第2章 5:蛍石の指輪
エィギア海北東部、港町ヴァーラナを見下ろせる高台。
「キレイな町…」
生まれて初めて見るその景観に、ナァセは感嘆する。
「交易の中心じゃないから港としては大きくないけど、この景色と“温泉”目当ての旅人は、よく集まる町だよ。」
「船も、湖で見たのよりずっと大きいね。もしかして、あれに乗ってくの?」
カーラナの説明を聞いたナァセは、ちょうど海をこちらに向かっている帆船を指差す。
「いや、あれは…見ない船だな。」
まだ遠いのでカーラナは目を凝らすが、見覚えはないようだ。
「髑髏の黒旗…海賊じゃねぇか。」
愛鷹オゥクルの眼で見ていたデァグが、そう告げた。
「カイゾク?」
ナァセには初単語なので、
「交易船や港から掠奪する、海の“賊”ってことだ。」
カーラナ姉さんが教えてくれた。
「そんなのもいるんだ…で、あれには乗って行かないの?」
「や、だからな…」
何を聞いていたんだと言いたげなデァグだが、
「なるほど、それも一興…」
ウォルナードはナァセの意向を察したようだ。
「船長の言った通りだ!ホントに元通りになってやがるぜ!」
海賊達は港町の様子を見て興奮している。
「なるべく“殺し”はせずに、貰うモンだけ適度に貰やぁ、奴等ぁすぐに活気を取り戻す。その上、危機感もそこまで持たねぇから、警備の増強も特に無ぇ…そこをまた“お邪魔”してやる、ってぇ寸法だ。も1回ぐらいイケるかもしれねぇから、オマエ等ァ!首尾よくやれぃっ!!」
船長に煽られ、船員達は鯨波の声を揚げ、小舟に乗り込み浜を目指す。
浜辺で散歩や日光浴をしていた旅人や地元民、漁師などが、海賊の来襲に気付き、逃げ惑う。
とにかく浜辺から離れようと必死で駆ける人々の多い中、立って待ち構える者が数名見られる。
「何だぁ、自警隊か何かかぁ⁉」
「向かってくるってぇなら構やしねぇ!叩っ斬ってやれぁっ!!」
船長は迷わず許可を下した。
「オイ、いい女がいるぜぇっ!そいつぁ“夜の相手”に生かしとけぇ!」
馬鹿な声も上がる。
「遠慮するなよ。相手なら、今してやるよ。」
カーラナは態と艶っぽく応えた。
5分と掛からず、海賊達は悉く浜辺に寝転がる。
「オィオィオィオィ何だってんだ、デタラメに強ぇじゃねーか…」
船上で成り行きを見ていた船長は、驚くほかない。
「おいオマエ等、船を出せ。」
小声で、後ろにいるはずの船員達に命令するが、返事が無い。
「ん?」
振り向いてみると、彼等もまた伸されていた。少女が1人、剣を構えて立っている。
「…は?」
すぐには状況が飲み込めないでいたが、
「…マジか…」
それ以外に考えられない。
「ちょっと“腕試し”してみたいの。勝負してみない?」
ナァセは、そんな事を申し出た。
「あなたが勝ったら、逃げてもいいよ。でも、わたしが勝ったら、この船、もらうね。」
「はぃ…?」
船長はまだ少々混乱中のようだ。
「アイツ、勝手な事を…」
アドムは呆れるが、特に心配もしていない。
「公平に戦うために忠告してやるが、部下達の実力から察するに、今のその娘は貴様と“いい勝負”だろう。だが、勝ちたければすぐに決めろ。長引くほど、その娘は成長し、すぐにも貴様を上回る。」
ウォルナードは態々親切心を見せてやった。
「どうする?」
日常の些細な決断を友人に求めるように、ナァセは船長に確認する。
「…やるしかねぇだろ。」
溜め息をついてから、船長は剣を抜いた。
ナァセにとっては慣れない船の上の戦いなので、最初は明らかな“劣勢”だったが、数分で“互角”となり、また数分経つと優劣が逆転した。船長もすぐに諦めはしなかったが、それでも開始から10分と掛からず、勝負はついた。
やや下から喉元に突き付けられた剣に動きを封じられ、船長は両手を挙げて剣を手放し、
「まいった、降参だ。」
言葉でも負けを告げた。いつの間にか浜から少し離れて見物していた群衆から、感声や喚声や歓声が上がる。
「じゃ、とりあえず、船、港に着けるね。」
ナァセは舷に立ち、空中を撫でるように手を動かすと、船が動き始めた。
「《ヰンヌ》…いや、《精霊術》…か?」
十歳にも満たない少女がそれを使うことには驚くが、船長はその《力》には思い当たるようだ。
「そんな“力”があるのに、さっきは剣だけで勝負してたのか…」
「…そうでもないよ。小刀ならともかく、剣なんてわたしにはまだ重いから、軽くしてた。」
