第83話 知夏_渋谷の夕暮れ、カップルシート
電車を降りたとたん、人の多さと熱気に顔をしかめた。夕方になっても涼しくなる気配は全くなく、人込みで余計にムッとした蒸し暑さがあたりを漂っている。指定されたお店は渋谷駅から徒歩15分とやや遠いが、そのぶん駅周辺の賑わいに比べて静かなエリアだ。
日傘をしっかりさしながら、グーグルマップを頼りに歩いて行くと10階建ての雑居ビルに到着した。待ち合わせ時間より10分早くついてしまったが、既にビルの入り口にシラカワさんが待っている。
無地の白シャツに初夏を思わせるような爽やかな色をした半袖のアウター、黒のパンツにリュックを背負っていた。全体的にラフな格好なのに背が高く体格が良いのでおしゃれに見える。
やっぱり、何を着るかより誰が着るかだな、とダイエット系YouTuberか誰かが言っていた言葉を思い出した。私は黒のレースシャツにカーキ色のロングタイトスカート、お気に入りのクリムトの接吻をイメージしたミュールだ。もっとラフな格好でも良かったかもしれない。
「お待たせしてすみません。」
急ぎ足でシラカワさんに駆け寄った。
「あ、いえ、全然待ってないので大丈夫です。急かしてしまったようですみません。」
お互いペコペコと頭を下げると、エレベーターへ向かった。
「あの、生理中だとお酒飲めないかなと思って、ソフトドリンクの種類が多いお店にしました。10階に入ってます。」
エレベーターの横に設置されている案内図を指さしながらシラカワさんが説明した。この若さで生理中の女性の体調をおもんかばってお店を選ぶなんて素敵な男性だな、と素直に感心した。
「ふふ、お気遣いありがとうございます。」
「いえ。それと、これをご確認ください。料金は事前にお店に確認しました」
前回同様、律儀に封筒に入れられたお金を私に差し出してきた。今回は朝顔柄だ。私は受け取りながら、夏らしくていいですね、と言うと、中身をしっかり確認し、店長にシラカワさんと合流した旨をラインで伝えた。
エレベーターに乗り込み最上階の10階に到着すると、入口近くに間接照明に照らされた看板がぶら下がっており、エレベーターホールだけで十分に雰囲気が良い店であることが分かった。
「あの、シラカワで予約してます」
入り口で出迎えたウェイターに予約名を告げている様子をみて、軽い驚きを覚えた。え、シラカワって本名?
どの風俗店でもおそらくそうだと思うが、予約をする際に偽名を使う方が圧倒的に多い。私が在籍している店は必ず本人の携帯電話を登録する必要があるが、身分証明書の提出の必要はないので偽名で予約する人が多い。
なぜ、偽名と言えるのかというと常連のお客様に「本名ですか?」と聞くと10人中9人は偽名だよ、と笑って答えるからだ。稀に本名を登録している方は苗字がサトウ、スズキといったよく見かける苗字である方が多い。シラカワ様にあとで本名なのか聞いてみよう。
席まで誘導してくれるウェイターの後を歩きながら、私はゆっくり店内を観察した。雑居ビルの景観からは想像できないほど天井が高く開放感に溢れる内装だった。
各テーブルに置かれたキャンドルが幻想的な雰囲気を醸し出している。ガラス張りとなっている窓側からは渋谷の街並みが見下ろせ、太陽の角度からして夕日がきれいに見えそうだ。きっと夜になったら夜景がきれいで、デートにはぴったりな雰囲気を演出してくれるのであろう。
「こちらのお席へどうぞ」
案内された席は窓側の端っこの席で景色が良く見えるようテーブルが窓側に向かって置いてあり、頭まですっぽり隠れるくらい背もたれが高いソファー席。いわゆるカップルシートというやつだ




