第70話 知夏_沈黙の撫で心地
「あの、莉奈さんってご結婚されているんですよね?」
「え?」
自分の技量のダメさ加減に内心凹んでしまっていたので、思わず顔を上げて聞き返してしまった。
「あ、人妻専門店にいるからご結婚されているのかな、って」
あぁ、そういう設定だったわ。
「はい」
表情が見られないよう、再びシラカワさんの胸板にピッタリと頬を押し付けた。嘘がバレないためではなく、性欲盛んな20代のお客様を相手に全くもって役立たずだった自分が恥ずかしく、その動揺を表情から悟られたくなかった。
「旦那さんとはその、夜の営みってどうなんでしょうか。その内容がとかじゃなくて普通に日常的にあるんですか?」
質問の意図が良くわからず、何と答えれば正解なのか分からなかったのでとりあえず私の設定を伝えた。
「旦那は海外に単身赴任中なので」
「そっか」
私のあいまいな返事を素直に受け止めてくれたようで、私の頭をなでながらシラカワさんはため息をついた。私はちょっと顔の向きをずらして、斜め下からシラカワさんの顔を見上げた。
「彼女いないんですか?」
「いや、いるんですけど…」
「けど?」
「いや、ふつーに仲いいです。一緒にいると楽しいし」
「へぇ。付き合ってどのくらいなんですか?」
「もうすぐで2年になります。」
「結構長いですね」
シラカワさんの歳で2年付き合えばそろそろ結婚を考える時期だろうか。なんとなく歯切れの悪い言い方に、もしかしたら彼女さんとセックスレスなのかしら、と考えたがさすがにそれを初対面の人に聞くのはいくら風俗嬢とはいえども失礼な気がする。
少しの沈黙の後、何か言いたげな雰囲気を察して私は少し体を起こして、そっとシラカワさんの頭を撫でた。シラカワさんの瞳が小さく左右に揺れている。私は黙ってシラカワさんの頭をゆっくり撫で続けた。
シラカワさんが何か言おうと口を開きかけた瞬間、携帯のアラームが鳴りだした。