船と港の距離に注意しながら、ナァセは正直に言った。
「グァッハッハッ!変わんねーよ!」
剣の腕で負けたのは事実だった。
適度に負傷させた海賊達をウォルナード達が船内に拘束している間、カーラナとナァセは町で買い物。
「おう、カーラナ!とりあえず、いつものヤツか?」
青果店に近付くと、店主が声を掛けた。
「ああ、いつものヤツを…いつもの3倍はいるか…」
船の方を振り向いて、カーラナは思案する。
「大所帯になっちまったな。ホントにアイツら全員、連れてくのか?」
「帝都までは、な。何人かは船動かすのに働いてもらうから、それなりに食わせてやる必要があるし。」
「まあ、町を救ってもらったんだし、アンタらに任せる他ないからな…だが、すぐに用意できるのは精々“倍”までだな。あとは材料で持ってくか?作り方は分かるんだろ?」
「ああ、それでいいよ。」
代金だけ先に支払って、二人は青果店を後にした。
暫く歩いて、宝石・装飾品店が目に入ったので、立ち寄る。
「この間は“動きやすい服”しか買えなかったけど、やっぱ女の子はお洒落しないと、ね。」
カーラナは楽しそうに目を輝かせるが、
「いいよ、わたしは、そういうの…」
ナァセは遠慮気味。
「うん、アンタがどう思うかは関係無い。アタシらと一緒に来るってなると、“色んな人間を演じる”ことになるから、コレは“必要な事”。」
カーラナは尤もらしい事を言うが、最後にニタッと笑う辺り、妙に“こじつけ”っぽい。
「いらっしゃい。」
「テセロさん、久しぶり。」
ここも“馴染み”のようで、奥から出てきた店主にカーラナは気軽に挨拶するが、彼女を見たテセロは表情を強張らせる。
「あんたか…悪いが、今回は遠慮してくれ。」
「遠慮しろって…どうしたのさ?」
「…町を救ってくれたことには感謝するよ。けどな、前の襲撃で、私は奴等に妻と娘を殺されたんだ。どんな事情かは知らないが、奴等を生かしておくあんた達に、今回は何も売る気にはなれんよ。」
「…そっか、邪魔したな。」
理由を聞いて、カーラナは素直に引き下がる。が、
「あの、ゴメンなさい!それ、わたしのせいなんです!」
ナァセが深々と頭を下げた。突然のことに、テセロはただ目を丸くする。
「それは、違う。アンタは何も悪くない。」
「…どういう事だね?」
事情の飲み込めないテセロだが、徒事ではなさそうなのは感じ取った。
少し考えてから、カーラナは話し始める。
「いつものようにモルトーヴェルに寄ってきたんだけど、そこで『ウォルの故郷が襲撃されるかもしれない』って噂を耳にして、襲撃は実際にあった。アタシらが着いた頃にはもう手遅れで、ウォルの両親、妹とその旦那は既に亡くなってて、姪であるこの娘も危ない状態だったけど奇跡的に助かったから、引き取って、差し当たり帝都まで連れてくところなんだ。で、そんな事があったから、少なくとも帝都までの道中、この娘には『血を見せないようにする』っていうウォルの配慮でね。だから…」
カーラナは今度はナァセに向き合い、
「アンタのためにやってることであって、決してアンタの所為なんかじゃない。」
腰を落としてナァセと目線の高さを同じくし、真っ直ぐ目を見て、諭す。ナァセは少し俯き、軽く頷いた。
「…済まない。辛い事を思い出させたね…」
数秒の沈黙の後、
「少し、待っててくれないか?」
テセロは店の奥へ下がり、すぐに戻ってきた。
「私の気持ちも曲げられないから、今回は店の物を売ることはできないが、君にはコレをあげたい。」
淡い黄色の小さな石の付いた指輪を、ナァセに差し出す。
「キレイ…」
差し出されたのでとりあえず受け取ったナァセは、手の上で改めてよく見てみる。銀色の地に、細い金色の線が不規則に波打っている。
「『蛍石』の指輪…妻の形見だよ。」
そう聞いて、ナァセの思考が一瞬停止した。
「―っそんな大切な物、もらえないですっ!」
慌てて突き返そうとするが、
「ただ“置いておく”なんて無意味なんだ。指輪は、誰かの指にはめられてこそ、価値を成す。」
そう言いながら、テセロは指輪をナァセの左親指にはめようとする。
「…とはいえ、まだ少し大きいか…」
少し思案してから、紐を通して“首飾り”にして、ナァセの首に掛けた。
「指に合うようになるまでは、これでいいね。」
「…ありがとう、ございます。」
そこまでしてもらったので、流石にナァセは受け取った。
