第2章 8:国王生誕祭/黒い記憶
カルデゥン王の「200歳」を祝う生誕祭。
都内では、奇術や幻術など様々な“小さな魔術”が人々を楽しませる。旅の芸団による見世物も行われていた。
王宮上層の露台では、モルトーヴェルの諸侯や普段は“研究”等に勤しむ上級魔術師達も列席する、豪華な祝宴が催されていた。
2段高くなっている屋内側には3つの弧卓が半円を描き、真ん中の弧卓の中央にカルデゥン王、その両側には第1王妃とその長女と次女、長女の夫が並ぶ。右の弧卓は第2王妃と双子の娘とそれぞれの夫、左の弧卓には第3・第4王妃とそれぞれの娘達が座す。
中段にも左右に弧卓が設けられ、王の孫娘達に混じって、カーネリアの隣にはナァセ、反対の弧卓にはロザリア・ワイトとカゥノアの姿がある。
ワイト母子にいつも通りの冷ややかな視線や言葉が向けられる一方、カーネリアの不安通り、ナァセにも好奇の目が集まる。
「カルデゥンや、あの娘は何だぃ、見ない顔だねぇ?」
外見的には王よりも年老いているのが厚化粧で隠しきれていない第1王妃が、座ったまま王に身を寄せて訊ねた。
「…どの娘のことだ?」
王は少々面倒臭そうに応える。
「私達の可愛いカーネリアの隣にいる、盲の小娘だよ。孫じゃぁないのは確かだと思うが、何故あそこにいるんだぃ?」
「カーネリアのお気に入りの侍女だ。あの娘がどうしてもと言うから、同席させている。」
「ハッ!トボけた事を言いなさんな。あの耳の尖り様、殆ど《純血》に近いじゃないかぇ?今は大した“魔力”を感じやしないが、ありゃぁいずれ化ける、或いは、既に持ってるのを巧いこと隠しているか…どっちにしても、あれを“ただの侍女”として、アンタが傍に置いてるワケがないね。“5人目”に失敗したんだ、“6人目”にしようって腹づもりじゃぁ、ないかぇ?」
第1王妃は下卑な笑みを漏らした。
⦅最っ低ぇな婆さんね…⦆
顔には出さないが、ナァセには不快でしかない。
「祝いの席でする話ではないな。其方は年中『塔』に籠りすぎて“体裁”に無頓着になったか…」
呆れた様子を見せる王だが、言われた事の否定もしない。
「ナァセ。ここには、“魔術の研究”に没頭するあまり、余がこのような場にでも呼ばぬ限り俗世から隔たる者が多くいる。お前が、“外の音”を聞かせてやれ。」
「かしこまりました。このようなモノでよろしければ。」
唐突な王の仰せだが、ナァセは躊躇なく承諾し、弧卓に囲まれた中央に立ち、横笛を吹き始めた。
程なくして、都の何処かから花火が上がる。
「バッッカヤロォ―!!誰だ勝手に打ち上げてんのは⁉早すぎだぁっ!!」
その下では花火職人が怒鳴っているが、
「グァッハッハッ!済まねぇな、いい音色が聞こえたもんでよ、つい。」
言いながら、男は尚も点火を続ける。
「オイやめねーか!後で大目玉喰らうのは俺なんだぞ!」
「まーまー心配すんなって。そんな事にはならねーからよ。」
別の男が職人を押さえる。
王宮の露台では、ナァセの演奏も続いている。
「今時“人間の花火”なんぞ、古臭いモノを…」
見るからに陰気な魔術師がそんなコトをぼやき、
「全くだ。ウルサイったらないやね。」
第1王妃も悪態をつく。
「憐れだな、“良き物”を解せぬ心というのは…」
カルデゥン王はあからさまに蔑んだ。
「見事なものだな…まさか花火の“音”さえも自らの“調べ”に取り入れるとは。」
演奏を終えたナァセに、珍しく王は賛辞を呈した。
「光栄です。では次は、私からの“御祝い”として、私の『祖国』の調べを御進上致します。」
「お前の…“祖国”…?」
孤島出身で“祖国”を知らぬはず、と疑念の浮かぶカルデゥンだが、ナァセは吹き始める。
「音色が変わった…?同じ笛なのに、まるで違う楽器のようだな。」
「それがあの娘の面白いトコロなの。」
