第3章 2:檻の中の少年獅子
一行が向かったのは、岩山の西にある十字公園。
大陸を一周するように巡業する旅の曲芸団『アヴァナッド』が約10年ぶりに訪れており、それに便乗して行商や街商、香具師など種々雑多な商いが都市内外から公園に集まっている。
「そーいえば、ナァセの“話”にもちらっと出てきたよね、“旅の芸団”みたいなの。『王の生誕祭』の時だっけ?」
思い出したように、エレアノーラが話を切り出した。
「あー…うん、“そういうの”が来てた、ってだけで、ちゃんとは知らない。ずっと宮中にいたし、視えてない体だったし。でも、大陸全域を巡る芸団なんてそういないだろうし、5年前にモルトーヴェルってことは、時期的にはあり得るかも。」
「5年前の『モルトーヴェル』?随分と興味深い話だな。」
“歴史”を含む座学修了間近のルゥカミナが関心を示すが、
「あ・ゴメン、『いずれ話す』っていう事の一部だし、その時に、ね。」
ナァセは即座に“話題終了”を告げた。
「いや、確かに今のは今ので非常に興味深いが、君達、この状況を前にして一切触れないというのは、どうかしてる。」
「オマエ、それ、立派な“奇術”だよ…」
双子はナァセの“奇行”に目が離せずにいる。
「前回は事故発生で失敗しちゃったけど、2度目だから平気だよ、5段くらい。」
平然と“5段氷菓”を食べ歩くナァセ。東公園は「食」や「芸術」が集まっているので、見て回るのは後にして、一行は中央公園へ向かう。
「ぅっわースッゴイ巨大天幕…こんなの、どうやって運んでんだろ?」
東公園から既に見えていたが、近くまで来るとその大きさは驚異的で、思った事をそのまま口にしてしまうエレアノーラの発言に、またも皆が呆れ返る。
「アノン、さすがにコレをこのまま運んでるワケないよ。」
「2週間くらい前にコレの土台を組み立ててるところを通りかかって見かけたの、忘れたか?」
「ふぇ…?…ぁー…そーゆぅコト?」
ナァセとエルセネに指摘され、合点がいったようだ。
「さっさと入るぞ。目当ては天幕じゃなくて、その中だ。」
ルゥカミナに促され、一行は入口へ向かう。
「うぅわ…そりゃ安くはないよねぇ…」
「ルゥカ、ホントにいいの?8人分て、なかなかだよ?」
入場料を見てエレアノーラやナァセは申し訳なくなるが、
「構わん、誘ったのは私だからな。その代わり、多少童心に帰るのもいいが、“社会見学”のつもりで観てくれ。」
ルゥカミナは全員分を支払った。
「さっすが、フェゥランカの姫君は“器”が違うねー。」
「わざわざこっち見て言うのは、皮肉のつもりか?」
エレアノーラの態とらしい視線がクルシァの癇に障るが、
「王族であれ学徒であれ、先輩を立てるのは社交的常識だ。何ら恥じることはないよ。」
カルァシオンは涼しい顔で受け流す。
「少しは恥じやがれ。」
クルシァは今度はカルァシオンを睨む。
⦅忙しいコだな…⦆
ナァセは心の内で呟いた。
巨大天幕は、地上部が岩山の競技場より気持ち小さめ程度の半球形で、天辺は4~5階建てほどにはなる。
地上部では、大小2人の道化が、鎖に繋がれた猛獣を相手に、紙一重で危険にも見える滑稽演技で観客を沸かせ、3~4階ほどの高い所に張られた綱の上でも曲芸が披露されている。
「なかなかスゴイ事やってるとは思うんだけど、ねぇ…」
「まぁ、身近に身体能力の高すぎる人間が多すぎるからな。」
エレアノーラとエルセネばかりでなく、学舎組は皆一様に感動が薄い。
「あの小さい方の道化、初めは子供かと思ったけど、顔の骨格は大人に見える…タラポかとも思ったけど、ちょっと違うし…」
綱上芸よりも、アーシェカはそちらの方が気になる。
「あれは“ピュゴミゥ”じゃないかな。」
カルァシオンの口から、耳慣れない言葉が出た。
「“矮身症”といって、四肢が短いまま年齢を重ねる、一種の身体障害だよ。」
「貴方の故郷では、そうかもしれない。でも、タラポ族が身近で、そもそも彼等が“先住の民”であるこの地で、それは“障害”じゃない。」
小さな道化から目を離さず、ナァセはカルァシオンの言に異を立てた。
「それに、その考え方が命取りにもなり得る。四肢が短いからといって、身体能力が低いとは限らないから。」
「あ、ぃや…むぅ…」
