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第87話 知夏_我慢の先にある愛

「それは、彼女さんがそう言ったの?」

「うん。カミングアウトされた」

「そうなんだ」

 ここで一つ疑問が生じた。今の話で挿入行為ができない、ということはなんとなく察することができた。しかし、手や口を使用したり、おもちゃを使って相手を満足させることはできるのではないだろうか。

 いや、一般女性はそういうことをしないのかもしれない。この業界に慣れすぎて、普通の感覚に自信がなかった。しかも、デリケートな話題、かつ私の知識が乏しいジャンルの話だけに何をどう聞けば失礼に当たらないのか判断しかねた。

「いつカミングアウト受けたの?」

「付き合って半年経つ頃かな」

 つまり、それは1年半もの間我慢し続けている、ということか。

「その、彼女はどこまでがダメなのかな。人によって線引きが違うよね?」

「軽いハグくらいなら大丈夫。でも、手を繋いだり、キスするのは苦手。初めて元カレとやった時は気持ち悪くなって吐いちゃったらしい。…付き合い始めた時、何度か試してみたけど、どうしても上手くいかなくて。彼女自身はずっとなんとなくそうかなって思ってたみたいだけど、俺と付き合って確信したんだって」

 知識として性欲を抱かない人がいることは知っていたが、その人たちが自分がどの言葉でラベリングされているのか、認識するようになるまでどのような過程を経るのかについては考えたこともなかった。

 付き合ったらセックスするのが当たり前。そんな風潮の世の中だから、彼女さんはきっと上手くできないことに悩んだのではないだろうか。

 そして、ゲイやレズといったジェンダー程、認知が普及していないだけに理解されないことも多かっただろう。しかし、優太さんはどうなのだろうか。本音ではどう思っているのだろう。

「…野暮なこと聞いてごめんね。それって付き合ってて、しんどくならない?」

 恐る恐る聞いてみた。彼の表情を見て、以前、指名を頂いたプラトニックラブの夫婦関係を営むお客様のことを思い出した。

「そりゃあ…、ね」

 優太さんの目が光っていることに気づいて、私は見て見ぬふりをするか迷ったが、テーブルの上に置いてある紙ナプキンを渡した。

「余計なお世話だとは思うんだけど、その、他の女性とは付き合おう、とは考えたことないの?」

 優太さんは受け取った紙ナプキンを手に持ったまま、ゆっくり首を横に振った。

「できないからといって、別れることは考えてないよ。やるために付き合ってるわけじゃないし。それに、そのことを除けばずっと一緒にいられたらいいな、と思えるくらい楽しいし。」

「そっか。1年半も我慢して大変だったね」

「もっと長いよ」

 諦めたような笑いで彼は言う。

「俺、彼女に1年半くらい片思いしてたから。付き合って2年経つけど、もう、ずっとやってない。さすがに自分で処理するには限界…」

 私はかけるべき言葉がすぐに見つからなかった。20代男性が、3年半も我慢して1人の女性を思い続け大事に扱っていることに、驚嘆と感心を抱いた。

 そして、そこまで想われている優太さんの彼女のことを羨ましく思う。これぞプラトニックラブ。自分の欲望を抑え込んでまで相手を想うその気持ちは、深い愛情以外に他ならない。


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