第1王妃の娘夫婦が小声で話す通り、今度の演奏では力強い音が響く。
曲の終盤で再び火薬の爆ぜる連続音が轟く。殆どの者がナァセの笛の調べに聞き入っていて、そちらには気にも留めなかったが、
「あれ?今、音はしたけど…花火上がったか?」
「ん?そうだったか?」
少し気付いた者もいた。
「誇り高く雄々しい獅子のようだな…」
誰もが言葉を失っている中、セクォデスが感じた事を素直に口に出した。
「ご明察です、ワイト公。」
演奏しながら少し身体も動かしていたナァセは、演奏を終えると王に背を向けて立っており、そのままで応える。
「これは、『獅子の心を持つ』と讃えられた、祖国の王家のための調べ…曲名は即ち王家の名、『ローウェンハルト』。」
「『ローウェンハルト』…覚えのある名だな…」
カルデゥンは記憶を探った。
「因みに、私の真の名でもあります、陛下。」
「…何?」
振り返ったナァセは、真っ直ぐカルデゥンの目を見ながら告げる。
「わたしの真の名は、ナァセ・ローウェンハルト、と申し上げたのです。」
「…どういう…いや、お前…目が…―っ⁉」
カルデゥンは胸部に痛みを感じ、見ると、妙な物が刺さっていた。その独特な素材や色は、ナァセの笛と同じ物のように見える。
「老齢故に忘れたか、今はそれどころではないか…思い出せぬなら、教えてやる…」
突如姿を現したウォルナードが、王の背後から語り掛ける。
「あの男、いつの間に、いや、何処から⁉」
「私が行く。」
動こうとした衛兵を、セクォデスが制して自ら動く。ウォルナードがそれを待つはずもなく、地面を一蹴りしてカルデゥンの正面に立ち、
「貴様に滅ぼされた、レゥオン王国・王家の名だ。」
それだけ伝えて、カルデゥンの首を一刀のもとに断ち斬った。
それを合図のように、給仕として潜り込んでいたカーラナも動き、止めようと動いた衛兵とセクォデスとに挟まれるが、やはり跳んで、弧卓の内側に入った。
セクォデスは漸く剣を抜いたかと思うと、切っ先を衛兵に突き付けた。
「邪魔をするな。」
「⁉…団長、一体…⁉」
「ワイト公!何をしている⁉」
周囲からも、セクォデスに対する非難の声が上がる。
「フザけるんじゃぁないよ、これからって時に!カルデゥンの首をよこしな!私が“蘇生”させてやるよ!」
突然の出来事にしばし思考が止まっていた第1王妃が叫ぶと、
「アンタ、もう黙ってな。」
カーラナがその喉を切った。それとほぼ同時に、一際大きな爆発音が轟く。
「きっ…北の、塔が…!」
露台の端の方からは見えているようで、気付いた者が信じ難い光景を目にしたようだ。
「北の塔が、どうした⁉」
日頃からそこで研究している者は、当然気になる。
「先ほどから何ヶ所か燃えてたけど…今ので、完全に…吹き飛んだ…」
会場は更に騒然となり、大混乱に陥っていた。
「ナァセ、王子が既に退席してる。」
セクォデスがそう告げると、
「うん、帰るだけだろうから、向かう先は分かってる。」
ナァセはウォルナードに目配せする。
「ナァセ…なんで…?」
まだ状況が良く飲み込めていないカーネリアは、自分の知らないナァセを、ただ見つめる。
⦅…ごめんね⦆
声には出さず口の動きだけで、ナァセはカーネリアに謝り、ウォルナードと共に立ち去る。
「ゼノ、アタシらも行くよ。」
「ん!」
カーラナの呼びかけに、セクォデスの姿をしたゼノは地声で応えた。
王都のすぐ側を大河が流れており、少し下ればすぐ海に出る。その川から王宮へと水路が伸びており、宮殿内に船着場が設けられている。途中退席したワイト母子は、そこから船に乗って帰路に就く。
「北の塔が、なくなってる…」
爆発音を聞いて、二人とも甲板に出ていた。
「上は、今頃大騒ぎだろうな。」
大嫌いな物が1つこの世から消えてなくなったのを目の当たりにして、カゥノアは少し心が軽くなった。
