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第85話 知夏_肩をすくめた嘘、心に残る本音

 シラカワ様が3杯目のビールを飲み終えた頃には、タメ口で話すくらい打ち解けていた。私も彼も浪人して大学に入ったので、浪人時代の苦労話しや、浪人生あるあるで盛り上がってから話が広がった。

 彼の気取らない話は私を気安い気持ちにさせ、大いに楽しませてくれた。特に会社の同期の話が面白い。食べることが大好きな圭介さん、女遊びが激しい大和さん、そして何でも話せる千早さん。話を聞いているとシラカワさんは真面目に仕事に取り組み、良い同期に恵まれたんだな、と思った。

 いつも常連客が求めるような、手応えのある会話を心掛けながら話す時間とは全然違う。私は会話をする際に相手が8割、自分は2割の割合で話すように心がけている。

 これは何かのビジネス書で読んだ知識だが、相手から会話を引き出し、相手にスポットライトを当てるうえで役に立つ心がけだ。

 そういったことを意識し、会話で相手を楽しませる時間はそれはそれで楽しいが、常に背伸びする必要があるため緊張感が伴う。しかし、彼との会話は私を無理に押し上げる必要がなくリラックスでき、居心地が良かった。

 彼は社内で自社製品を使用したピザのイベント販売を企画して、ゴールデンウイーク中にあちこちでイベントをやっていたそうだ。私はその話を聞いて、もしかして、と思い聞いてみた。

「それって代々木公園でも出してた?これくらいのサイズの、ワンコインで買えるやつ?」

「出してたよ。え、知ってる?」

 これなんだけど、と携帯のアルバムを開いていくつか写真を見せてくれた。焼きたてのピザや、移動式ピザ窯、多くの人が並んでいる様子などの写真を見て私は思わず手を叩いた。

「そうそう!これ、私、食べたよ。美味しかった!」

 するとシラカワさんは嬉しそうに手で口元を覆った。

「嬉しいなぁ。新卒からずっと営業部だったけど、企画部に移りたくてずっと、企画を考えては社内に提案し続けていたんだ。そしたら企画部の部長が声かけてくれてさ、もしかしたら来年度は企画部に異動できるかもしれない」

 私が会社で営業として働いていた頃だったら、彼のように仕事に打ち込むタイプの人間とはうまが合わなかったかもしれない。しかし、今は違う。

 この仕事を通して仕事に打ち込むことの楽しさや、やりがいを知った。だから同年代の彼が仕事に打ち込んでいる話を聞いても、気後れを感じたり、気持ちに隔たりを感じることは無く、楽しく話すことができた。

 シラカワさんから私は普段は何をしているのか、と聞かれたので設定であるウェブライターの仕事をしている、風俗嬢は奨学金返済のためにたまに出勤している、と伝えた。すると人の好いい彼はあっさりと信じ、「それは、大変だね」と労わりの言葉をくれたが、嘘をつくのが申し訳なくなって、私は話題を変えた。

「そういえばシラカワって、本名?」

「本名だよ。本名は白川優太」

 空中に指先で漢字を書きながら白川さんは説明をした。

「莉奈さんも本名?」

 その質問に私は思わずコバルトブルー色のノンアルコールカクテルを吹き出しそうになった。失礼とは思いつつも、風俗店に通ってくる客とは思えない質問に笑ってしまった。水商売の世界で働いている女性は、ほとんどが源氏名を使用している。

「源氏名だよ」

「あ、やっぱそうだよね。ちなみに本当の名前って…?」

 私は答える代わりにちょっと肩をすくめて見せた。今まで色んな客が私の本当の名前を聞きたがった。

 そのたびにはぐらかしてきたが、あまりにもしつこい客には「平仮名で、じゅん、です」と嘘をついてきた。仕事柄、本名を明かすなどリスク以外何物でもない。


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