第9話 優太_帰るにはまだ早い夜
2件目にはいかず早めに解散することになった。大和が気になる女の子とこれからデートなのだ。
ウキウキを隠し切れず、子供の様に手を振りながら去っていこうとする大和に千早が声をかけた。
「お持ち帰りするならちゃんと避妊しろよ」
「うるせーよ」
振り返りながら怒鳴り返してくる大和に、ガキかよ、と千早が笑った。
JRユーザーの圭介と別れて、地下鉄組の俺と千早で銀座線へ向かった。
「優太、上野駅で乗り換えだよな。もう一杯飲んでいかね」
「いいね」
電車に乗って二駅目で降りると、これから夜の街に繰り出すであろう大勢の人と共に地上に上がる。繁華街の喧騒を避けながら人混みが空いている方へ向い、よさげなバーを見つけて指さした。
「あそこは?」
大きな窓ガラス越しに暗い照明の店内が見渡せる。空いているわけでもなく、満席状態でもない。ゆっくり飲むにはちょうどよさそうだ。
「よさそうじゃん。あそこにしよ」
年季を感じる木製のドアを押し開くと、ホールにいるウェイターからお好きな席へどうぞ、と言われる。
10人ほど座れそうなL字のカウンターに、壁際に沿って2~4人掛けの大きさの異なるテーブルが配置されている。千早はカウンターを通り越して奥の開いているテーブルに進み、俺もあとに続く。4人掛けのテーブルに腰を下ろすと、千早は嬉しそうにテーブルの上に置いてある灰皿を引き寄せた。
「ここタバコOKなんだ。いい店じゃん」
電子タバコをポケットから取り出すと旨そうに吸う。
「はぁ、最近どこもかしこも禁煙で愛煙家は肩身が狭いよ」
わざとらしく悲しげにため息をついた。
「駅で吸える場所あるじゃん。会社にも喫煙室あるし」
俺はメニューを広げながら言った。
「あんな密集した場所で吸ったってなんも旨くないよ。なんでリラックスして息抜きするためにタバコ吸いに行くのに、他人と肩触れ合う距離で煙を吐き出す方向にも気を使わなきゃいけないの」
盛大なため息とともに頭上に煙を千早が吐き出したところでウェイターが注文を取りに来た。千早はモスコミュールを、俺はハイボールを頼む。
「圭介も大和もタバコ吸わないしさ。吸わない人の前だとタバコ吸いにくいじゃん?」
「俺も吸わないんだけど」
「優太は見た目もメンタルもイケメンなんだから、少しは有害な物を取り込んだ方が良い」
「なんだそれ」
おれは苦笑しながらメニューのページをめくると、近くを通りかかったウェイターにピクルスとチーズの盛り合わせを注文した。
「いやほんと、お前はすごいよ。営業と企画の仕事を掛け持ちしているようなもんだよな。それでいて営業成績上位キープってなんなの。かっこいいのはその身長だけにしてくれよ」
「別にこの身長はかっこいいわけじゃないでしょ」
「いや、この日本において180cm越えの男子はそれだけでモテる対象になる」
「千早だって俺とそんなに背変わんないだろ」
「お前な、170cm台と180cm台とじゃ女子高生とOL社員くらいのブランドの差だぞ」
例えがひどすぎる。ずけずけと物を言う性格だが、手厳しい意見もハッキリ言ってくれるこの正直者は、俺が会社員になってからできた最も気心知れた友人だ。
無難な人間関係を築こうとする人が多い社内では、千早みたいなハッキリ発言するタイプは敬遠されることが良くあるが、俺は好きだ。