城壁を潜る際、船に飛び乗る者があった。
「なんっ⁉」
大声を上げる間も無く、外の船員達は伸されてしまう。それでも異変に気付くには十分で、カゥノアは振り返った。
「カゥノア・ロゼリオ・ワイト…」
自分の名を呼んだ者を見て、カゥノアは目を瞠った。
「君は…いや、誰だ…⁉」
昨日会った少女と同一人物とは思えず訝しんでしまうが、
「わたしは、ナァセ・ローウェンハルト。言ったように、貴方に恨みは無い。けど、『ラプセンヴァレス』の血は絶やさなければならない…」
間違いではなかった。そして、ナァセの手には小刀が握られている。
十歩分ほどはあろうかという距離を、一気に詰める。故に、止まることはできなかった。
真っ直ぐカゥノアの心臓に向かっていた小刀は、彼を庇ったロザリアの背に刺さり、運悪く、骨に妨げられた感触も無かった。
カゥノアだけを見ていたナァセは、突然の事態をすぐには把握できない。だが、昂っていた感情が一気にさめると同時に、奥底に封じ込められていたあの時の記憶、あの光景が、重なる。
「ぁ…ぁあっっ…!…かぁ、さ…」
膝から崩れ、体だけでなく声も震えるナァセ。
「母さん…?―っ母さん⁉」
何が起きたのかすぐに理解できていなかったカゥノアも、母の温もりが急激に失われるのを感じた。
母の背に刺さっている物と、そこから流れ出る血…その向こうに居る者は、“母を刺した者”でしかない。
「お前…よくもっ!」
母をその場に横たえ、剣を抜き、その者を斬るつもりで薙ぎ払うが、一瞬早くウォルナードの投げた短剣がカゥノアの肩を襲い、続けてウォルナード自身がカゥノアを蹴り飛ばし、彼は水中へと消えた。
カゥノアの薙いだ切っ先はナァセの左こめかみを少し切ったが、彼女はもはや何も感じなかった。
◇
「わたしは…」
最も開けたくない“記憶の引出し”に手を掛けるナァセは、声を震わせる。
「…かつて、母に守られて命を拾った私が…子を守る母の命を、奪ってしまった…」
脳裏に浮かんでしまった当時の光景に反射的に目を閉じるが、瞼に焼き付いた“その瞬間”が、逆に鮮明に視えてしまう。
「…その後の事は、何も憶えてない…」
気を逸らすために、ナァセは時を進める。
「気が付いたら、レヴおじいちゃんの家にいて、そこにアシェやアノンがいた…」
ナァセが話し終えたことでしばしの沈黙が訪れるが、
「……なんか、普段あまり喋らないから、疲れちゃった…ちょっと、風に当たってくる。」
耐えきれず、逃げるように、ナァセは退席した。
「ぁ…」
アーシェカが追おうとするが、
「今は独りにしてあげな。」
ノァルカッサが引き止めた。
「…何かあったんだろうな、とは思ってたけど…ここまでとは、ねぇ…」
今しがた聞いた話を、レンディーネは受け止めきれていない。
「関係無いよ。ナァセは、ナァセだよ。」
迷いの無い真っ直ぐなアーシェカの瞳に、何故かレンディーネは責められている気分になってしまう。
「…冗談じゃないわ…」
唐突に、エレアノーラが不満げな面持ちで立ち上がり、
「ぅわっ⁉」
アーシェカの手を引いて行く。
「ちょっ、アノン⁉」
レンディーネが呼び止めようとするが、
「良い。」
レヴがそれを制した。
宮殿から西塔を経て円形城壁へ向かう西廊下の途中で、ナァセは佇む。
「アテが外れたねー、風なんてほとんど吹いてないじゃん。」
からかうようなエレアノーラの声に、息を吞んでナァセは振り向く。
「来るの早すぎ、とか思ってる?」
アーシェカがナァセの心情を見透かす。
「放っとくわけないじゃん。」
エレアノーラはナァセの左側にぴたりと寄り添い、腕をからませる。
「あんただって、ボクのこと放っといてくれなかったんだから。」
アーシェカも、右側で同様にする。
