3.レイと魔法(1)
リディアには、日課がある。
それは……毎朝、とある飲み物を飲むこと!
朝食の後、リディアはテーブルに置いたコップを前に深呼吸した。
コップの中には深緑色のどろりとした液体が入っている。魔力を帯びた薬草を煮詰めた薬草汁だ。
フォシニを持たないリディアに、これを飲めば、ほんの少しだけ魔力を吸収できると、薬の作り方を教えてくれた師匠が教えてくれたのだ。
「……よし! 飲むわ」
リディアはぐっと気合を入れると、コップを手に持ち口元に近づける。
一気に液体を流し込んだ瞬間、口の中に何とも言えない苦みが広がった。
「にっが……! まずーい!」
思わず両手で口を押さえる。
「うー、苦い! どうしてこんなに苦いの!? 昨日より苦い気がするわ!」
本音を言うと、二度と飲みたくない味だ。
しかし、フォシニを持たないリディアにとって、植物から吸収できる僅かな魔力は、唯一の魔力供給源だ。調薬の際に魔法で効果を高めるためには、どうしてもこれを飲む必要がある。
砂糖を入れたり、はちみつを入れたりと色々試してみたものの、この特性ドリンクの味は全く良くならない。むしろ苦さが増しているように感じるのはなぜだろうか。
あまりの苦さに思わず涙目になったリディアを、向かいに座っていたレイはじっと見つめる。
「無理して飲まなければいいのに」
「無理して飲まないと、魔力が吸収できないの」
「魔力なら、俺がいくらでもあげるのに」
リディアは口直しの水をごくごくと飲み干し、トンッとコップをテーブルに置く。
「前にも言ったでしょ。私はレイをフォシニにしたくて買ったわけじゃない」
「でも、リディアがそんな顔して飲むくらいなら、俺の魔力を使ってほしい」
「駄目よ。誰かをフォシニにして魔力を奪うのは、嫌なの」
リディアは首を横に振る。
脳裏に蘇るのは、グリーン子爵に魔力を奪われすぎて力尽きたジェイのことだ。彼を失った深い悲しみは、何年たっても癒えることがない。
フォシニなんて制度、リディアは大嫌いだ。
「奪うんじゃないよ。俺があげたいんだ」
「同じことよ」
「全然違うよ」
レイは不満そうに口を尖らせる。
「それに、俺はリディアになら何を奪われたってかまわないけど」
「レイ。冗談でも、そういうことを簡単に言わないの」
「冗談じゃない。リディアのためなら、なんでもするよ」
まっすぐにリディアを見つめるレイの眼差しが真剣で、リディアは言葉を失う。
本気で言っているのだとしたら、なおさらよくない。レイはたまたま助けてくれたリディアに対して必要以上の恩を感じて、奉仕しようとしているということなのだから。
「……とにかく、駄目なものは駄目」
「頑固だなぁ」
「信念があると言って」
「ふーん。まあ、そういうところも可愛いけど」
「ふえっ⁉」
リディアの口から、思わずおかしな声が出る。急にかわいいと言われて赤くなるリディアを見て、レイは小さく笑った。
(この子、からかっているわね?)
リディアのほうが、ずっと年上のはずなのに。レイの正確な年齢がわからないから推測でしかないが、レイが年下なのは間違いないはず。
(恋愛偏差値がほぼゼロなのが、バレているのかしら?)
レイは最近、頻繁にリディアに対して「可愛い」とか「好きだよ」という。冗談で言っているとわかってはいるものの、このままずるずると居候させ続けてはリディアの心臓が持たない。
(このままじゃダメだわ……一刻も早く独り立ちしてもらわないと!)
そのためには、レイ自身にお金を稼ぐ力を身に付けさせる必要がある。
「よし、決めた!」
「何を?」
「レイ。あなた、働きなさい!」
リディアはビシッとレイの鼻先を指さす。
「働く?」
レイはぱちくりと目を瞬かせた。
「そう! いつまでも居候じゃダメよ。お金を稼ぐの!」
「……俺がお金稼いだら、リディアは嬉しい?」
「もちろんよ!」
「ふーん。じゃあ、働こうかな」
レイは拍子抜けするくらいすんなりと頷く。
「それがいいわ。そうと決まれば、早速町に求人票を見に行きましょう」
「うん」
「辻馬車の時間は──」
リディアは立ち上がり、壁に貼ってある乗合馬車の出発時間表を確認する。ここから一番近い馬車乗り場をちょうど発車したばかりのようで、次は一時間後だ。
「タイミング悪いわね。まあ、歩いて行くには遠すぎるし、仕方ないか」
「俺の魔力を使って、リディアが転移すればいいんじゃない?」
「だから、使わないってば。それに、私が転移魔法なんて使えるわけないでしょ?」
「なんで使えないの?」
レイは不思議そうに首をかしげる。
「転移魔法は魔法の中でもとっても難しいとされている術のひとつよ。使える魔法使いなんて、滅多にいないんだから」
それこそ、当代一の大魔術師とされるダリウス・クロウウェルぐらいではないだろうか。
「へえ。あれって難しいんだ? 知らなかった」
レイは驚いたような顔をしている。
(転移魔法を誰でも簡単に使えると思っていたの? そっちのほうが驚きなんですけど⁉)
リディアは呆れる。しかし、フォシニとして地下室に幽閉されて生きてきたレイが世間知らずなのは、仕方がないことなのかもしれないと思いなおす。
「転移魔法は使わなくても、本当に俺の魔力が欲しくなったら言って」
「言わないわよ」
「少しだけでも試してみてよ。全身から俺の魔力が漂うリディアを見たい」
「試しません」
「残念」
リディアが睨むと、レイは楽しそうに目を細めた。やっぱりからかっているとしか思えない。
「リディアは怒った顔も可愛いね」
甘く蕩けるような眼差しを向けられ、リディアの胸はざわめく。
昨日より薬草汁が苦く感じたのは、レイが砂糖菓子みたいに甘いからかもしれないと思った。




