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無能魔女の甘すぎる誤算 ~成り行きで助けた最強魔術師様が熱烈に求愛してくるのですが~  作者: 三沢ケイ


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1.出会い(4)

 リディアはサイドボードに置いた財布の中をもう一度確認する。残るお金は130キャラットだ。そこから、100キャラットを手に取った。


「はい、これ」


 硬貨を差し出された男は不思議そうにそれとリディアの顔を見比べる。


「もう傷の手当もしたし、拘束用の首輪も外したし、靴と洋服も買ってあげたわ。あなたは自由よ」


 男は黙ったままだ。その黒い瞳からは、何の感情も読み取れなかった。


「あなた、自由よ」


 リディアは重ねて言う。


「好きなところへ行きなさい」


 差し出されたままの硬貨を見つめていた男は、しばらくしてからおもむろに口を開く。


「……行くあてがない」

「好きな場所に行けばいいのよ。行ってみたい場所、ひとつくらいあるでしょ?」

「ない。ずっと屋敷の地下にいたから」


 リディアはひゅっと息を呑む。一体この男は、どんな仕打ちを受けながら生きてきたのだろうか。想像するだけで、胸が痛んだ。


「どうやってひとりで生きていけばいいか、わからない」


 その言葉は、あまりにも淡々としていた。

 返す言葉がみつからず、リディアは言葉に詰まる。


「……そう」


 ふたりの間に沈黙が訪れる。


(どうしよう。追い出す? でも、そんなことしたらこの人、行き倒れになって死んじゃうかも)


 本当に厄介な男を買ってしまった。けれど、彼を買うと判断して行動したのはリディア自身なのだ。

 リディアは覚悟を決め、深いため息をつく。


「……仕方ないわね」


 リディアは覚悟を決める。


「しばらく、ここにいなさい。自分で生きるすべを身に付けるまで」


 親から勘当されて実家を追い出されたとき、リディアには支援して生きるすべを教えてくれる人がいた。けれど、彼には誰もいないのだ。

 ならば、責任をもって彼に生きるすべを教えるのは自分の役目だと思った。


「いいのか?」

「いいも何も、あなたを放り出して野垂れ死にされたら寝覚めが悪いもの」


 リディアはふうっと息を吐く。


「そうと決まれば、名前が必要ね。本当に名前はないの?」

「……十八番」

「だから、それは名前じゃないわ!」


 リディアはこめかみを抑える。


「商品番号なんでしょうけど……人に番号をつけるなんて、本当に最低ね」


 奴隷商に対して、改めて嫌悪感を覚えた。


「じゃあ、私がつける。それでいい?」


 男はこくりと頷く。


「そうだなあ……」


 どんな名前がいいだろうか。

 一般的に、名前は親が子供に贈る最初のプレゼントだと言われる。多くの親はわが子が幸せな人生を歩めるようにと願いを込めて、名前を考えるのだ。


「レイ」

「……レイ?」

「ええ。光の筋って意味」


 リディアは彼をまっすぐ見つめる。


「あなたは一人の人間なの。だから、名前くらい、ちゃんとしたのを持たないと。あなたの生きる道が、光の筋のようにまっすぐで輝いたものでありますようにって願いを込めたわ」


 にこりと微笑むと、男改めレイは、自分の名前を反芻するようにもう一度呟いた。


「……レイ」

「どう? 気に入った?」

「ああ、とても」


 レイは嬉しそうに微笑む。その笑顔がとても可愛く見えた。


(なんか可愛い。年が離れた弟がいたらこんな感じなのかしら?)


 リディアには残念ながら兄しかいなかったので、新鮮に感じる。


「……ありがとう。ご主人様、俺は何をすればいい」

「んん?」


 聞き捨てならない台詞が聞こえ、リディアは眉をひそめる。


「その呼び方はやめて。私はご主人様じゃないし、あなたに何かしてほしいとも思っていないわ」

「でも、俺のことを買っただろ」

「だからって、そういう関係じゃないわよ。私たちは対等なの」


 リディアはきっぱりと言い切る。

 レイをフォシニにしたり、召使にしたくて買ったわけじゃない。そのことだけはしっかりと理解してほしかった。


「じゃあ、なんて呼べばいい?」


 レイは、少しだけ困ったように言う。


「私の名前はリディアよ」

「リディア」

「そう。リディアって呼んで」

「……うん」


 素直に頷く姿が、やっぱりかわいく見える。

 リディアは思わずレイの黒髪に手を伸ばし、頭をなでる。

 その瞬間、レイの目が驚いたように大きく見開かれた。


「あ、ごめん!」


 リディアは慌てて手を引く。

 いくら弟のように見えたからと言って、(おそらく)成人男性に対してする行動ではなかったと反省する。


「いいよ」


 レイは微笑むと、リディアの手首を掴んで自分の頬に寄せた。その仕草に、ドキッとする。


「リディア……俺のこと、捨てないでね」


 その声は静かだけれいど、どこか懇願のようにも聞こえた。


(ずっとフォシニとして生きてきたから、きっと色々不安なのね)


 胸が痛む。リディアは柔らかく笑う。


「捨てないわよ」


 彼を安心させるように、できるだけ優しく。


「少なくともあなたが自分で歩けるようになるまでは、一緒にいてあげる」

「うん」

「そうだ。何もしてほしいことはないって言ったけど、ひとつあるわ。これからは、のびのびと生きること!」

「のびのびと?」

「そう。あなたは自由なの。これからは周囲に委縮する必要も、私の機嫌を窺う必要もない。自分のやりたいように生きるの。わかった?」

「……うん」


 レイが頷いたので、リディアは「よし」と言って微笑む。

 こうしてリディアとレイの奇妙な同居生活が始まったのだった。


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