「話聞いて、あたし達が軽蔑とかすると思った?」
「…普通なら、すると思う…」
両側からの密着に戸惑いながらも、ナァセは答えた。
「“フツウ”なんてクソ喰らえ。」
エレアノーラが左から頭突きし、
「アノン、はしたない。」
アーシェカも、言葉はエレアノーラに向けながら、ナァセに頭突きした。
「そりゃぁ確かに“行為”は褒められたモノじゃないけど、その後あんたがどうなってたのか、ボクらは知ってる。」
「“魂の抜け殻”…寧ろ精巧な人形なんじゃないかって思うくらい、生きてなかった。」
「“あんな風”になるのは、よほどの事があったんだろーな、とは思ってた。さっき話を聞いて、その原因が分かって、スッキリした。それだけ。」
「過ちの大きさと罪の重さが途轍もなくて圧し潰されて壊れちゃって、意識が戻ってからも、深い後悔と過剰なまでの自己嫌悪に苛まれて…ナァセは、十分すぎるくらい苦しんだもん。」
「それでも、まだ…ぃゃ…わたしは、この事について、わたしを一生涯許すことは無い。」
「ちょっ一生涯ってぁぃた!」
アーシェカが物申しかけるが、“まだ終わってない”とばかりにナァセは頭突く。
「二度と同じ過ちを犯さないための《戒め》として心にしっかり刻んで、前を向いて、生きていく。」
大声ではないが、力強くはっきりと、ナァセは言霊を放った。
「…やっぱ、強いね、ナァセは。」
エレアノーラはそっと頭をナァセに寄せる。
「…言うほど強くないよ。独りで背負っていく自信なんて、正直無い。でも、こうやって寄り添ってくれる二人がいるから…」
ナァセは二人を引き寄せるように両脇を締め、
「ありがとう、大好き。」
声量はやや控えめだが、はっきりと伝えた。
「なぁ、お前、あそこに入れるか?」
「無理だな。隙なんて有りゃしない。」
声がして、三人は一斉に左を向くと、エルセネとクーリオが来ていた。
「あれ、どぉしたん?」
相変わらずくっついたまま、エレアノーラが問う。
「や、母ちゃんが杏パイ作ってきたんだけど…」
「イェルコッタおばさんの」
「杏パイ…」
「食べないなんてアリエナイ。」
右から順に言葉を繋ぎ、
「…そのまま来んのか…?」
エルセネが呆れるように、三人横に並んだまま方向転換し、歩く。
「そーいえばナァセ、ボクの事、ひょっとして最初から気付いてた?」
エレアノーラが、歩きながら唐突に疑問を投げた。
「…最初は『同じ特徴だな』とだけ。出身地を聞いて『やっぱそうなのかな』って思って、確信したのは、アレシアさんを知った時。」
「ほぼ半年前じゃんか…」
「何の話ぃ?」
右側でちょっと置いてきぼりになっていたアーシェカが訊く。
「あー…二度手間はメンドーだから、後でね。」
「話すの?」
「…ナァセの話・聞いちゃったら、ボクの“悩み”小っさ!て思えて、ね。」
「なんだ、大した話じゃないんだ。」
単純に言葉通りにとらえたアーシェカは、何故かがっかりする。
「ぁぁアシェ、それヒドイ…」
あくまで“比較的”であると、エレアノーラは言いたい。間でナァセは苦笑した。
再び、食堂。
「はぁっ⁉」
数名が一斉に声を上げた。
「ゴメン、今・何て…?」
あまりに信じ難いので、レンディーネは訊き返す。
「だから、ボクの父親、ロムルの現皇帝。」
そっくり同じ話を繰り返すのは面倒なので、エレアノーラは必要な事だけ述べた。
「確かなのか?」
いつもは涼しい顔のノァルカッサも、流石に面食らっている。
「直接確認したりとかは無いけど、色んな条件・情況からして、ほぼ間違いないと思う。」
それが不本意であることを、エレアノーラはしっかり顔に出す。
「どう思われます?」
先刻の話から、この中で最も皇帝との関わりの深いウォルナードに、ルネッタは訊いてみた。
「…歳はナァセと同じだったな。誕生日は?」
「ぇ、デュメテラの4日、です。」
