第3章 1:輝ける双星
メルァーマの29日、光曜。
ナァセ、エレアノーラ、エルセネ、そしていつも通り寝惚け眼のアーシェカは、セーギルゥア屋上の《精霊の祠》に来た。
「ナァセはいつも、どの“天”に祈ってんの?」
今更ながら、エレアノーラは訊いてみた。
「どの、って…特に意識してなかったけど…強いて言えば、《光天》…悲しみや憎しみの“どん底”に落ちそうになっても、《光》を見失わないように…」
そう言って、ナァセは天井の光を仰ぐ。
「なら、ボクは…」
エレアノーラは東の壁を向き、
「…あの子を焼いた、炎が憎い。あの一族の象徴の一つでもあるから…」
数歩寄り、
「けど、あの子との思い出も、暗い部屋を優しく照らす、ロウソクの灯り。」
壁際の篝の前に立つ。
「…君の犠牲の上に、ボクの人生は成り立ってる。たとえ何があろうと、ボクは決して挫けない。天寿を全うするその日まで、この命の炎は燃やし続けてやる…!」
《焰天》の前で、声に出してしっかりと、エレアノーラは誓いを立てた。
競技場で待つ二人に、
「ルゥカ、サム、おはよぉ!」
ナァセは元気に挨拶した。
「…何だか、随分とスッキリした様子だな。」
良い方向に変わったナァセの雰囲気を、ルゥカミナははっきりと感じ取る。
「うん。胸の奥底にしまい込んでたモノを、みんなに打ち明けたから。二人にも…こうして朝付き合ってもらってるから話したいけど、ごめん、少なくとも『パルクェッテ』の後で、ね。」
「構わん。問題は、それで変わったかどうか、だ。」
準備万端整っているサムロスは、そこにしか興味が無い。
「ん!」
それに応えるべく、ナァセは棒を携えてさっさと下りていく。
階段の中段辺りから一気に跳んで、着地してすぐに突進して突く。ナァセが急に始めたので不意打ち気味ではあるが、サムロスはしっかり避ける。避けた勢いのまま回転してナァセの背後に回り込み、抜剣して薙ぎ払うが、ナァセは突いた勢いのまま1歩更に踏み出し、振り返りながら剣を受け止めた。
「…積極性は増したようだな。」
「とりあえずは、挨拶。」
ここからが本番と、二人は仕切り直す。
幾らか時間が過ぎ、
「そこまで!」
ルゥカミナの一声で中断した。
「そろそろ時間だ。いつまで続ける気だ?」
その言葉に、二人とも少し目を瞠る。
「ぇ…もうそんな時間?」
つい確認してしまうほどに、ナァセにも信じられなかった。
「ぃやぁ…ちょっと様子だけ見るつもりが、すっかり見入っちゃったよ…」
エレアノーラは呆気にとられている。
「双方、1本も取ることなく、ぶっ通し…つまり、互角、か?」
エルセネも終始見ていたようだ。
「まさか。わたしは、割と、全力で、やってたけど、サムは、まだ、本気じゃない、でしょ?」
息を整えながら、ナァセは当人に訊ねる。
「本気といえば、本気だ。“手の内”を隠した範囲で、な。」
それはつまり本気じゃないだろ、と今は言う気力が無いので、ナァセは顔だけで訴えた。
「そう焦ることもないだろう、ナァセ。棒術をまともに学び始めて半年程度のお前が、既に剣術『皆伝』のサムロスと渡り合って、1本も奪われなかったというのは、尋常ではない。」
「うん、でも…今日、本気でやって、改めてサムの“強さ”が分かった。学舎に通い始めてから、毎朝鍛練してるんでしょ?剣術を学び始めたのは何歳から?」
「…物心ついた頃には父親の“真似事”をしていたが、ちゃんと学び始めたのは…5歳、か。」
「早っ」
耳を疑うほどの事実に、エレアノーラの口からうっかり本音が漏れた。
「鍛練も、ずっと?」
「ほぼ毎日、欠かさず。」
「ね。だから、ブレない。『皆伝』になっても基礎の反復は怠らないし、向上心も持ち続けてる。ルゥカを護る、っていう明確な使命があるから、揺るがない。でも、わたしは…確かに、色んな事をすぐに熟せる“器用さ”はあるけど、所詮“付け焼刃”だから、みんなも知ってるように、心の持ち方次第で何もできなくなることも―」
「はい、やめ。」
言葉の途中で、突然エレアノーラが両手でナァセの顔を挟む。
「それは、もう過去の話。今、ナァセは前に進んでる。」
挟みながら、真っ直ぐ見つめる。
「そこの“鍛練バカ”の壁が高かろうがブ厚かろうが、あんたに超えられない壁じゃない。」
「ほぅ…」
何か言いたげなサムロスの横で、ルゥカミナとエルセネはこっそり笑う。
反応を示したサムロスを、エレアノーラはしばし見る。
「あ?何だ?」
「…そういえば、あんた、“実戦経験”て、あるん?真剣での“模擬試合”とかじゃなくて、明らかな殺意を持ってるか、殺傷目的で武器を持ってる相手と。」
