3.レイと魔法(2)
リディアは結局、次の乗り合い馬車に乗ってレイと町に出た。馬車の座席に、リディアはレイと並んで座る。
「リディアはお金を稼いだら、何をしたいの?」
「私? 私は──」
リディアは考える。
新しい洋服を買う、いつもよりちょっとだけ高いパンを買う、美味しいレストランに行く。やりたいことはたくさんあるけれど、一番叶えたい夢は──。
「私は、自分のお店を持つことかな」
「自分のお店?」
「ええ。自分の薬屋。今は薬を卸して生計を立てているけど、いつかは自分のお店が欲しいわ」
「いいね、それ」
レイは相槌を打ちながら、目を細める。
「うん」
お店を持つ頃にはレイはリディアの元を去っているだろう。けれど、たまに顔を見せに来てくれたらいいなと思った。
「レイは何の仕事がしたい?」
「なんでもいいよ。手っ取り早くお金を稼げるやつかな」
「きちんと選ばないと、報酬が高いものは危険だったり、胡散臭かったりするのよ」
「じゃあ、リディアが選んでよ」
「ええ?」
なんという無茶ぶりだろう。
リディアはレイを見る。
彫刻みたいに整った顔立ち。すっかり肉付きがよくなりしなやかな体躯。不思議なことに黒かったはずの髪の毛はいつの間にかグレーに変わっており、瞳も青みかかったグレーだ。
「……天に与えられたものを存分に発揮するなら、接客?」
リディアは、レイほど整った見目の男性をこれまで見たことがない。女性に人気の飲食店や店舗で接客をしたら、間違いなく人気が出るだろう。
「なんだよそれ?」
「レイは綺麗な顔していて、かっこいいから。もてるものは利用したほうがいいわ」
「ふーん。リディアも俺のこと、かっこいいって思ってくれているんだ?」
顔を覗き込まれ、リディアは慌てて距離を取る。
(近い、近い!)
そんな近距離で顔を覗き込まないでほしい。なまじ顔が整っているだけに、ドキドキしてしまう。
「世間一般的に見て、そうだと思うわよ」
なんだか気恥ずかしくて、ぶっきらぼうな答えになってしまう。けれど、当のレイはとっても嬉しそうだ。
「リディアも可愛いよ」
「……それはどうも」
お世辞なのだろうが、嫌な気はしなかった。
馬車に三十分ほど乗って町に到着したリディアは、レイを連れて大通りに向かった。大通りが一番店の数が多く、求人票もたくさん出ているからだ。
「レイ。これなんてどう? すぐに体験入店できるみたいだよ」
リディアはたまたま目についた、飲食店の求人票を指さす。提示されている給与の額も悪くない。
「リディアが選んだなら、それでいいよ」
「こら。ちゃんと真剣に選んで」
「真剣だけど?」
相変わらず、レイは掴みどころのない。
「じゃあ、お店の人に声をかけてきなよ」
「リディアは?」
「私は少し寄りたいところがあるから、用事が済んだら戻ってくるわ」
「置いて帰らないでね」
「わかってる。ちゃんと待っているわ」
どこか不安げなレイをみて、リディアは困ったように微笑む。
レイはリディアに対して随分気安い態度をとるようになったけれど、まだ一緒に暮らし始めて一ケ月しか経っていない。ずっと地下室にいたのだから、勝手が違いすぎてひとりだと不安なことも多いのだろう。
「じゃあ、またあとでね」
リディアはレイに手を振ると、元来た道を歩く。
そうしてたどり着いたのは、看板もない一軒の古びた店舗だ。
「師匠、こんにちはー」
リディアはドアを開けつつ、声をかける。
店のカウンターの向こうで本を読んでいた中年男性──リディアの調薬の師匠であるシリル・ドレイクは、おもむろに顔を上げた。
「リディアか。しばらくぶりだな」
シリルは口元に笑みを浮かべる。
こげ茶色の髪を後ろで結び、リディアを見つめる目も茶色。既に年齢は四十歳近いはずだが、引き締まった体躯で年齢よりも若く快活そうに見える。いわゆる、イケオジというやつだ。
「はい。最近生活がバタバタしてて。ようやく落ち着いてきたのでご挨拶に来ました。それに、師匠に相談したいことがあって」
「相談したいこと? なんだい?」
「フォシニの刻印を消す方法って、ないですか?」
リディアの質問に、シリルは目を眇めた。
シリルは平民でありながら優れた魔法の才能を持っていたおかげで王宮魔術師にまでなった。しかし、選民思想の強い貴族社会でいわれのない差別を多々受け、また、フォシニという奴隷制度に彼もまた疑問を持ち、自らその職を辞した。
今は〝町の魔法使い〟として、なんでも屋のようなことをしている異色の経歴の持ち主だ。
そんな彼であれば、もしかしたらレイのフォシニの刻印を消すこともできるのではないかと思ったのだ。