「『シキルゥ』の『バレィノス』…」
ウォルナードは記憶を辿る。
「ちょうど、報告のために帝都に戻っていた時、当時は“太子”だった彼に珍しく護衛を頼まれて、同行したから憶えている。姫君と関係を持っていたのは、事実だ。時期的にも、残念ながら合致する。」
「あ゙ぁ…はい。」
自分でもほぼ確信してはいたが、信頼性の高い第三者に太鼓判を押されると、余計にヘコむ。
「でも、よく生き残ったわね…」
出し抜けに、レンディーネがそんなコトを口にする。
「どういう事だ?」
エルセネに限らず、その場の大半は言葉の意味を解りかねた。
「…『落胤の粛清』…わたしも噂程度にしか知らないんだけど…」
言い淀むレンディーネの代わりに、ウォルナードが説明する。
「9年前か…皇帝が即位するにあたって、その“落とし子”達の殆どが、理不尽に命を奪われた。『禍根を断つため』とも『妃の嫉妬』とも言われているが…いずれにせよ、“燃える炎のような赤”の髪と瞳を併せ持つ者は、少なくともロムルには、今や皇帝一族以外にいない。」
「酷い…そんな事をする人間が、ほんとにこの世の中にいるの…?」
珍しくアーシェカが嫌悪感を顕にする。
「来たよ、ボクの所にも。」
エレアノーラは、一旦珈琲を飲む。
「正確には、噂の方が先に来た。その2年くらい前に王位を継いだばかりの伯父はロムルと好い関係を持ちたくて、ボクのことを『喜んで差し出す』って言った。でも退位した祖父は『一応は一族の血だから、流すのは避けたい。それに、生かしておけば万一の時の“有効な手駒”になり得る』ってコトで、『身代わり』を提案した。」
「…お前の身内も、碌でもないな。」
エルセネが遠慮無く吐き出す。
「序の口だよ、こんなの。遣わされた兵士か誰かは、どうせ“対象”の性別も知らない…皇帝本人だって知らないんだから。だから、“身代わり”にされたのは、同い年の男の子…ボクの髪を剃って作ったカツラをその子に被せて、離れた所ではあるけど、ロムル兵の目の前で自国の兵士に処刑させた…」
震えそうな体を抑えるように、エレアノーラは自らを抱く。
「もしかして、アノンも見てたの?」
その様子から、ナァセが察した。
「“見せしめ”で、ね。『下手な事をすれば、お前もああなる』って……絶望的な歯並びの悪さが逆にカワイかったその子は、身寄りのない使用人で、ボクの唯一人の、友だち…」
悲しみと怒りが同時に込み上げ、爆発してもおかしくはないが、ナァセが寄り添うことで鎮めている。
「…で、『その時が来るまで帝国から距離を置け』ってことで、何でか、海賊に預けられた。」
「海賊…?」
ナァセはウォルナードを見るが、
「いや、あの連中がアデーラ海に入ったのは、あの時が初めてだから、違うだろう。」
違うようだ。
「あー、さっきの話に出てきた人達だったら、ボクも楽しい旅ができただろーけど、こっちの連中はボクで金儲けしようってクソだったから、途中で寄った港でこっそり抜け出して、ちょうど出港する別の船に潜り込んだんだよね。で、その行き先がアィエンダーラだったワケ。」
「…さらりと言うけど、なかなかの大冒険ね…」
話の内容もそうだが、エレアノーラの感情の忙しさに、ルネッタは呆れる。
「…ぇ何?」
エレアノーラが何故か見つめてくるので、レンディーネは戸惑う。
「ついでだから告白しちゃうけど、それ、あんた達の船ね。」
「…はぃ?」
「…僕達と一緒にアィエンダーラに来た、ってコトか?」
すぐには飲み込めないレンディーネに代わり、オストロクが察する。
「え・でも、アノンが通い始めたのって、わたし達より4年遅れ…よね?」
「そりゃ入港は一緒だったけど、ボクはまたこっそり抜け出して、それからは農家の納屋とか厩とかを転々とした生活を…1年は経ってないと思うけど、半年以上はしてたと思う。」