カルァシオンが何も言い返せないでいると、
「あ、それは分かる。アンタらんトコのクーリオ、最初の2ヶ月くらいはてんでダメだったけど、今じゃ、少しずつだけど上達してるからな。」
体技の“投擲”で彼と一緒なクルシァが、何故か得意気に話した。
暫くして、地上部から綱上まで、全ての芸師演者が場外へ去り、しばし暗転した後、場内中央には大きな布を被された箱のような物が置かれた。
「さあ、ご来場の皆様お待ち兼ね!今回の大目玉だ!!」
司会者が箱の上で大仰に口上を述べると、布が四方へ引き抜かれる。転びそうになったのを何とか堪え、「合図を待たないか」と布を引いた道化達を叱ってみせた。
態とらしい演出に客席から笑いも起きるが、顕になった金属製の檻の中を見て、動揺が広がる。非難の声も上がった。
「やーや、ご婦人方、おっしゃりたい事も分かりますが、私どもも“只の哀れな少年”なら鎖に繋ぎ檻に閉じ込めたりなどしません。『魔女の呪い』か《悪魔》と直接〈契約〉を交わしたか…この者の悍ましき“真の姿”を、篤とご覧あれ…」
司会者は仰々しく深々とお辞儀をする。
…が、何も起きない。弥次の声で司会者も事態に気付いた。
「いやはや、“初舞台”で緊張しているようで…少々、活を入れてやる必要がありますな。」
困ったような顔をしてみせてから、司会者は檻の中に入り、少年に何やら囁く。すると、観念したように少年は強く目を閉じ、姿を変えた。
驚嘆や悲鳴が入り交じり、場内は騒然となる。
「マジか…」
口から出た言葉こそ軽いが、エレアノーラも甚だ度肝を抜かれた様子。
「マジ、みたいだな。まだ子供だが、明らかに“獅子”だ。」
とても信じ難いというエレアノーラの気持ちを汲んで、エルセネは事実をはっきりと述べてやる。
「冗談にも程があるが、しかし、『魔女の呪い』などと…」
カルァシオンも、未だ頭の中の整理がつかないようだ。
「まぁ、『悪魔との契約』にしても“全否定”はできないけど―」
「否定しよーよ、一応。」
落ち着いているナァセの発言に、エレアノーラは控えめに物申した。
「可能性として高いのは、《人獣族》。」
「…“人獣”?《獣人族》ではなく?」
耳馴れない言葉に、カルァシオンは知っている言葉で確認する。
「カリァスタ教『十二神将』の前身、古代ロムルの神話に度々出てくる“半人半獣”の神々や妖精が、《獣人》。その姿で生まれて、成長過程で多少の変化はあるけど、変身はしない。それに対して《人獣》は、実際のところどっちが“本来の姿”かは分からないけど、“ヒト”にも“ケモノ”にも姿を変えられる種族…と、かつて『南の大陸』を旅したという人物の記録書にはある。」
「やはり、お前も読んでいたか。」
ナァセの話は、ルゥカミナには想定内のようだ。
「前にも後にも、『南の大陸』を旅した者、或いは足を踏み入れて戻った者など無いから、長らく信憑性に欠けていたが、タラポ族やグィボネ族も登場するあたり、『全て真実』である可能性も、今や十分にある…が、問題はそんな事じゃない。」
ルゥカミナは檻の仔獅子から目を離さずにいる。
「あの子が《人獣族》であるとしたら、本来セルゥマノスには居ないはずの者が、そこに居る。それが“何”を意味するのか…」
「言いたい事は解るが、余計な事は考えるな。」
突然、後ろからそんな声が飛んできた。
「アレシアさん⁉」
「声デカイ。」
つい驚喜の声を上げてしまったエレアノーラの頭を、エルセネは軽く叩いて小声で注意し、アレシアも自身の口許で人差し指を立てる。エレアノーラは控えめに謝罪を述べた。
「本当は入口で見かけてたんだが、大国の姫君が“社会見学”などと言ってたのでな。ちょっと様子を窺わせてもらった。」
「…それで?“余計な事”とは?」
ルゥカミナは前言の続きを促す。
「『密猟』とでも思っているのだろうし、私もそれが“濃厚”だと思ってる…が、確証は無いし、他の可能性も無視はできん。それに、この大天幕の中は彼等の《領域》。彼等の所有するモノ、彼等が行う事に関して、我々は基本的に手出しも口出しも出来んのだ。」
「その割に、しっかり保安部と協力してここを監視しているようだな。」
ルゥカミナは皮肉を言うが、
