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無能魔女の甘すぎる誤算 ~成り行きで助けた最強魔術師様が熱烈に求愛してくるのですが~  作者: 三沢ケイ


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1.出会い(2)

 その日、リディア・グリーンは日課となる薬草の納品を終えて、町の裏通りを足早に歩いていた。

 この辺は王都でもあまり治安がよくない。麻薬の密売人や無許可の奴隷商が蔓延ってる。


「あの薬屋さん、場所がもっと良ければ申し分ないんだけどなぁ」


 リディアは足を止めずにひとりぼやく。

 陽の当たらない石畳には苔が蒸しており、辺りを湿った空気が覆っていた。すんと鼻腔を掠めるのは、腐った残飯や汚物の悪臭だ。


「ん?」


 ふと、遠くからがやがやと喧騒が聞こえてきて足を止める。


「もしかして──」


 リディアは喧騒のほうに向かい、半円状に広がった人垣の隙間からその中心部を覗き込む。案の上、そこには首輪を付けられた人間が立たされていた。


「……また、やってるのね」


 鎖を持って立っているのは、いかにも柄が悪そうな中年の男だ。そして、その鎖は若い男の首に嵌められた首輪に繋がっていた。


「どうだ。まだ若いからたっぷり搾り取れるぜ?」


 奴隷商の男は何本か欠けた歯をむき出しにして、ぐへへと嫌らしい笑いを漏らす。ぐいっと首輪を引かれ、売り物の男が苦しげに呻き声を漏らした。そこらじゅうが破れた衣服の合間から見える肌には、新しくない痣が複数あるのが見えた。


(なんてひどいことを)


 リディアはぎゅっとこぶしを握る。



 この国には、奴隷制度がある。

 フォシニと呼ばれる彼らは多くの魔力を有しており、主人となる魔法使いが使うための魔力を捧げる、いわば『魔力供給人』だ。

 魔法使いはフォシニを持つことで自身の魔力不足を気にすることなく魔法を使い続けることができ、フォシニをどう扱うかも主である魔法使いの一存で決まる。


 貴重な魔法使いたちの能力を存分に活用するために作られた制度だといえば聞こえはいいが、要は自分達も魔法使いである貴族たちが都合がいい制度を作っただけだとリディアは思っている。


(こんな非人道的な制度、間違っているわ)


 ──奴隷商を見るたびに思い出すのは、いつも優しく微笑んでくれた少年──ジェイのことだ。

 グリーン子爵家にいたジェイという少年はリディアの三つ年上で、リディアにとって最初にできた大好きなお友達だった。そんな彼は、元気だったのにある日突然帰らぬ人となった。まだ八歳だったのに。


『ジェイ! なんで! なんで!』


 冷たくなったジェイを見て取り乱すリディアとは対照的に、父であるグリーン子爵は冷めた態度だった。


『魔力が豊富だと聞いて高い金を払って買ったのに。とんだ期待外れだ』


 そのときはじめて、リディアはジェイがグリーン子爵のフォシニだったことを知った。

 そして、優れた魔法使いを輩出する名家──グリーン子爵家に生まれ、全てに満ち足りていたリディアの生活が、フォシニという犠牲者たちの元に成り立っていることを理解した。


(ジェイは、どんな気持ちで私に優しく接していたのかしら?)


 何も知らずに呑気にジェイに懐いていた自分のことを、とても恥ずかしく思った。

 彼の気持ちを考えると、今でもいたたまれない気持ちになる──。

 

「150キャラット! これ以上の値を払うやつはいないか?」


 奴隷商が大きな声を張り上げる。

 札を上げている男を見たリディアはハッとする。


(あの人、確かこの前も見かけた気が──)


 同じ男が何度かフォシニを購入しているのを見たことがある。すなわちそれは、それだけ短期間で次のフォシニが必要になるほどひどい扱いをしているということだ。


 奴隷の男に目を向ける。やせ細った体、ぼさぼさで艶のない黒髪、そして黒髪の合間から見えるのは髪と同じ黒い瞳だ。

 何にも期待を持たないようなその瞳を見たとき、再びジェイのことが脳裏に過った。


(この人も、ジェイみたいになるの?)


 何の罪もないのに、まるで物のように扱われて搾取され、使いものにならなくなったら捨てられる。あのときに感じた怒りと悲しみが、沸々とよみがえった。


「160キャラット」


 気付いたときには、札を上げていた。


「おおっ! 160が出たぞ。他の奴はどうだ?」


 奴隷商が周囲を見回す。


「170!」

「なら、私は180よ!」


 リディアは声を張り上げた。


 ・・・

 

「はい。ぴったり200キャラットよ」


 リディアは財布から硬貨を出し、奴隷商に手渡す。


「まいどあり」


 奴隷商からは、フォシニを繋いだ鎖とその鍵を手渡された。


「姉ちゃん、よっぽどこのフォシニが気に入ったんだな。200も払うなんて。まあ、俺は儲けもんだからいいけどよ。年下が好みなのか?」

「え?」

「夜の相手もさせるつもりなんだろ? たっぷり楽しみな」

「なっ!」


 リディアはようやくにやにやしている奴隷商の笑みの意味を理解して、顔を赤くする。


「違うわよ!」


 そう言い放つと、すたすたとその場から歩き始める。すると、今さっき買ったフォシニがリディアのあとを大人しく付いてきた。

 リディアはくるりと振り返る。


「あなた、名前はなんていうの?」

「十八番」

「え?」

「十八番。あいつは俺のことをそう呼んでた」


 感情の籠らない声で、男は答える。あいつというのは奴隷商のことで、十八番というのは商品番号だろう。


「そうじゃなくって、生まれたときに付けてもらった名前があるでしょう?」

「……お前」

「違くって!」


 リディアが問い返すと、男は意味が分からないと言いたげに小首を傾げた。ふと彼の足元を見ると、はだしだ。


(どうしよう。思ったよりもずっと厄介な子を買っちゃったかも)


 リディアははあっと息を吐く。


 先ほど奴隷商に受け取った鍵を男の首輪にある鍵穴に差すと、ぴたりと嵌ってかちゃりと首輪が外れた。急に軽くなった首を男は不思議そうに触っている。首輪を外すとすぐに逃げてしまうと思ったが、以外にも男は逃げるそぶりを見せなかった。


「まずは靴を買って、その傷の手当てをしましょう」


 男はこくんと頷く。


(従順なのは助かるわ)


 リディアが歩き出すと、男も歩き始めた。

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