「元々“ご令嬢”だったヤツが、何でそんな…」
意外な“浮浪児”ぶりにエルセネは疑問を抱くが、
「人間、嫌いだったから。」
エレアノーラはきっぱり言い切った。
「でも、最終的にクーリオん家の納屋に“お邪魔”して数日で、アシェに見つかって、レヴ先生に捕まって、以来ご厄介になってた。」
「あったねぇ、そんな事…あたしは、森の動物でも入り込んだと思ったけど…でも・そっか、自分のコト『ボク』って言うし、男の子だと思うくらい髪が短かったのは、そういう事だったんだね…」
先程さらりと話されたその経緯を聞き逃さなかったアーシェカは、エレアノーラの髪を見つめ、優しく撫でた。当時の事を思い出して、エレアノーラも少しはにかむ。
「…あの、セァテンブロウ先生、1つだけ…」
エレアノーラの話が終わったようなので、ルネッタが話題を変える。
「始めの方で仰ってた、『モルトーヴェルの王に近付くのが困難な仕組』について、伺ってもよろしいでしょうか?」
「…今回の話では重要ではないから省いたが、気になるのか?」
「はい、凄く。」
ルネッタは見るからに興味津々だ。
「…まずは『霊力感知』だ。王宮のみならず、王都の広い範囲に特殊な『結界』が張り巡らされていて、霊術の類いを使えばすぐに王に感知されてしまう。その上、王を中心に数歩分の範囲で、より強力な結界『霊術無効』があり、王以外は術を使えないし、外からの攻撃なども無力・無効化される。そして、周囲には常に、選りすぐりの近衛兵が控えている。戦って勝てない相手ではないが、素通りもできんので、阻まれてる間に王の《魔術》が繰り出される。」
「…鉄壁ですね。『影飛び』で近付くこともできないし、物理的強行突破も容易じゃない…」
ルネッタは感心して関心を深め、
「でも、『突如現れる刺客』には対処できても、『暫く宮廷で暮らしている盲目の少女』には油断するはず、と。」
続いて、ウォルナードの採った“策”に言及した。
「“盲目”に関しては、ナァセの発案だ。」
予想外の事実に、ルネッタは二の句が継げない。他の皆も目を丸くして、ナァセを見る。
「…『盲目』は“何彼と便利”ってことで早いうちに教わったんだけど、たまに自分でも試してたんだよね、“盲状態”を。それで幾らか慣れてたから…」
「いや、大胆というか突拍子もないというか…そんな簡単なコトでもないだろうに…」
「『獅子の心』の血筋もありそうだけど、どちらかというと“島育ちの野生児”的発想だな。」
ノァルカッサもエルセネも呆れ混じりに感心する。
「そーいや、ナァセって一応“お姫様”なんだな。」
「“一応”って…まぁ、一応…」
クーリオの物言いを、ナァセは受け入れざるを得なかった。
「でも、時折見せる佇まいとか気品とか、王族らしい風格は確かにあるわね、レンよりよっぽど。」
「ちょっとぉ、なんでそこで、わたしを引合いに出すの?」
ルネッタからとんだ迸りを受け、レンディーネは不満を顕にする。
「なんで、って…ここには貴女以外―」
言いかけて、ルネッタはエレアノーラを一瞥し、
「いないじゃない。」
「ねぇ、ヒドくない?」
きっぱり言い切ったルネッタに、エレアノーラは物申したい。
「ルネッタ、君は失礼すぎるぞ、レンに。」
オストロクがレンディーネの味方しかしないのは分かり切っているので、エレアノーラはそこにはツッコめない。
因みに、ウォルナードの“仕組の話”の途中から、アーシェカは眠っている。
頃合と見て若者の輪から距離を置いたウォルナードは、
「あの子は、もう、大丈夫ですね。」
レヴの傍に立ち、姪の様子を見守りながら、僅かに顔を綻ばせた。
「うむ。善き友に恵まれた。」
レヴも微笑みを湛える。
今宵の月は、有明。夜道を照らすには心許ないが、満点に星々が耀う。