「…いや、無いな。」
「ナァセ、何度かあるんだよね?」
相変わらず両手で挟まれているので「ん」とだけ応える。
「自信持っていいよ。“経験の差”は大きいから。」
それが本気なのか“天然”なのか判別しかねるが、
「…ありがと。」
エレアノーラの両手を取って包み、額に当てながら、ナァセは感謝を述べた。
その様子を見ていたルゥカミナは、
「…深そうだな。」
詳細は分からずとも、そう感じ取る。
「それで、どうするんだ?このまま、サムロスから1本取れるまで続けるのか?」
ルゥカミナに問われて、ナァセは少し考える。
「ちょうど、今年の『パルクェッテ』でわたし達対戦するから、楽しみはとっておく。サム、それとルゥカも、付き合ってくれて、ありがとう。」
「いや、俺の方も、いい刺激になった。」
「…本当に、これでやめるのか?」
サムロスは単純に礼を受け止めるが、ルゥカミナは改めて問う。
「?…だって、これ以上続けると、サムが“本気の本気”を出すことになっちゃうだろうから―」
「そうではない。折角、早起きして鍛練するという“習慣”を始めたんだ。サムロスとの手合わせでなくとも、何かしらこのまま続ければ良いではないか。」
言われて、ナァセはまずエルセネを見ると、無言だがエルセネは“是”を示す。続いてエレアノーラに目を向けると、
「マジデスカ?」
乗り気ではなさそうだ。
「お前が一番必要だろ。」
エルセネは遠慮無く事実を述べ、
「大丈夫。わたしがしっかり教えるから。」
ナァセは優しくトドメを刺す。
「…あぃ…」
エレアノーラは大人しく観念した。
◇
午後。
「前代未聞じゃな。」
レヴは何やら呆れている。
「同感です。元々それなりにできていたとはいえ、まともに学び始めて僅か半年で『奥義』修得の権利を得るというのもさることながら、まさかそれを『保留にしたい』などと…」
今しがた聞いた事に耳を疑ったルゥカミナは、当のナァセに確認せずにはいられなかった。
「今『皆伝』になったら、『サムと“同格”になった』って意識が少なからず出ちゃいそう…そうなったら“向上心”に支障を来しかねないから。」
「“克己心”ということか…では、『皆伝』になっても日々の鍛練を怠らないサムロスと“奥義無し”で手合わせして、1本でも取れたら、修得する、と?」
「あー…うん、改めて言われると無茶苦茶だとは思うけど…」
レヴの言葉を受けて、ナァセは自分でも呆れてしまう。
「まぁでも、実際に“あと少し”のところまでは来てます。ほぼ30分通して手合わせして、まだ1本取るには至ってませんが、逆にサムロスに1本取られることも無かったので。」
ルゥカミナは朝の事を補足した。
「その“あと少し”が、だいぶ遠く感じるけどね…」
ナァセはちょっと遠い目をする。
「ふむ。確かに“前例”は無いが、資格を得てすぐに受けねばならぬという規則でもない。其方の好きにすればよいが…期限は『パルクェッテ』と思ってよいか?」
「ご明察…」
我が祖父ながら流石、とナァセは軽く拍手する。
「仕合う機会を設けない限りは、そこしかあるまい。まだ大分先じゃが、それまでは如何する?」
「…差し当たっては、基礎をしっかり固めようと思う。」
「それなら、明日からは、クラゥスと新顔2人の指導、お前に任せていいか?そうしてくれれば、残りの期間、わたしは“細剣”の方に集中できる。」
ルゥカミナは、少し離れた所で別行動中の三人を見る。暫く前から“第2武技”として棒を学び始めた2人の生徒に、クラゥスが基礎を教えている。勿論、ナァセは快諾した。
「それと、この後、少しいいか?」
珍しく、ルゥカミナが放課後の誘いをかけた。
◇
ファルゼーの16日、風曜。
学舎の夏季長期休校初日、ナァセ達は“岩山”2階の憩いの間でルゥカミナと待ち合わせていた。
「もの凄く貴重な光景だ…」
「何を大袈裟な。」
ナァセの発言に呆れるルゥカミナ。
「ルゥカがそういう“庶民的”な服着るのは珍しいね。」
「まぁでも、“気品”がダダ漏れだから“良家のご令嬢”感がなくならないのは、さすがだよね。」
アーシェカとエレアノーラが軽く失言するが、
「いつもの身形では目立つ上に堅苦しいからな。」
もはや馴れたルゥカミナは軽く流す。
「あんたは“いつも通り”だな。」
「流れ者や余所者が多く出入りするんだ、もっと武装したいくらいだ。」
エルセネの指摘を受けたサムロスは、真顔で応えた。
「それより…結局、いつもの顔ぶれだな。レン達は来ないのか?」
「レンはオズと二人で回る、って。ノァルは可愛い妹と。ルネッタは“興味無し”だし、クーリオは家の手伝い。」
