第2章 7:盲目の侍女と出来損ないの王子
1518年。翼を持つ鳥頭獣肢の《聖獣》を象った金の刺繡の施された濃紅の旗がはためく、モルトーヴェルの王宮。
「取り逃がした、だと?」
《魔法王国》国王カルデゥン・ラプセンヴァレスは、今しがた耳にした報告に、眉間の皺を寄せる。
「誠に申し訳ございません。ですが、対応が早かったため、何も盗られたりはしておりません。ご安心下さい。」
「…貴様、正気か?」
王は更に表情を険しくする。
「は…―っ⁉」
報告のために跪き頭を垂れていた男は、思いがけない王の言葉に頭を上げたかと思うと、首元を押さえて苦しそうになる。王は変わらず玉座に着いているが、禍々しい靄を纏った右手が、何かを摑むような形をとっている。
「賊に侵入を許したばかりか、捕らえることすらできず、見す見す逃したのだぞ…事の重大さを、貴様は解っていないというのか?」
王が右手に“力”を入れて僅かに絞ると、男は苦しさを増す。
「己の不手際を省みず“安心しろ”などと、よくも言えたものだな。」
王は更に右手を絞り、男の顔からいよいよ血の気が失せようとしていた時、穏やかに“笛の音”が響く。
玉座の前で起きている事など“他人事”と大広間でお喋りや飲食に興じていた人々が静まり、独特ながらも美しく耳に心地好い音色と調べに耳を傾ける。大広間の端で演奏していた楽師達もそれに気付き、自分達の演奏を止めた。
笛の音は、玉座に近い所から聞こえる。
「…何の真似だ、小娘…」
王が笛の主の方に意識を向けたためか、男は解放され呼吸を整える。
「申し訳ございません。陛下の為さる事を妨げるつもりもなかったのですが、姫のご気分が優れないように感じましたので、和らげて差し上げようと…」
笛を吹いていた少女は、王に問われて頭を下げながら答えた。
「ほぅ…」
王は少女の言葉を素直には受け止めず、
「大丈夫なのか?カーネリア。」
当の姫に直接確認した。
「はい、おかげさまで。」
姫がにっこり微笑んで返したので、
「そうか、それはよかった。」
王は僅かに安堵を見せた。
「差し出がましい事を申し上げるようで大変恐縮ではございますが…」
少女が尚も話を続けるので、周囲が少しざわつく。
「そのような“能無き者”のために陛下が御手や御気を煩わせるなど、あってはならないことと存じます。」
彼女の物言いにその場の空気が一瞬凍りついたかのようだが、王だけは愉快そうに笑う。
「“盲”の小娘には其方の威厳が映らぬとはいえ、“無能”呼ばわりされるとは、衛士団長も形無しだな。もうよい、下がれ。」
機嫌を良くしたのか、王は退室を命じ、衛士団長は静かに去った。
大広間での社交会が終わり、カーネリア姫は侍女と共に別棟へ向かう。
人気の無くなった所で、姫は突然侍女を抱き寄せ、頭をわしゃわしゃ撫で回し始めた。
「もぉ~やめてよ急にぃ!お祖父様に“嘘をつく”なんて、私だってちょっと怖いんだよぉ!」
「申し訳ありません。ですが、強ち“嘘”でもないのではないですか?」
愛でられているのか責められているのか判らない状況だが、“盲”の侍女はもはや慣れたようで、素で応える。
「陛下のあのような為さり様、快く思われてはないのでしょう?」
「それは…否定しないけど…」
姫は周囲を気にするように控えめに答えた。
「それに、ワイト公にあんな―」
「姫ぇ!何をなさっているのです⁉お時間ですよぉ!」
何か言いかけたが、別棟の方から呼ぶ声がしたので、そちらに返事をしつつ姫は侍女を開放し、
「もぉ、貴女も来られればいいのにぃ…」
名残惜しそうに一度手をとった。
「刺繍など、私には無縁ですので。」
軽く苦笑を浮かべて侍女がそう返すと、一瞬残念そうな表情をしてから、
「じゃ・後でね、ナァセ。」
姫は笑顔で一時の別れを告げ、去って行った。
「はい、後で。」
穏やかながら明るめな声で、ナァセは見送る。
長い渡り廊下の途中にいたナァセは、踵を返して、迷わず交差廊下を左折する。
