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第93話 優太_一万円分じゃない距離

「ありがとうございます。毎回封筒の柄が違いますよね。集めるのお好きなんですか?」

その質問に答えようとしたところ、封筒の中身を確認していた莉奈さんの顔から表情が消えた。

「あの、もしよかったらでいいんです。」

 封筒には余分に1万円多く入れてある。ネットで調べたが相場がいまいち分からずいったん一万円を追加料金としていれといたのだ。

「ダメだったらその時に言ってもらっていいんです。ダメでもOKでも受けとってください」

早口で説明すると手汗をズボンにこすりつけた。しばらく莉奈さんは口を閉じていたが、「よかったらちょっと座りません?」というと、ソファーに座り横に座るように手で示した。

「お金、ありがとうございます。お気持ちは喜んで受け取りたいと思います」

 受け取ってくれたことにとりあえずホッとする。莉奈さんはこちらに体を向けて、真剣な顔で俺を見上げてくる。

「わかっているとは思うんですが私と一緒に寝ても、たぶん優太さんが抱えている問題の根本的な解決にはならないと思うんです。」

「…それは、理解しています。理解したうえで指名させて頂きました。」

「それとすっごく余計なお世話だとは承知しているんですが、私がいるお店は安い価格帯ではありません。なので今月中に3回も指名して頂けてすごく嬉しいんですが、 20代の会社員の給与からすると結構な出費になると思うんです。」

 私も以前は会社勤務でしたので、と莉奈さんは呟いた。

「えっと、何が言いたいかというと貯金を切り崩してまで風俗にくるのはあまりお勧めできないと私個人としては考えているんです。私がお客様の懐具合に口を出すのは失礼なことだとわかっていますが、どうしても心配になってしまったというか・・・、会社からの給与以外にも収入があって余裕があるなら全然いいと思うんですが、余計なお世話ですみません」

 ペコリと謝る莉奈さんの頭頂部を見つめながら、俺は軽い感動を覚えていた。

 こんな風に客の懐具合まで気にかけて、はっきりと言ってくれる子がいるのだな。

 俺は莉奈さんという女性が気になり始めていた。それは風俗嬢としてではなく、女性として。時折見せる、これが素なんだろうな、という表情やふいに出るため口が普通の女性と話しているような感覚になるのだ。

 莉奈さんの気遣いに感謝しつつ、俺は自分の懐具合を説明した。

 大学に入学してからアルバイトをするようになった頃、母親から貯金の仕方について口酸っぱく干渉され、今では習慣化している贅沢貯金のことを。

 母親からは、毎月の収入の2割は貯金に回しなさい、その2割を少なくとも2つにわけなさい。そして使用用途をあらかじめ決めておきなさい、とうるさく言われたことに今では感謝している。

 社会人になってからは不動産を持っている親戚の持ち物件に住まわせてもらっているおかげで、家賃はかからず毎月の固定費はかなり低い。おかげで俺は毎月の手取りの半分を貯金に回せている。

 その貯金を3つに分け、5割をメイン貯金、3割をサブ貯金、2割を贅沢貯金にしており、贅沢貯金は自分の趣味や娯楽等のために使用していいお金と決めている。しかし、お金がかかるような趣味もないので、今ではまぁまぁな貯金があるのだ。それにボーナスが入ったばかりなので、気持ちにも余裕がある。

「それでしたら、心置きなく頂戴します」

 先ほど渡した金魚柄の封筒を持ちながら莉奈さんは頭を軽く下げる。納得してくれたようでホッと息をついた。莉奈さんは鞄に封筒をしまうと、俺に向かって両手を広げてきた。何をしているのかわからず首を傾げる。

 さらに莉奈さんは距離を縮めて、ん!、と言いながら両手を広げくる。

 …あ!ハグか!理解した俺はそっと包み込むように抱きしめた。自分のあごの下に女性の頭があることが新鮮だ。

「言ってくださいよ。」

「いや、わかってくれるかなぁ、と思いまして。」

 莉奈さんの、しれっとしたいい方が面白くて苦笑いをする。俺はもっと彼女と距離を縮めたくなった。


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