第60話 知夏_風俗店の裏方業務
ホクホク気分で事務所に戻ると、早速席につきSNSの更新や領収書の作成に取り掛かった。
「4番シートにぃ、アイリさん入りますぅ~。花びら大回転~」
藤本店長は前に勤めていたピンサロの口上を口ずさんでいる。これは藤本店長の機嫌が良い時の口癖だ。事務所に設置されているディスプレイを確認すると、本日の売上ノルマを大幅に超えた売上が記録されている。なるほど。機嫌がいいわけだ。
藤本店長は電話が光った瞬間に受話器を取った。デスクに置かれている電話はコールが鳴る前に点滅する仕様になっている。電話が鳴ったらワンコール以内に出るのがここのルールだが、藤本店長は鳴る前にいつも電話を取っているので、私は藤本店長より早く電話に出たためしがない。
また電話が鳴ったので私はすぐに受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。人妻専門渋谷店です」
電話にでたらすぐに、ディスプレイに表示されている番号をパソコンに打ち込んで顧客検索をした。お客様が話す前に顧客情報を表示させることにもだいぶ慣れた。
『さっきあかりさんを予約したものだけど』
「はい、タナカ様ですね。当店をご利用いただきましてありがとうございます」
私は顧客情報にざっと目を通す。タナカ様、店舗利用歴5年の超常連だ。普段は愛花さんを指名しているが、珍しくあかりさんを指名している。恐らく、愛花さんが予約一杯で藤本店長が他のキャストを勧めたのだろう。
『さっきの子、ひどいよ。遅刻してきたうえに、愛想笑い一つもしない。ものすごい作業的だし。ここのお店は普段使わせてもらっているから他に良い子がいるのは分かってるけど、新規のお客さんがあの子に当たったら、お店の評価が落ちるよ』
穏やかな声で伝えられるクレームに私はひたすら頭を下げ詫びた。タナカ様は、今度は愛花さんを指名するよ、と言って電話を切った。
私はため息をついた。あかりさん、キャスト年齢32歳、実年齢36歳、入店して半年たつキャストである。
今のクレームはあかりさんが稼げない理由を端的に示した言葉だった。
週2~3のペースで出勤しているのに、本指名が一人もいない。本人はお店が悪い!全然稼げない!と、クレームを言ってくるけど、コンスタントに半年も出勤していて毎回1人はお客様を付けているのに、1人も本指名を返せないならどう考えても本人に問題がある。
どうして稼げないのか自己分析ぐらいしろよ。10代や20代は若さを換金できるよ?脱げば稼げる世代だよ?でも30歳を超えたら頭使えよ!このオバサンが。だから稼げねぇんだよ!
私は内心大きく舌打ちをしながら、隣に座っている藤本店長に伝えた。
「さっきあかりさんを指名したタナカ様からクレームが来ました」
「マジ?なんて言ってた?」
私はタナカ様が言った言葉をそのまま伝えた。
「いやー、そっかぁ。あかりさん、どうにかならないかな。怖くて新規のお客様はつけられないんだよね」
「店長からビシッと言ってくださいよ」
「いや、この前言ったら、女性を稼がせるのがあんた達の仕事でしょ、って言われたよ」
「救いようがないですね…」
お互い大きくため息をついた。稼げないとわかればキャストはすぐに他のお店に移動する。しかし、あかりさんのようになぜかい続けるキャストもいる。
ここなら、出勤したにも関わらず1円も稼げなかった、ということが滅多にないからだろう。それは藤本店長の手腕のおかげだ。
私は心の中であかりさんに対して毒づいた。タナカ様のように常連客がアンタに当たったとしても離れてはいかないよ。でも、新規客や利用回数が少ないお客様はそうじゃない。
アンタみたいな態度のキャストの評価がそのまま店の評価に直結するんだよ!この店はハズレだな、って。そうなったら、他のキャストにとって機会損失なんだよ!少しは頭を使え!
イライラしながらなんとか舌打ちだけはこらえた。しかし、隣から藤本店長の盛大な舌打ちが聞こえた。きっと心の中では私のように毒づいているに違いない。
電話が鳴ったので気持ちを切り替えて受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。人妻専門渋谷店です」
『…』
「…あの、もしもし?」
『あ、すみません。初めて電話かけているんですが…』
戸惑ったような声が聞こえた。
「初めてのご利用ですね。店長に代わりますので少々お待ちください」
私は保留ボタンを押すと店長に声をかけた。
「店長、初めてのお客様です。女性相手だと話しにくそうだったんでお願いします」
店長が頷きすぐに電話にでる。風俗店の電話の受付をやっていると、たまに女性スタッフだと話がしにくい、というお客様がいる。今回も恐らくそのタイプだろう。
「莉奈さんご指名ですね!ありがとうございます」
弾んだ声が聞こた。あ、私指名だったのか。新規のお客様が最初に指名してくれるのは素直に嬉しい。
隣で聞き耳を立てていると1週間後の7月5日土曜日に予約が取れたようだ。私はどんなお客様なのか想像した。渋い声だったから50代くらいだろうか。いい人だったら良いな、と思う。