改めて指輪に触れた時、小さな光の粒が現れてナァセの周りを飛び回る。
「これ…もしかして、この指輪の…っていうより、この“石”に宿ってる『精霊』?」
「…何が?」
カーラナは訝しむ。
「何って、この“蛍”みたいなコ…」
ナァセは光の粒を右掌にのせるようにして見せるが、それでもカーラナは首を傾げる。
「“蛍”…娘も確か、そんな事を言っていたような…私や妻には見えなかったから、あまり本気にはしてなかったんだが…そうか、本当に…」
当時の事を思い出してか、テセロは目頭を熱くする。
「娘さんは、このコのこと、何て呼んでたんですか?」
「うん?…いや、特に名前を付けたりはしてなかったと思うが…」
「そっか…じゃぁ、娘さんは、何て名前なんですか?」
「?…娘は『ルッキア』だが…」
「このコのこと、そう呼んでもいいですか…?」
思ってもみなかった申し出に、テセロは目を丸くするが、
「ああ、君が良ければ、そうしてやってくれ。」
すぐに快諾した。
「ありがとうございます。じゃぁ、よろしくね、『ルッキア』。」
掌の上の小さな光にナァセが呼び掛けると、輝きが少し強さを増した。それには、カーラナとテセロも反応し、お互いにその事に気付き、
「…見えた?」
「…みたいだね。」
顔を見合わせて確認した。
出港準備の進んでいる海賊船に戻った時、ウォルナードが「ルッキア」の存在に気付いたので、事の次第を話した。
「話には聞いたことがある。本来“個体名”が無く総じて『七曜』と同様に呼ぶ“下級精霊”が、『名』を得ることで強さを増すことがある、と。名を付ければ必ずなる、というわけでもないようだが、もしなれば、その後は術者の実力に合わせて成長もするとか、な。」
「…なんか、意外とスゴイ物もらっちゃった…」
ウォルナードの話を聞いて、改めてナァセは『蛍石』の指輪を見つめた。
翌日には、ヴァーラナを発った。
航海中は、広めの甲板でナァセに戦い方の指南もでき、時にナァセの『風』で船足を早めたりもした。
◇
10日後、ロムルの帝都に入港。
海賊達の事は男どもに任せて、カーラナとナァセは宿へ向かった。入港前から見えてはいたが、あちらもこちらも大きな建物ばかり。街中に入ると、その大きさに圧倒され、様々な意匠が目を惹く。街並みもよく整備されていて、ナァセは驚き疲れるほどだ。当然、宿も、それまで泊まったどの宿よりも立派で、内装も美しく、心躍る。
一方、ウォルナードは報告のために皇帝に謁見する。
「梃子摺っているようだな。流石は『聖地』と『魔法王国』、一筋縄ではいかないか。」
「申し訳ございません。ですが、代わりに《希望》を見つけて参りました。」
「…ほう…」
「モルトーヴェルで報告を聞いた折、私の故郷の襲撃の話を耳にしまして、誠に勝手ではございましたが、ベルカ諸島へ寄って参りました。唯一、姪だけが辛うじて生き残っておりましたので、連れて帰った次第ではありますが…」
「“姪”ということは、其方の血筋も流れている、ということか…」
「それ“以上”にございます。あの娘には『天賦の才』があるようです。教えた事の飲み込みの早さは勿論、一度見た大抵の事はすぐに体現してしまう上に、独創性も高い…実戦にでも放り込めば、瞬く間に実力を上げてしまうでしょう。」
「…それが事実なら、かなりの逸材だな。」
「間違いなく。そして、もう1つ…誠に申し訳ありませんが、まだ陛下にお伝えしていない事がございます。私のかつての“主”、あの娘の“父方の祖父”は、亡国『レゥオン』の“第3王子”なのです。」
「…“第3王子”、だと…?」
ナァセの話にもそれなりに興味を示していた皇帝が、より一層関心を高める。ウォルナードは、レゥオン王国滅亡からナァセ誕生までの経緯を簡潔に話した。
「あの娘はまだ“その事実”を知りません。が、時期が来たら話すつもりではおります。」
「なるほど…では、先ず『聖地』の方を片付けよ。無論、その姪も連れて行くがよい。その結果次第で、其方を再び『魔法王国』の任に就かせよう。」
「承知致しました。」
ウォルナードは深々と頭を下げる。
「あぁそれと、海賊どもは其方の好きにするがよい。そろそろ、専属の船を持つのも良いであろう。」
「…では、そのように。」
晴れて、ルクァン・ガルハレォス船長の海賊船「シァルカ号」は、船員達も含め、“朱影”の専属船となった。