その暫く先では、何処ぞの令嬢と思しき3人の娘が談話していたが、ナァセが曲がって来たことに気付いて話を止め目配せし、手探りもせず真っ直ぐ歩いてくるナァセが当たらないよう少しズレたようで、一人が片足を残して静かに待つ。他の二人は、片や声を殺して肩で笑い、片や諫めるような素振りはしてみせるが声は出さない。
いよいよナァセが通りかかる頃には息すら殺して見守るが、
「ぃ゙っったあ゙っっ!!」
ナァセに思い切り足を踏まれた娘は苦痛に顔を歪ませ大声を上げた。
「失礼致しました。何か踏んでしまったようですが、もしかして、足、でしょうか?」
声のした方に顔を向け、ナァセは無感情で訊ねた。
「恍けないで!あなた、ワザと踏んだでしょ⁉」
痛みで涙目になりながらも、娘はナァセに突っ掛かる。
「何分“盲”ですので、ご容赦下さい。」
こちらは敵意は無いとばかりに、ナァセは微笑んで応えた。
「カーネリア様の“お気に入り”といっても何の身分も無い端た女がこのような所業、許されるワケないでしょ!」
「国王陛下のお耳に入れて差し上げましょうかしら。」
「そうよ、きっと重く恐ろしい罰を受けるわ。」
他の二人も乗っかる。が、
「どうぞ、告げ口なさって下さい。何でしたら、私もご一緒して“証言”して差し上げます。私が“態と踏んだ”ということは、貴女が私を転ばせるために“態と足を出した”という事実があるということ。そして踏まれた貴女は、淑女にはあるまじき“奇声”を発したこと。」
「な⁉奇っ…⁉」
ナァセにありのままを言われ、娘は顔を真っ赤にした。
「突然起きた事に対して出てしまう突発的な言動にこそ、人の〈本性〉が顕れるというもの…貴女の“育ち”が知れてしまいますね。」
ナァセは相変わらず穏やかな笑顔を見せているが、逆にそれが三人娘には恐ろしく思え、もはや何も言えずに立ち去った。ナァセはしばしそれを見送りながら、
「ホント、宮廷暮らしは楽じゃない…」
…どの口が言うのか。
木々や様々な花の彩りが美しい、広い中庭の小流の辺で、ナァセは長椅子に腰掛け“音”を楽しむ。
そこへ、何者かが歩み寄って来る。
「珍しいですね、ワイト公がこのような所にお一人で御出でとは。」
唐突にナァセが声を掛けたので、足音に少し戸惑いが生じる。
「よく、分かったな。」
素直に認めたセクォデス・ワイトは、残り数歩を進んで、ナァセの傍に立つ。
「“衛士団長”殿ともなれば、お召物の重みも違うようですが、一番はお腰の…剣、でしょうか?独特な物のようですので。」
指摘されて、セクォデスは剣の柄頭に手を置き一瞥した。
「確かに。父から受け継いだ、我が家の家宝だからな。」
「…先刻は、申し訳ございませんでした。大変無礼な物言いを…」
腰掛けたまま、ナァセは頭を下げた。
「構わぬさ。おかげで、あれ以上陛下の“御小言”を聞かされずに済んだのだ。本心でないことも、分かっている。そうであろう?」
「…買い被りです。」
ナァセは微笑んで返す。
「時に…其方が宮中で暮らすようになって半年以上は経つと思うが、独りの時は中庭で過ごすことが多いようだな。」
「…この宮廷のあちこちにある“魔法の施された”様々な物は、見る人々を楽しませるのでしょうが…」
「済まぬ、愚問だったな。」
「いえ。そんな中で、ここは故郷に似て、心が和みます。」
「故郷?“旅の芸師一座”と聞いたが…?」
「幼い頃は、小さな島に住んでおりました。」
「そうであったか。」
「はい。それより、ワイト公、勘違いでしたら申し訳ありませんが…“血”が、少々匂います。」
一瞬、セクォデスは言葉を失った。
「…“見えぬ”代わりに利くのは、耳だけではないか……あの場は陛下の御機嫌も一時直られたようだが、やはり何かしらの明確な処罰が為されなければ、お気も治まらぬというのでな…」
鞘に収まったままの剣の柄を、セクォデスは強く握る。
「賊の侵入を許したとして哨兵2名、討ち漏らしたとして射手1名、処刑せざるを得なかった……我が手で一思いに斬ってやったのがせめてもの情けとはいえ、前途ある若者の命を無駄に奪ってしまうのは、どうにも遣る瀬が無い…」
「…カルデゥン王は、『魔力を持たざる者』の命や存在そのものを軽んじる嫌いがあるようですが、特に貴方に対する当たりは一際厳しいように思えます。」
