。
裏通りを北上して北公園の外れ辺りで表に出ると、ちょうど馬車が来た。全員乗り込み、発車するなり、
「で、どうやったんだ?」
エルセネが本題を切り出した。
◇
少し前。
アーシェカがアレシアに保護されたのを確認したナァセは、予めルッキアに見つけさせていた“目的地”へ向かった。
「おじゃましまぁす。」
「⁉」
音も無くいつの間にか檻の外に立つナァセに、小声とはいえ急に声を掛けられた少年は、当然ながらびっくりする。
「他の人に来てほしくなかったら、静かにしててね。」
口を開きそうになった少年より先に、ナァセが注意した。
「まず訊くけど、ここにいるのは、君の…君達の意思で?」
少年の向こう側に彼より少し小さな女の子がいることを、ナァセは視認した。
「…“イシ”…?」
「…自分達で来たくて来たの?それとも、誰かに無理矢理連れてこられた?」
「…最初に妹がつかまったんだ…それを助けようとして、オレも…」
当時を思い出してか、悔しそうな表情を少年は見せる。
「じゃぁ、ここから出たい?」
「…そりゃ、出たいけど…」
鎖の繋がる手足の枷を見せつつ、自身は檻を一瞥した。
「じゃ、まずはそっちに行くね。」
「…?」
唐突に何を言い出すのか、彼は意味を理解しかねる。
「驚かないように先に説明しておくけど、わたしは陰影から陰影に“飛べる”の。この部屋にもそうやって来たから、誰にも見つからなかったんだよ。」
「⁇」
説明されたところで、増々解らない様子。
「改めて言うけど、声・出さないでね。」
言うや否や姿を消したナァセは、次の瞬間、檻の中に姿を現わす。
「―っ⁉」
少女が叫びそうになるが、少年が咄嗟に口を押さえた。
「ぁはは、やっぱりビックリしちゃうか…ゴメンね。」
ナァセが謝ると、少女はキョトンとする。
「わたしは、ナァセ。君は?」
「…オレは、ファーツ。妹は、ミーツィ…」
「ファーツとミーツィね、よろしく。さて、問題は…」
ナァセはファーツの足枷を調べる。
「…特に《魔法》の類いは無さそうだね。錠も単純だし、これなら…」
服の裏地から楊枝程度のモノを出したナァセは、その先端を枷の鍵穴に差し込み、簡単に枷を外してみせた。
「―ぇ…」
「感心するのは、後で。」
二人の枷を全て外したナァセは、それらを再び施錠する。
「…なんで、わざわざ…?」
ファーツは当然疑問に思うが、ナァセは一旦説明を拒んだ。
「わたしにちゃんと触れていれば二人も一緒に行けるから、手は絶対に離さないでね。」
そう注意して、ナァセは二人と手を繋ぐ。
「当然、安全な場所に着くまで、声も出しちゃダメだよ。」
念を押してから、その場を去った。
「おじゃましまーす。」
テァ・エ・ビッレの勝手口から、ナァセは兄妹を連れて入った。
「あら、ナァちゃん…その子達は?」
馴染みの顔が知らない顔を連れていることに、ルハナはすぐ気付く。
「ごめんなさい、ラゲルさん、ルハナさん。事情はいつか話すから、何も訊かずに、この子達に軽く何か食べさせてあげてもらえませんか?」
「…まぁ、それは構わんが…」
ラゲルは下拵えの手を止めずに兄妹を見る。
「衛生面は考慮してもらわにゃ、困るな。」
「…ですよね。」
酒場店主の言わんとしている事は、ナァセにもすぐに解った。
「水と花、ちょっと借ります。」
そして兄妹はキレイになった。
◇
「…なるほど、それが、ルネッタの言ってた『影飛び』か。」
話を聞いたエルセネは、先ずそこを気にする。
「あぁ、そういえば…」
アーシェカも思い出した。
「結局知っちゃったけど、たぶん問題無いよ。かなり高度且つ特殊な術で、少なくとも“岩山”で教わるようなモノじゃないから、そう簡単に対処もできないでしょ。」
「まぁたぶんそうだけど、一応、他言無用で、ね。」
ナァセは口の前で人差し指を立てる。
「…にしても、ナァセって割と色んなトコで顔が利くよね。」
エレアノーラはその点に感心していた。
「一時的とはいえ、この子達を匿ってくれる人があんな近くにいるなんて、そう無いと思うけど…」
「そりゃ、コルカで色んなトコで色んな手伝いとかしてるから、ね。あそこも、先々月くらいにラゲルさんが腰を痛めちゃって、しばらく店の手伝いとかしてたから、ていうのもあるけど…似たような境遇にいたことがあって、アィエンダーラに流れ着いたらしいから、あのお二人…事情はまだ話してないけど、なんとなく察したんだと思う。」
「…そんな二人があそこで店を構えたのは偶然かもしれんが、お前はそれを、どうやって知ったんだ?」
一応ナァセの“過去”を知るエルセネは、念のため訊いてみる。
「あぁ、ラゲルさんて基本は“笑い上戸”なんだけど、お酒が進むとたまに“泣き上戸”になって、その辺の話とかすることもあるの。だから、常連さん達はたぶん、みんな知ってるよ。」
「あぁ…」
ちょっと想定外だったが、エルセネは納得した。
「“ジョーゴ”ってなぁに?」
ナァセの膝上に座るミーツィが、上体を振り向かせて問う。
「“お酒に強い”ってコト。キミにはまだ早い。」
少女の頭を撫でながら、ナァセは応えた。
「っっ可愛ぃ…!」
「アノン、危険な反応しないの。ファーツが怖がってる。」
「ぃやぃや、キケンだなんて…ん?“ファーツ”…?」
ちょっと垂れたヨダレを拭いながら、エレアノーラは初めて聞く名に反応し、兄妹を見比べ、明らかに“異常者”を見る目を自分に向ける少年を指差し、
「ファーツ?」
確認した。
「そういえば、紹介がまだだったね。」
ナァセが兄妹を紹介し、学徒組も各々が自己紹介をした。
そうしているうちに、
「…なんでこっち?」
レヴ宅前に停車したので、エレアノーラが訝る。
「その辺も含めて、色々話すから。みんなも呼んである。」
ナァセは兄妹と手を繋いで中へ向かった。