「ここで行われている事の大半が、一歩間違えれば大惨事になりかねないものばかりで、そうなれば市民が危険に晒される可能性もある。そういう時に早急に対処できるよう近くで待機するのは、当然だ。」
アレシアは難無く返した。
「話をちょっと戻しますけど―」
ただの野獣では成しえぬ曲芸を見せる“少年獅子”を見ながら、ナァセが口を挟んだ。
「アレシアさんが“濃厚”だと思う理由は、何ですか?ひょっとして、曲芸団が来た時期だけ、失踪者の数が異常に多い、とか…」
「ホント、お前は“鼻”が利きすぎる…」
ナァセの勘の良さに、アレシアはもはや呆れる。
「それについては、先に言った通りだ…が、“数が多い”のも事実。そして、毎回必ずタラポの子供が1人2人含まれているのも、事実だ。」
「旅や冒険に出たいなんて思う“変わり者”も極稀にいるけど、家族に黙って出て行くなんてことは絶対にしない…それがタラポ族だもんね。」
同じ地元民であるアーシェカは、彼等の事をよく知っている。
「まぁ何にしても、『この大天幕の中では我々の法も常識も通用しない』というのも事実だ。重ねて言う、余計な事は考えるな。」
ちょうど全演目が終了したようなので、アレシアも話を切り上げて仕事に戻り、学舎組も外へ出た。
中央公園内にある公衆手水に行っていたナァセとアーシェカが、皆と合流した。
「サム、気付いてる?」
ナァセはルゥカミナの隣に立ち彼女の背に手を回し、彼女の目を見ながら、サムロスに問い掛けた。
「ああ、東公園からずっとだな。あれで尾行てるつもりか…」
「見覚えは?」
「いや、遠目ではな…」
「じゃぁ“双星”の可能性もあり、か。」
「どういう事だ?」
名前が出たのに事情が飲み込めないのでカルァシオンが問うが、
「話は後。わたしはルゥカ、サムと一緒に北公園に向かうから、アシェとアノンは“双星”と南公園へ。エルもそっちについて行きながら、“上”から視てて。」
「何か知らんけど、何でお前が勝手に―」
「クルシァ、ここは従っておけ。」
文句を言いかけたクルシァを、ルゥカミナが止めた。御転婆姫も寮長には逆らえないようだ。
「じゃ、ルゥカ、あっち行ってみよ!」
知らない人から見れば“自然な”明るい声でルゥカミナと腕を組み、ナァセは引っ張って行く。
「なん…」
ナァセの突然の変わり様に、クルシァは呆気にとられる。
「“敵さん”を欺くための、演技でしょ。」
話を聞いて知っているエレアノーラはそのように思い当たるが、顔にはルゥカミナへの軽い嫉妬が表れている。
「や、なんか…不意にあんな顔されると…」
「可愛いでしょ?」
言い淀んだのにエレアノーラにはっきりと言われてしまい、クルシァは顔面気温上昇を制御できなかった。
「エル、どう?」
北公園に入ったところで、ナァセはそこにいないはずのエルセネに問う。
⦅十中八九、そっちだな。こっちに怪しいのはついて来てない⦆
「そう…でも、一応警戒してて。」
⦅ああ、わかってる⦆
「…どうやっているのか知らないが、便利だな、離れた相手と喋れるとは…」
相変わらずナァセが密着しているので、ルゥカミナにもエルセネの声が聞こえていた。
「だが、いいのか?私がそれを知ってしまって…」
『パルクェッテ』の対戦相手が、という意味であることは、ナァセにはすぐに解った。
「問題あったとしても、今は貴女達を守る事の方が大事だから。」
ナァセが迷いなくそう応えたことが小気味好いと同時に、ルゥカミナは気恥ずかしさも覚えた。
「さて、そろそろ動こうか。サム、“ティーフェ通り”は分かる?」
「…いや、聞かん名だ。」
「コルカの北側から“裏”に入って、そのまま道なりに進んで、突当たりを左。とりあえず、そこまで走るよ。」
「お前が先導すればいいだろ?」
「わたしだと速すぎて、二人を引き離しちゃう。」
サムロスの指摘に、ナァセは正直に返した。
「確かに、な。サムロス、行け。」
「了解…」
サムロスは走り出し、二人も続く。
人通りがやや多く、避けながらの走行となるため、その点に於ても、身体の大きいサムロスが先頭を行くのは都合が良いが、彼を避けた人がルゥカミナの妨げになってしまうことも起こり得て、実際、走り始めて10秒も経たないうちに、ルゥカミナは軽く接触してしまう。
「済まない。」
