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無能魔女の甘すぎる誤算 ~成り行きで助けた最強魔術師様が熱烈に求愛してくるのですが~  作者: 三沢ケイ


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3/6

1.出会い(3)

リディアは結局、男のために新しい靴を買ってそれを履かせ、さらに服を買ってから彼を自宅に連れて帰った。


「ここが私の家。入って」


 古いアパートの一室のドアを開ける。男は無言でうなずくと、おとなしく室内へ入った。


(今日だけで230キャラットも使ってる。うー)


 財布の中を見ると、随分と心もとない額しか残っていなかった。

 それもそのはず、230キャラットと言うとリディアの一か月分の生活費とほぼ同じだ。リディアは部屋の中で物珍しそうに周囲を見回男を見る。


(人助けだし、致し方なし!)


 この出費は正直痛かったけれど、後悔はない。むしろ、あの場で見て見ぬふりをしていたら、ずっとそのことを気にして後悔したはずだ。


「ここは安全だから、楽にして」


 部屋の中央で立ちっぱなしの男にリディアは声をかける。


「あなた怪我しているわよね。手当てするから脱いでくれる?」


 リディアはサイドボードを開け、特製の調合薬の在庫を確認する。薬を納品したばかりだけれど、瓶に入りきらなかった余りが残っているのだ。


(えっと、傷薬はこれね。あとは挫傷の薬と、栄養剤もいるかしら)


 作業する背後で、男が服を脱ぐ衣擦れの音が微かにした。


「準備できた? じゃあ傷を──」


 リディアはくるりと振り返る。そして、男の姿を見てギョッとした。


「きゃーっ! 何やってるの? なんでそんな格好しているの⁉」


 思わず両目を自分の手で覆う。

 リディアの見間違えでなければ、男は一糸纏わぬ全裸だった。


「脱げと命じられたので脱いだ」

「全部脱げだなんて言っていないわよ! 傷口が見えるようにすればいいの! とにかく服を着て!」


 強い調子で言うと、男が服を着始める。後ろを向くと、再び背後から服を着る衣擦れの音が微かに聞こえてきた。


(従順なのはいいけど、従順過ぎない? 大丈夫なのこの子⁉)


 年齢はわからないが、少なくとも27歳のリディアよりは年下に見えた。おそらく22、3歳くらいだろうか。だが、仕草や行動からはもっと年下のようにも思える。


 しばらくすると、「着れた」と声がした。恐る恐る目を覆う手をどけると、男は上半身だけ脱いで下半身はズボンをはいた状態になっていた。

 リディアが買ってあげたばかりのズボンは、少し丈が短くくるぶしまで足が出ている。足が長くて羨ましい限りだ。


「じゃあ、早速傷の状態を──」


 彼に近づいたリディアはそう言いかけて、ひゅっと息を呑む。


(これって、フォシニの印紋? それに、こんなに鞭打ちのあとがあるなんて)


 彼の脇腹部分には、円形の痣のような印が付いていた。父であるグリーン子爵のフォシニにもついていたので、間違いないだろう。

 フォシニの印紋とは、魔法使いが自分のフォシニから魔力を奪うための契約を結ぶ際に付ける印だ。つまり、この男はフォシニとして奴隷商に売られる前も、誰かのフォシニとして生きていたということだ。


(この人もジェイみたいに、まだ小さな子供のころからフォシニとして生きていたのかしら?)


 男の体には、リディアが破れた服の隙間から見た痣の他にも無数の傷があった。完全に傷口が塞がったものの皮膚に痕だけが残った古いものから、まだかさぶたにもなっていない新しい傷まで様々だ。

 

「……酷い。痛かったでしょう」


 リディアは男の前に座り込むと、傷の手当てを始める。

 塗り薬を手に取り患部に触れると、男の体がびくんと揺れた。


「この薬、よく効くから安心して。私の手作りなの」

「あんた、薬屋なのか?」

「ええ、そうよ」

「ひとり暮らし?」

「ええ」


 リディアは頷く。

 二十二歳の時に親から勘当されて以来、薬屋として生計を立て始めて早五年がたった。勘当の原因は、一人前の魔法使いとしてフォシニを持つようにと命じる父──グリーン子爵に対して、リディアが反発したからだ。


 この国で魔法使いの素養を持つ人間はわずか1割に留まり、その中でも自分自身が潤沢な魔力を持つものはほとんどいない。いくら魔法使いの素養があっても、魔力がなければ魔法は使いこなせない。だからこそグリーン子爵はリディアにフォシニを持つようにと強く迫った。

 そして、遂には痺れを切らし、フォシニを持たないならば家から勘当すると言われたのだ。

 グリーン子爵家は貴族の中でも優れた魔法使いを輩出することで有名な名家。父にとって、娘がフォシニを持たず魔法のつかえない『無能魔女』であることは許せなかったのだろう。


 結果としてリディアはグリーン子爵家から追い出され、今は薬屋として細々と暮らしている。植物から摂取できるわずかな魔力を頼りに魔法を練りながら調合するリディアの薬の評判は上々で、ありがたいことによく売れている。


 薬を塗り終えると、清潔な包帯やガーゼで患部を覆った。


「はい。出来たわよ。これを着て」


 リディアは今日買ったばっかりの服を男に差し出す。

 男はそれをじっと見つめた。


「どうしたの? デザインが気に入らなかった?」

「フォシニの契約はしないのか? あんた、魔法使いだろ? 薬から魔力を感じる」


 それを聞いて、意外に思った。リディアの魔力は本当に微々たるものしかないので、これを感じ取れるなんて、と驚いたのだ。


「しないわ。私にフォシニはいらない」

「……どうして」


 かすれた声で男が聞き返す。


「どうして、俺を買った?」


 リディアは少し考えてから、答える。


「放っておけなかったから」


 放っておけない。それ以上でも、それ以下でもなかった。

 気づいた時には、札を上げていたのだから。


「変な奴……」

「なんですって? 服、いらないならあげないわよ」

「いる」


 男は首を横に振る。


「じゃあ、早く着て」


 リディアは男に上着を被せた。男はそれを着ると、リディアを見つめる。


「変な奴だけど、嫌いじゃない」


 ほんの少しだけ、男の口角が上がる。


「それはどうもありがとう」


 初めて見せる男の笑顔に、リディアも微笑んだ。



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