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第81話 優太_誠実であるための選択肢

「ま、日本のお水はタダですし、箸休めに頼んでおきましょ。カクテルが結構甘いのでちょうどお水が欲しかったんです。」

 莉奈さんはウェイターに水を注文した。沈黙が流れる。先ほど注文したドリンクと水が来た。それをウェイターから受け取り、莉奈さんに渡す。

 あれこれ前置きを考えたが率直にお願いしよう。俺はジントニックを一口飲むと、莉奈さんに体ごと向き直った。

「あの、気を悪くしたらごめんなさい。莉奈さんを次も指名した時に追加料金を払えばその、セックスってできるんでしょうか?」

「はい?」

 素っとん狂な声が聞こえた。目を丸くした莉奈さんがこちらを見上げている。

 口を半開きにして黙ってしまった莉奈さんにいたたまれなくなって、もそもそと説明する。

「すみません、彼女はいるんですが中々上手くいかなくて・・・」

 俺の方に体のを向き直りながら、莉奈さんは声を落とした。

「上手くいかないというのは、セックスレスということでしょうか?」

「たしかにセックスレスといえばそうなんですけど、なんというか、彼女はセックスそのものができなくて・・・」

 どうやって説明したらよいものか。

 俺はつっかえながらもゆずがノンセクシュアルであることを、ゆずから受けたカミングアウトについて莉奈さんに話した。莉奈さんは、まじか、という顔をしながらいくつか質問し、俺は言葉を探しながらそれに答える。

 カミングアウトを受けた時のゆずの泣き顔が脳裏に浮かんだ。ゆずもしんどい思いをしてきたんだと思う。でも、俺だって辛抱し続けるのはしんどい。

「プラトニックラブですね。彼女のこと、すごく大事なんですね」

 莉奈さんはかみしめる様にその言葉を言った。俺は泣きそうな思いでその言葉に頷く。

「彼女とはこの先も一緒にいたい、でも俺も我慢の限界で、もう本当に辛いんです。でも彼女がいるのに他の女性と関係を持ったら彼女を傷つけてしまうだろうし、だから風俗を利用しようと思ったんです。」

 深く息を吐き、ゆっくり吐く。そうすることで、少し自分の心を落ち着かせた。こんな公衆の面前で大の大人が女性の目の前で涙を流すなんて恥ずかしくてしたくない。

 莉奈さんからセフレを作ったり、ソープに行こうと思わなかったのか、と質問を受けた。俺は顔が分からない人といきなり、そういうことをやるのは抵抗があることや、自分のコンプレックスである遅漏気味なこと、緊張しいなことを正直に話した。

 なんとなく、今日一緒に過ごしてみて、彼女なら俺の気持ちを受け止めてくれるのでは、と期待したからだ。

「それにお金を払ってサービスを受けるなら浮気にはならないかな、と思って」

 何かを考えている様子で黙り込んでしまう莉奈さんに、正直に話過ぎただろうか、と不安になる。

「ちなみに莉奈さん、旦那とは…?」

 立ち入った質問だが奨学金の返済のために風俗で働くくらいだから、旦那さんとは上手くいっていないのでは、と邪推をする。バイトならキャバクラやスナックでも十分稼げるはずだ。

「…旦那は海外出張中なので、今年いっぱいは日本に帰ってきません」

「それは寂しいですね」

 好きな人に触れられない寂しさをこの人も味わっているのだろうか。

「来年には旦那さん、日本に帰ってくるんですか?」

「ええ、その予定です。なので私もこの仕事は年内いっぱいで辞めるつもりです」

 期間限定なのか。すこし残念なような、その方が良いような複雑な気持ちだ。

「すみません、情けないとは自分でも思っているんです。彼女のことは本当に大事だから、体の関係なしの付き合いをしていきたいっていう彼女の希望に応えたいと思うのに応えきれなくて・・・。周りの友人からは分かれて他の人を探した方が良いとか、セフレを作って彼女と並行して関係を持った方がいいとかいわれるんですけど、どうしても上手く折り合いがつかなくて・・・」

 あぁ、やばい、泣きそうだ。深呼吸して、自分に落ち着けと言い聞かせる。すると膝に置いていた掌の上に、そっと莉奈さんが手を重ねてきた。

「情けなくなんかないですよ。優太さんは彼女さんとの関係を守るために、風俗を利用することを思いついたんですよね」

 莉奈さんの言葉にただ黙って頷く。

「それって恥ずかしいことでも何でもないと思いますし、彼女さんのことをとても大事に思っていることがわかって、すごく素敵というか誠実だなって思います」

 自分がずっと抱えていた悩みと苦しみを受け止めて、肯定してくれる人がいる。俺はそれだけでも十分、気持ちが楽になった。

「ありがとうございます。あの・・・、さっきの質問なんですが今日は答えなくていいです」

「さっきの質問・・・?」

「追加料金を払ったら、の件です」

「あ、はい」

「あの、また指名するのでその時に考えてくれませんか?」

「それは全然構いませんけど・・・」

 俺は感謝の気持ちを込めて笑顔を向けた。

 気づけば外はすっかり夜の景色が広がっている。わずかに滲んだ夜景がきれいだ。


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