お互い転倒はせず、ルゥカミナは軽く謝罪して走り続けるが、後ろを走っていたナァセが一気に横に並び、ルゥカミナの腕を摑んで近くの天幕に引っ張り込んだ。
「―っ何だ急に⁉」
「動かないで。」
言葉で制する以前にあまりに強く摑まれているため、ルゥカミナは動こうにも動けない。状況は飲み込めないものの、ナァセの表情が“徒ならぬ事態”を物語っている。
ナァセはルゥカミナの腕の付け根近くを摑んでいるが、目は前腕の一部を凝視している。よく見るとそこに赤い点があり、かと思うと、そこから“血液ではない何か”が出てきた。ナァセはそれを手拭きで拭い、鼻と舌先で調べた。
「…そこそこの毒ね。あのまま走り続けてたら、公園を出るまでには死んでる。」
「なっ…⁉」
流石のルゥカミナも動揺を隠せない。
「大丈夫。全部出したから。」
傷口も塞いだようで、赤い点も消えていた。
「…全く以て、お前は恐ろしい事をさらりと言ってくれるな…」
安心したようで、そこに呆れられる程度の余裕は出てきた。
「お取込みのところ申し訳ないけど―」
不意に、そんな声が聞こえる。
「ここは“休憩所”でも“救護所”でもないわよ。」
天幕の主が、ずっとそこにいたようだ。
北公園は「神秘」や「幻術」が集まっていて、二人が入ったのは“卜占”と思われる。それを確認するや否や、
「せっかくだから、ルゥカ、視てもらったら?」
「おぃっ⁉」
ナァセは卜占師の前にルゥカミナを座らせた。
「では…」
卜占師の方も透かさずルゥカミナの顔前に手をかざし、すぐに目の色を変え、
「光ニヨリテ死シ、光ヨリテ蘇リ、民ノ光トナル…」
何故か声色も変えて、そう語った。
「?……いや、こんな服装をしているが、私はフェゥランカの人間だ。“勧誘”なら必要ない。」
言うが早いか、ルゥカミナは一応代金を払って立ち、ナァセと共に外へ出た。
卜占師は、座したまま黙って二人を見送る。
外へ出たナァセは、天幕の方を一瞥してから、
「今のって、カリァスタの聖典の一節…だよね?」
ルゥカミナに確認してみる。
「ああ、『イェーゼ復活』の〈予言〉だ。」
「でも、何か微妙に違った気もするような…」
「…そうか?それよりサムロスは…あのまま行ってしまったようだな…」
ルゥカミナは北だけでなく周囲もぐるりと見回してみるが、長身で目立つはずの姿は見当たらない。
⦅なかなか不穏な事態だったな。サムなら、言われた通り“ティーフェ通り”に向かってる。ルゥカにぶつかった男も含めて、たぶん全員がそっちを追って行った⦆
ずっと繋がっていたエルセネが、そう報告した。
「わかった。こっちの無事も伝えたいし、一旦『ルッキア』はサムの方に行かせるね。」
ナァセは目を閉じて『蛍石の精』と“視覚”を共有し、一旦空へ北寄りに上昇させ、目的地へ真っ直ぐ向かわせる。
ナァセの指示通りに進んでいたサムロスは、
⦅突当たりを左…⦆
指示通りに曲がり、
「あ?」
その先が袋小路であることを知る。
「おい、ウェスタフェルト―」
本当にここでいいのか確認しようと振り向いて、初めて二人がいないことに気付いた。
追手が角を曲がって来るより先に、上空から小さな光の粒が近付き、サムロスの顔前で止まり、
⦅サム、聞こえる?⦆
ナァセの声が聞こえた。
数秒遅れて、追手の一人が角を曲がって来た。
「何だ、行き止まりか?お前も地理には疎かったようだな。」
すぐに走ることをやめ、自ら袋小路に迷い込んだらしいサムロスを嘲る。そのうち、2人目、3人目と追い付いてきた。
⦅あと2~3人はいたな…⦆
念のため息を整えたいサムロスも、相手が揃うのを待つ。
現れた4人目を見て、
⦅本当に素人だな…⦆
心の中で呆れ果てた。やがて、5人目と6人目が一緒に現れた。
「首尾は?」
「上々だ。すぐ傍の天幕に倒れ込んだようだが、まぁ今頃くたばってるだろうよ。」
4人目に問われて、5人目が得意気に報告した。
⦅大丈夫だけど、「成功した」って思わせた方が色々喋ってくれそうだから、付き合ってあげて。じゃ、あと、よろしく⦆
光を控えめにしているルッキアは目立つことなく、静かにサムロスから離れて去った。
「…あとでシバくか…」
何だか押し付けられたようで気に食わないサムロスだが、
「活気のいいガキだな。主人の死を聞いても挫けんか。」