「…で、あろうな。まだ半年ほどということは、其方はまだ、私の妹と甥に会ったことは無いな?」
「…いらっしゃるということも、今・初めて知りました。」
「宮中で話題にする者など、いないだろうからな。妹のロザリアは、百年以上ぶりとなる第5王妃だ。」
「王妃…ということは、甥御さんはつまり…でも、そういえば、“王子”や“お世継ぎ”の事など、宮中では一度も耳にしたことが無いのですが…」
「…『待望の“男児”ではあったが、魔力を持たぬ“出来損ない”であった』…簡単に言えば、そういう事だ。失望は甚だしいが、体裁のために離縁はせず、しかし王宮に住まうことも『ラプセンヴァレス』を名乗ることも許してはいない…」
「ですが、先程の仰り様ですと、王宮に見えることもある、ということですか?」
「…ふむ、少々長話が過ぎるか…」
セクォデスは突然話を切り上げた。二人のことには気付いていないようだが、中庭の近くを人が通りかかったのだ。
「こんな所で怠けていては、また陛下に何を言われるか…」
「心中、お察しします。」
立ち去りかけたセクォデスは、ナァセの“無難な”挨拶で一旦止まり、
「…もし、気になるなら、姫に話を聞いてみるといい。」
それだけ言って、改めて去った。
再び心和らぐ音に包まれるナァセだが、それも束の間、
「…気配を殺して“盲”の娘に近付くのは、良い趣味とは思えませんが…」
2人目の来訪者に、またも唐突に声を掛けた。
「君には有効じゃないのは承知の上だけど…まぁ、悪趣味には変わりないか。」
その者は特に動揺することなく、そのまま足を進めて、ナァセの隣に一応断ってから座った。
「“外交官”殿が、何の御用ですか?デュ・ホロス卿。」
「いや・なに、“逢瀬”には誂え向きの場所とはいえ、そんな組み合わせでもないので、気になってね。」
「あぁ、そちらの用事でしたか…“二足の草鞋”というのも、大変ですね。」
「君ほどでもないと思うが…“王子”の事を知りたいのなら、私も幾らか教えてあげられるよ。」
「…いえ、それには及びません。カーネリア姫から伺えるようですので。」
「遠慮しなくても―」
「『逢瀬に誂え向きな場所』のようですので、要らぬ誤解を招いてしまいますよ。世の中には変わったご趣味の殿方もいるとか…」
再び近くを人が通りかかって、今度は二人に気付いて何やら話しているようだった。
「…そのような事は話してないみたいだけど?」
デュ・ホロス卿は聞こえているかのように言うが、
「いずれにしても、“渡り鳥”が羽を休めるのは、人の居ない時の方が宜しいかと。」
ナァセはあくまで突き放す。
「…それも一理あるけど…ヒマなおじさんの話し相手くらい、なってくれてもいいじゃないか…」
「…あまりしつこいと、嫌われますよ。」
似たような立場のはずなのに伯父とは随分異なる振舞いを見せるデュ・ホロス卿に、ナァセは少々顔を綻ばせた。
「うん、嫌われるのは本意ではないね。名残惜しいが、失礼するよ。」
漸く腰を上げて去っていく外交官に、ナァセは座ったまま一応の会釈を返す。
今度こそ、ナァセは寛ぎのひとときを取り戻した。
夜、カーネリアの寝室。
姫の足を揉み解しながら、ナァセは中庭での話をした。
「そういえば、ナァセはまだカゥノアお兄様に会っていなかったわね。」
「カゥノア…“お兄様”?」
「ん~そりゃ血縁上は“叔父”なんでしょうけど、3つしか違わないから。」
「…それなら“お兄様”ですね。」
「うん…なかなか不憫な方よ。容姿端麗だから、普通なら社交界の“花”になっていいくらいなんだけど、少なくとも王都・王宮内ではとても肩身が狭く居心地が悪そうにしてる。」
「…『魔力至上主義社会』のようですからね。」
「それはちょっと大袈裟に聞こえるけど…でも、そうね。見た目の美しさなんかもそれなりに重視はされるけど、“魔力”の方が勝っちゃうかな。だから、普段から王宮で暮らすことも“善し”としないで、お祖父様は御自分のお誕生日とか何か重大な時にしか、ロザリア義母様とカゥノアお兄様をお呼びにならないのよ。」
ナァセは一瞬、手を止める。
「どうしたの?」