ルゥカミナに問われ、ナァセが説明した。
「で…そちらは、どちら様方?」
エレアノーラが、明らかに連れとしてサムロスの傍にいる二人について訊くと、
「お前…」
エルセネだけでなく、ナァセもアーシェカも呆れた目を向けた。
「へ?何⁇」
「テューメル帝国の『輝ける双星』…学舎で知らない人はいないと思ってたけど…」
「アノン、余所の寮生に興味無いにもほどがあるよ。」
「いい加減、その大仰な呼び方はやめてくれないか。」
皇子の方は何やら気恥ずかしそうだが、
「全くだ。“輝かしい”のはオレだけで十分だ。」
皇女は違うようだ。そして、双方睨み合う。
「第1皇子のカルァシオンと第2皇女のクルシァ。テューメル帝国の双子の皇子だ。」
当人達が自己紹介しないので、ルゥカミナが代わりに紹介した。
「うん?第1皇子と第2皇女で、双子?…あぁ、“双子の兄と妹”ってコト?」
「バカなのか君は?俺達の上に姉がいる、という事だ。」
カルァシオンも初対面で遠慮の無い物言いだが、あまりの“おバカ発言”に、ナァセ達も開いた口を塞ぐ術が見つけられない。
「あーナルホドね…」
指摘されて気付いて、当人も少々恥ずかしかったようだ。
「で、二人の中ではどっちが先なん?」
それでも一応気になるので改めて訊くが、
「アノン、テューメルの人にその問いは無意味だよ。」
ナァセが口を挟む。
「歳月の差があれば“兄弟姉妹”の区別はあるけど、双子や三つ子のように“同じ時”に産まれた子達は、順番はつけないの。産まれ出た順番はあったとしても、命を授かったのは同時だから。」
「流石はレヴ先生の愛孫、よく知ってるな。解ったか?クソ赤毛。」
ナァセには普通に感心を示したが、エレアノーラに対してはやはり口の悪いクルシァだった。
「ぁんだとォプッ⁉」
キレて飛びかかりそうなエレアノーラを、口を抑えつつナァセが止めた。
「“初対面での接し方”を知らないようだから今は大目に見るけど、今後は気を付けて、クルシァ。一応、カルァシオンも。」
「…心得た。あと、“カル”でいい。」
「あ、じゃオレは“クゥ”で。」
⦅…“お揃い”は嫌なんだ⦆
この短時間で、ナァセは何となくそこを感じ取った。
「…にしても、何でまた二人が?」
双子の同行は前もって聞いていなかったので、ナァセはルゥカミナに問う。
「余程の事が無い限り、私もサムロスもこの年末で卒業するのはほぼ確定で、その後は、この二人にルィベランカを任せることも決めている。だが、寮内では互いで支え合う以外、他に頼れる者が今のところいなくてな。ならば我々同様、寮長同士で交流することを提案した次第だ。」
「あぁ、なるほど。まぁフレゥタリアもレンとオズは今年で卒業だろうし…そうなると、ノァルが今日一緒に来られなかったのは残念だね。」
「ノァル?」
ナァセの出したその名に、ルゥカミナは軽く眉をひそめた。
「確かに“成績”は申し分無いし、実際はそれ以上の実力を隠してるだろうが…アイツが引き受けると思うか?」
「…ぃや、まぁ、そう言われると…」
ナァセが口籠ると、
「ノァルはやらないだろーね、そういうメンドーなコト、好きじゃないから。」
アーシェカが断言した。
「…よねぇ…そうすると…」
納得したナァセは、アーシェカと、続けてエルセネに目を向ける。
「部外者代表として意見を言わせてもらうが、アシェは精霊術以外は心許ないし、まだ若すぎる。エルは“視覚的”に広い範囲を視ることは得意でも、周囲の“空気”や“雰囲気”を読むことに関しては、そうとも言えない。暫く引き籠ってたヤツは、論外だ。」
ルゥカミナの指摘を受け、
「うん、そだね。」
「異論は無い。」
「…反論デキマセン…」
三人各々、賛同した。そして、全員の視線は、ナァセに集中する。
「え゙…」
「まぁ、今日はこんな話をするために集まったワケじゃない。この件に関しては、当事者同士、寮でじっくり話し合えばいいい。」
そう言い放ってルゥカミナが席を立つと、
「そーそ、今日は“世界の奇芸珍事”を楽しまないとね!」
待ってましたとばかりに、エレアノーラも切り換える。
「…保留ニスルノカ、コノ大問題ヲ…」
すでに“重荷”を放り投げられたようなナァセは、そう簡単に気分を切り換えられない。
「まだ正式に決まったわけでもないだろうし、しばらく先の話なんだ。一旦、忘れていいだろ。とりあえず、今日はよろしく。」
カルァシオンは爽やかな笑みでナァセに手を差し出すが、
「今後ともよろしく、だろ。」
クルシァの余計な一言で、また引き戻されてしまう。




