第84話 知夏_距離一つ分の優しさ
ソファーに腰かけると思いのほかふかふかで座り心地が良い。シラカワさんは私とぴったり距離を縮めることもなく、鞄一つ分のスペースを開けて腰かけた。
「すごい素敵なお店ですね。予約して頂いてありがとうございます。」
「いえ、友人に勧めてもらったところを予約しただけです。思ったより雰囲気が良くてびっくりしました。」
その友人にはいったい何と言ってお店を教えてっもらったのだろう。風俗嬢と飲みに行くのに相応しい店を教えてほしい、とでも言ったのだろうか。つい邪推してしまって、いけない、と自分を諫めた。毎度のことながら生理中はどうもネガティブでいやみっぽい思考回路になってしまう。
「ここの席なら夕日がきれいに見えそうですね」
気分を取り直して微笑みかけるとシラカワさんも微笑みながら頷き、メニュー表が見やすいよう私に向けて広げてくれた。
「なに飲まれますか?」
ざっとドリンクメニューに目を通す。確かに一般的な居酒屋よりノンアルコールの種類が豊富で、ノンアルコールのカクテル専用のページにはおしゃれなグラスに入った色鮮やかなドリンクの写真が掲載されている。
大衆居酒屋しか行かない私からすると結構いいお値段にみえるが、この内装のお店なら妥当な金額なんだろう。
「せっかく素敵なお店に連れてきて頂いたので、1杯だけお酒頂いてもいいですか?」
「もちろんです。なにがいいですか?」
「レモンサワーでお願いします」
シラカワさんは頷くとテーブルの上にある呼び出しボタンを押した。すぐにウェイターがやってくる。
「レモンサワーとビールをお願い致します。」
シラカワさんの注文の仕方に私は好印象を抱いた。自分の飲み物ではなく先に相手の飲み物を伝える、些細なことだが自分よりも相手への気遣いができる方でいい人だな、と思う。
「お腹すいてますか?苦手な食べ物とかありますか?」
好きなものなんでも注文してください、というシラカワさんに私は遠慮することなく食べたい物の候補を選んだ。こういう場では変に遠慮せずに食べたい物を注文し楽しんだ方がおごりがいがあると思う。
美味しそう、かつどっちも私が好きなものを選んでシラカワさんにどちらが良いか尋ねると、シラカワさんは写真をみながらシーザーサラダ、チーズの盛り合わせ、などその都度選んでいった。
飲み物を運んできたウェイターに数品、注文するとさっそく乾杯した。シラカワさんは一気に半分近く飲み干すと、ビールのCMのように息をついた。実に美味しそうに飲んでいる。
「いい飲みっぷりですね。ビールがお好きなんですが?」
私は笑いながら自分のレモンサワーをテーブルの上に置いた。細身のグラスの中に輪切りされたレモンが3切れ入っている。
「好きですね。さっきまでジムに行っていたので余計に美味しく感じます」
「あ、だからリュック背負っていたんですね」
「そうなんです。」
「渋谷のジムに通っているんですか?」
「いや、チェーン店みたいにあちこちにあるので、都合に合わせて通ってます。契約すると他の店舗も使えるんですよ」
あっという間にビール1杯飲みほしたシラカワさん、追加の注文をすべく呼出しボタンを押した。お酒が入っているおかげか、前回あった時より少し饒舌になっているような気がする。やはりお酒の力はすごい。コミュニケーションを円滑に回してくれる潤滑油だ。