目の前の敵のニヤケ面にも嫌気が差し、剣を抜く。
「お前等に“次”があるかは知らないが、一応教えておいてやる。まず、こういった任務において、責任者はヘタに顔を見せるな。場合によっては、それで“依頼主”や“黒幕”が割れる。」
剣先で“4人目”を差しながら、サムロスは述べた。
「知られたところで、どうだと言う?お前もここで死ぬのだから、問題は無かろうが。」
その者のみならず、全員が任務完遂を疑っていないようだ。
「もう1つ。こんな狭い場所では、人数は関係ない。常に“1対1”だ。」
改めて、サムロスは剣を構えた。
「すっかり“丸投げ”とは…それだけ、お前もサムロスを信頼しているということか。」
ルゥカミナとナァセは既に中央公園を南へ向かって歩いていた。
「勿論それもあるけど、後処理を任せる意味でもコルカに声を掛けておくから、十中『十』で大丈夫でしょ。」
「…抜かりが無いな。」
「…にしても、まるで図ったような機宜…何日何週間も前からずっと機を窺ってた、ってコトはまず無いから、狙って“今日”を選んだ、ってコトになるけど…」
「あー、そんなに不思議に思う事でもないぞ。」
「?」
「私が祭りや縁日の類いが大好きだというのはフェゥランカじゃ有名だからな。前回アヴァナッドが来た時も、殆ど毎日出かけて、ほぼ全部廻ったくらいだ。当然まだ子供だったから、純粋にはしゃいで、な。」
「…ちょっと意外…」
「…ま、〈情勢〉が不利に動いたというような報せは今のところ受けてないし、やって来た連中の“質”から考えると、焦った〈政敵〉がこの機に乗じて下手に動いた、といったところだろう。」
「…卒業して母国に帰ったら、ルゥカが輔佐するのって、一番上のお兄さんだっけ?」
「…話したこと、あったか?」
「あぁ…直接は、無いと思う。聞いたことは、ある。『二番目とロドルフは同じ人種』とか。〈政敵〉っていうのも、その辺?」
「…なるほど、確かに“鼻”がよく利くようだな。」
「ん~単純に、“ああいう人格の次男”なら、王位は狙うだろうな、って思っただけ。“派閥”とかありそうだし。」
「…全くその通りなのが、残念でならん。」
「…色々大変だね。」
慰めの言葉より、滅多にする相手のいない“政治”の話をナァセとできているのが妙に嬉しいと同時に、割と喋ってしまっている自分に、ルゥカミナは少々驚いていた。
やがて南公園に入った二人は、“双星”班と合流した。
「やっと来た!」
エレアノーラが、何故か不安気な様子でナァセを迎え、
「どうしたの?」
「アシェが、いなくなった。」
間髪を入れずにエルセネが答えた。
「…いなくなった?」
想定外の事態に、ルゥカミナは聞き返してしまう。
「ここに来るまでは、確かにいた。で、さっき、ルッキアをサムの所に向かわせるってことで、そっちは任せてよさそうだから、念のためこっちの監視に切り換えたんだが…その時に、いない事に気付いた。」
エルセネは、とりあえず経緯を話した。
「何処かその辺、フラッと見に行ってる可能性、本当に無いのか?」
「だからっ―」
「それは無い。」
カルァシオンの指摘にエレアノーラが反論しかけて、ナァセが冷静に否定した。
「アノン、ちょっとゴメン。」
エレアノーラに離れるよう促したナァセは、周囲の地面を見回し始める。
「あれか…エル、アレシアさんの居場所、分かる?」
「ん?…あぁ…いた。大天幕の入口前だ。」
「アレシアさんにここに来てもらうから、事情を説明して、あの足跡を追跡してもらって。」
地面に見つけた変な足跡を指し示して、ナァセは再び中央公園へ向かう。
「…どういうコトだ?」
展開が早すぎて、クルシァはついていけてない。
「わからんが、何か思い当るようだな。」
エルセネは上空からナァセの行動を追う。
中央公園の南口で、ナァセはアレシアと合流した。
「ルッキアをよこすほど緊急事態か?」
小さな“光”がアレシアを離れ、ナァセに戻る。
「南公園の中ほど・西寄りで、アノン達が待ってます。そこで正式に“依頼”を受けて下さい。」
「依頼?」
「アシェが、何者かに攫われました。」
「⁉」
「わたしは先行します。」
「…ったく、無茶はするな。」
それだけ言ってアレシアは南公園へ向かい、ナァセは中央公園の中心へ向かった。