「お誕生日へのご招待というのは、大分“素敵な”ことのように思いますが…」
「普通ならそうでしょうけど、お祖父様のは“悪意”しか感じないわ…あなたも、その場に居れば分かるわよ。」
「そうですか…察するに、姫は本当に“お兄様”のことが大好きなのですね。」
「ちょ…ナァセ察しすぎ!」
ナァセの唐突な発言に、カーネリアは彼女の両頬をつまむ。照れ隠しなのか、指先が熱を帯びているようにも感じる。
「申ひ訳あいまへん…」
両頬を引っ張られたまま、ナァセは詫びた。
「~っ!…可愛いから許す。」
引っ張るのをやめ、カーネリアは今度は両手で包む。
「『お誕生祭』といえば、あなたのお洋服、新調させないと、ね。」
「…はい?」
「ん?」
「…まさかとは思いますが、それは“私も同席する”というコトでしょうか?」
「当然じゃない。私の侍女なんだから。」
カーネリアは両手に少し力を入れ、ナァセの顔を挟む。
「そりゃぁ、親戚の“お婆様方”とか、普段は“北の塔”に籠って魔術の研究しかしてないような“変人”達の『好奇の眼』にあなたを晒すようなコト、したくないけど…」
⦅なかなかの毒舌…⦆
もはや馴れた事ゆえ敢えて口には出さないが、自分しか知らないであろう姫の一面を、ナァセは心中で楽しむ。
「“そんな人達”の中に独りで居るなんて、堪えられないわよ。」
冗談のようにも聞こえる内容だが、ナァセはカーネリアの“本音”だと感じ取る。
「…承知致しました。」
姫の両手を優しくとって自身の両頬から解放し、ナァセはしっかり応えた。
翌日、王都郊外の宿酒場。
元々の建物の裏手に増設された“別館”の2階露台で、ウォルナードとアドム、デァグは軽い昼食を摂っていた。
「前は船で待機してたから知らなかったけど、王都の“外”は、本当に酷いありさまだな…」
村の“現状”を眺めながら、デァグは歯痒さを覚える。
「突然別館建てても何も言ってこねぇあたり、ホント、興味無ぇんだろうよ、自分らの豊かで優雅な暮らし以外は。」
そう言ったアドム自身も、さほど興味は無さそうではある。
「…村の連中も、何て言うか…不気味、だな。こうまで放置されてたら、不満が募るとか、いっそ爆発しちまってもいいものだけど、まるで諦めてるっつうか…何をする気力も無いみたいだ…」
そこから見渡す限りでも、デァグの右目には何人もの浮浪者が目に付いた。
「直接歯向かうのは勿論、王都に献上される作物なんかにこっそり手を出すだけでも、その末路がどんなものか、とっくの昔に思い知らされてる。若者に勝手をされて逬りを喰らうのも御免だから、しっかり言い伝えられてもいるようだしな。」
ウォルナードは、王都のみならず、周囲の情況を調べることも怠らない。
「海に近けりゃ魚も食えるだろうが、内陸は、王都に遣れない“出来損ない”で食い繋いでるようだな。」
喋りながらアドムが齧りつく魚の干物を含め、ウォルナード達は基本、シァルカ号からの補給で賄っている。
「それが出来れば上々、儘ならぬことも、珍しくはない。」
ウォルナードの視線の先には、部分的ではあるが瘦せた土地もある。
「任務中に下手な手出しはできないのは、分かっちゃいるけど…」
デァグは遣る瀬の無さを覚えるばかりだった。
そこへ、王都の方からオゥクルが飛んできた。
腕に停まったオゥクルの脚からデァグは“紙切れ”を取り、開いて読む。
「カーラナからだ。」
ウォルナードとアドムは、既に聞く姿勢。
『王の生誕祭、ナァセ、出席決定』
短いが、十分な情報だ。
「マジか⁉そりゃまたとない“好機”じゃねーか!」
「“姫のお付き”になった時点で、決まったも同然だ。だから、そのつもりで準備してきたんだ。」
ウォルナードは“当然の帰結”とばかりに、すんなり受け入れる。
「まだある…『王子の出席も濃厚』…だと。」
「…決まりだな。ゼノに、当日の“警備状況”をいじらせろ。」
「了ぉ解。」
デァグは同様の紙に必要事項を記入し、オゥクルの脚に付け、放った。
カルデゥン王生誕祭前日。
いつものように中庭の川辺で寛ぐナァセは、『蛍石の指輪』を運んできてくれたオゥクルと少し触れ合う。
オゥクルが何者かを威嚇するように鳴くと、
