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第68話 知夏_せーので麦茶

「値段の割には綺麗ですね。あんまりラブホテルって感じしないな」

 室内を見渡しながらシラカワさんがつぶやいた。

「ね、落ち着いていていい感じですね」

 荷物を椅子に置くと、お店に電話する旨をシラカワさんに伝え店長に電話を掛けた。入ったホテルと部屋番号を伝え、コース時間と料金を確認するし、それをそのままシラカワさんに伝えた。最短の90分コースに、初回割引がきいた金額だ。

「よろしくお願いします」

 わざわざご丁寧に封筒に入れたお金を両手で差し出してきた。

「ご丁寧にありがとうございます。かわいい封筒ですね。」

 夏らしくひまわりが描かれた封筒の中身を確認すると、鞄の内ポケットにしっかりとしまいチャックを閉めた。

 お互い向かい合わせに座りながら、私は聞いてみた。

「ふふ、緊張しています?」

「あ、はい。こういうお店はあまり利用したことがなくって…。あ、これ、良かったら飲み物どうぞ。」

 シラカワさんが膝の上に置いていたシンプルなトートバッグから麦茶と緑茶のペットボトルを取り出すとテーブルに並べた。

「お好きな方、どうぞ」

「ありがとうございます。私、どっちも好きです。シラカワさんどちらがいいですか?」

「あ、俺はどっちでも…」

「そしたら、せーの、で飲みたい方指さしません?」

 頷いたシラカワさんと目を合わせて、せーの、と言った後、お互いが指をさしたのは麦茶だった。緊張感が漂っていた室内に笑い声が響いた。

「あはは。やっぱ夏は麦茶ですよね。」

 笑いながら私は麦茶をシラカワさんの方へ差し出した。

「いや、莉奈さんのために買ってきたので。」

 両手で麦茶を差し戻され、ありがたく受け取ることにした。

「ありがとうございます。今度お会いするときは私が麦茶をご用意しますね。」

 笑いかけながらペットボトルのお茶を飲んだ。冷たくて美味しい。

「ここのお店、利用するのは初めてですか?」

「あ、はい、初めてです。」

 もちろん知っていたので、予想通りの答えが返ってきた。普通のキャストはお客様の利用を確認することはできない。だが、私は店舗スタッフである立場をフル活用し、指名して頂いたお客様の利用履歴は逐一確認していた。

 当然このお客様が初見さんであることは知っていたが、店舗スタッフを兼任していることは他のキャストにもお客様にも秘密にすべきことなので、知らない振りをする必要がある。こんな質問普段はしないが、若いお客様がわざわざ30~50代のキャストが在籍する店をなぜ選んだのか非常に興味が湧いたのだ。

「まだお若いですよね?25歳くらいですか?」

「あ、29歳です。莉奈さん、お店のホームページに載っていた年齢よりずっと若いですよね?こういうお店って実年齢よりうんとサバ読むと思っていたので、若い女性がきてびっくりしました。」

「よく言われるんですがお店のホームページに書いてある年齢、あれ実年齢なんです。」

「え!そうなんですか?とても30歳には見えないです。年下かと思いました」

 これはお世辞でも嬉しい言葉である。美容にお金と時間をかけたかいがあるというものだ。

「私も29歳なので同い年ですよ。」

「あ、そうなんですね。今年で30ですか?」

「そうです」

「じゃあタメですね」

 同年代と知ってお互い笑いあった。

「シラカワさんみたいに若いお客様、初めてなのでお会いした時にびっくりしました。すごい若い人来たなぁと思って」

「あ、そうなんですね。何歳くらいのお客様が多いんですが?」

「だいたい40~60歳くらいが多いですね。たまに80歳の方もいらっしゃいますよ」

「え!すごいおじいちゃんじゃないですか。その年で性欲があるって凄いな」

「ね。お店に遊びに来るだけあってすごく若々しい方でした」

「あの、そういった高齢の方でもその…、できるんでしょうか?そういうことが」

 聞いていいのか迷っている感情がありありと顔に出ており、わかりやすい方だな、と思った。

「他の方はわかりませんが私を指名して頂いた80歳のお客様はおしゃべりを楽しみたい方でしたので、エロことをとにかくしたい!という感じではなかったです」

「ははぁ~。お金持ちの遊びなんだなぁ」

その感心の仕方に思わず私は吹き出してしまった。

「ほんとですよね。」

 お互い笑いあうと、シラカワさんがほっとしたように息をついた。

「莉奈さんが話しやすい方でよかった。どんな人がくるのかずっとドキドキしてました」

「そう言って頂けて良かったです。どうしてこのお店を選んだのか伺っても?」

 少し首を傾げて尋ねると、きまり悪そうに答えた。

「あの、人妻が好きとかそういうわけじゃないんです。すみません。年上の女性なら色々話を聞いてくれるかなと思って…」

 続きがありそうな気配を察し、私は黙って先を促した。

「お店の女性が書いてるブログみたいなやつ、色々読んでみたら莉奈さんと愛花さんのやつがすごく良くて。どちらにするか迷ったんですが、莉奈さんの方が話しやすそうだな、と思って莉奈さんを指名させて頂きました。」

 ペコリと頭を下げられ、慌てて私もお辞儀をし返した。

「いや、こちらの方こそご指名頂きありがとうございます。」

 少し雰囲気が和んだところでお互いの話に弾みがついた。仕事は食品メーカーの営業であること、学生時代は野球部でキャッチャーをやっていたこと、休みの日は友人と飲みに行ったりジムで運動したり食べ歩きに出かけていること等々。

 同い年ということもあり、共通の話題が多く盛り上がった。盛り上がりすぎて気づけば30分経ってしまっている。

「あ、ごめんなさい。おしゃべりに夢中になってしまって。そろそろシャワー浴びます?」

「あ、はい…」

 さっきまで和やかに話をしていた空気が一変。とたんに緊張をはらんだ顔付きになった。

「良かったら一緒にシャワー浴びますか?」

「いや、恥ずかしいんで一人で浴びてもいいですか?」

 まるで女子みたいなセリフに危うく笑いそうになったのを、すんでのところで飲み込んだ。

「もちろんです。お待ちしてますね」

 1人でお風呂場に向かうシラカワさんの背中に目をやりながら、内心ため息をついた。


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