「珍しいな、こんな所に鷹が来るなんて。」
後方から若い男の声がした。ナァセはオゥクルを優しく放ち、
「私は何度か会っておりますが…寧ろ、貴方の方が私にとっては“珍客”です。初めてお会いするようですが…?」
飛んでいくオゥクルを見送るように空の方を向いたまま、その者に話し掛ける。
「伯父上の言った通り、本当に驚かないんだね。大分気配を消したつもりなんだけどな…」
「承知の上で為さるなんて、実に立派な心掛けであらせられますね、カゥノア王子。」
「…知ってて敢えてそう呼ぶなんて、君もなかなかだと思うよ。」
皮肉の応酬のようだが、どちらも口調に棘は含んでいない。
「えっと…そういえば、名前は聞いてなかったな…」
そこで初めて、ナァセはカゥノアの方を向いた。当然ながら目は合わないが、真っ直ぐ向いて呆れているのは伝わる。
「ナァセ、と申します。」
「ナァセ…隣、いいかな?」
言葉の代わりに衣の裾を寄せることでナァセは許可を示し、カゥノアは礼を言って腰掛けた。
「…居心地が悪そうと伺っていたので、明日1日だけお見えになるものとばかり思っておりましたが…」
「そのつもりだったけどね。伯父上から君の話を聞いて、ちょっと会ってみたくなったんだ。」
「…私のような者に興味を持たれるなど、随分物好きでいらっしゃいますね…」
「そうかな?実際に会ってみて思ったけど、僕から見れば、君は王宮に住む誰よりも気品がある。それに、目の見えない事を含めても、君はとても…」
カゥノアは、しばしナァセをじっと見つめる。見蕩れてしまっていたことに気付き、瞬時に体温の上昇を覚えたカゥノアは、何故だか勝手に気まずくなる。
「どうなさったのですか?」
単純に言葉が途切れたことを変に思ったナァセだが、
「…へ?あ・や、別にっ…!」
妙に慌ててしまうカゥノア。
「え、と…小さな島で生まれ育った、って聞いたけど、本当?実は何処かの王侯貴族の姫君やご令嬢ってことは…」
「いえ、私の知る限り、ただの“島娘”でしたが…何故ですか?」
「…姫君の侍女として相応の格好をしたところで、所作や言動に“育ち”が見えてしまうものだけど、君には違和感が無いというか…たぶん、カーネリアと二人で並んでも“姫と侍女”じゃなくて“姫二人”に見えてるよ。」
⦅…案外、鋭いのかも…⦆
などと思ったナァセは、
「…どのように見えているかは別としても、『何処かの姫君』という“可能性”は、否定しきれないかもしれません…私の住んでいた群島では、『何処かに、亡国の逃げ延びた王族がいるらしい』という噂を、聞いたことがあります。」
少し真実を語ってみた。
「亡国の王族…その群島って、ベルカ諸島かい?」
「さて…名も無き島でしたし、出てからは様々な地を廻りましたので…」
「そうか…」
カゥノアの声色が僅かに沈んだようにも感じる。
「歴史書とかで学んだのだけど…今は島全域がモルトーヴェルの領地だけど、150年以上前まで、西部には別の国があったらしい。島の南西の、大陸から伸びてる半島も、北半分くらいはこの国の領土だけど、同じように…父によって滅ぼされた王国があったと…」
「それはつまり、私が“亡国の王族の末裔”だったとして、カルデゥン王は〈仇〉であるかもしれない、と仰りたいのですか?」
カゥノアは目を丸くする。自分は言い淀んだその“可能性”を、ナァセはあっさりと口にした。
「もしかしたら、そうなのかもしれませんが、申し上げた通り、私はその“事実”を存じ上げません。それに、仰った通り、私や貴方の生まれる随分昔の話…少なくともそのような事で、私が貴方を嫌ったり、まして憎んだりなど、致しませんよ。」
「―っ!」
ナァセは優しく微笑みかけるが、カゥノアは一瞬心臓が止まったようにも感じた。見透かされているようで心が落ち着かないが、なんとか平静を装う。
「君は…肉体的に“視えない”分、誰よりも色んな事が“察えて”いるんだな…」
「…ええ。今、貴方がどんな表情をなさっているのか、視えなくて残念です。」
ナァセは少し意地悪っぽく言い、
「それが救いだよ。」
カゥノアはバツが悪そうに頭を掻いた。




