第58話 知夏_強く、したたかに、生きる女性たち
とにかく彼女は話題が豊富だった。舞さんは高校卒業後、銀座でホステスとして働き25歳の時に常連のお客様と結婚。翌年に第一子を産むが、旦那の不倫がきっかけで離婚。養育費の支払いが途絶えたことをきっかけに風俗業界に足を踏み入れたそうだ。
「元旦那の浮気相手が妊娠しちゃってさ。その子、20歳のキャバ嬢なのよ。水商売の女は妊娠したら働けないでしょ。会社員じゃないから、産休も育休も取得できない。実家に頼れるならいいけど、話を聞く限り協力を得られそうな実家じゃなさそうだったしね。生活が苦しくなるのは目に見えてたから、元旦那に責任取って一生面倒をみてやれ、って言って離婚したのよ」
「え、舞さん、男前ですね」
「私も元々、ホステスだったしね。結婚した後も元旦那が、キャバクラやらクラブやら遊びに行っていたことは知っていたから、私が働かなくてもいいくらい家にお金は入れてくれたから生活には困らなかったけど、元旦那への気持ちは冷めてたし、潮時かな、と思ってさ」
「あの、どうしてスーパーの正社員で働いているんですか。舞さんほどのスペックがあるなら、デリヘルをやらなくてもクラブで十分稼げるんじゃないでしょうか。」
「若くて体を張れるうちはいいよ。水商売でもなんでも。でも、50代、60代になったら現役の水商売女性として働くのは厳しいでしょ。それに、スナックやクラブだと勤務時間が夜になるじゃない。夜は子供のそばにいたいの。私、母子家庭育ちなんだけど母親がスナックやってたのよ。女手一つで育ててくれたことは感謝してるけど、一人で食べる夕飯は寂しかったんだよね。」
子どもにはそういう思いさせたくないだけ、そう言いながら舞さんはレモンティーのストローでゆっくり中身をかき混ぜた。結構ハードな人生を送ってきてると思うのに、湿っぽさも自分を憐れむ雰囲気も一切ない。自分の人生に対する嫌味のようなものもない。あくまでも、まぁ、そんなこともあるよね、と前向きな感じだ。
「ま、でも私にとってこの仕事っていい意味で息抜きになっているのよ」
え、どういうこと?
「疑問が顔に出すぎだよ。莉奈さん」
豪快に笑う舞さんに首をすくめるようにして謝る。
「やっぱ私も女だから、たまには男性と寝たいって思うわけ。でも不倫や浮気対象にされるのはいやだから、この仕事なら奥さんから訴えられることってまずないでしょ。お金も稼げて、セックスもできで一石二鳥じゃない」
まじか、この人。さらっとお客様とセックスしていることを認めたわ。暗黙の了解とはいえ、本番行為は厳禁という建前の元、私たちは働いている。
「あの、一応、本番行為は…」
「わかってるよ。でも、莉奈さんだってしてるでしょ」
「まぁ…」
確かにその通りなのだが、違反の認識は一応あるのでぼかしながら返事をした。
「莉奈さんみたいに若くてきれいな子だったら、色んなお客様からやらしてほしいって言われるんじゃない?」
「まぁ、選んで返事してますけど」
「そ!デリヘルはやれる相手を選べるからいいのよ。ソープだと絶対に最後までやらなきゃいけないでしょ」
舞さんは頬杖をつきながら片口だけを器用に上げて笑った。
「舞さんは、その、性欲解消の為に働いてるんですか?」
「それもあるけど、目的は子供の大学進学費を貯めるため。うちの子、結構成績いいのよ。私は実家がそこまで裕福じゃなかったし、かといって生活に困窮するほど貧しいわけでもないから、奨学金をもらうことができなくって進学を諦めたの。高卒でホステスになったことは後悔してないけど、子どもが進学したいって言ったら私立の大学だろうがなんだろうが、奨学金を借りなくても行けるようにしてあげたいのよ」
自分の欲望に正直で、でも子どものことを大事にしている。男性相手に体を張る仕事は、思った以上にストレスが多い。しかし、そのことすら楽しんでる生き方に、私は共感を覚え舞さんを人として好きになった。
「莉奈さん、売上ランキング上位なんだって?店長から聞いたよ。けっこう稼いでるんだってね」
「そんなことないです」
「でも、ランキング上位なのもわかるな。莉奈さんって話しやすいもん。初対面なのに自分のことをベラベラしゃべっちゃった。自分ばっかり喋ってごめんね」
今度は莉奈さんの話聞かせてよ、どうしてこの仕事しているの?と舞さんが訪ねてくる。私は投資詐欺にあったこと、借金返済のために働いていることを簡単に話した。
「え!なにそれ!そいつ、逮捕されるべきじゃん!」
自分ごとのようにカンカンに怒ってくれる舞さんを微笑ましく思いつつ、肩をすくめた。
「相手が投資詐欺をした、っていう証拠がないので警察は動けないんですよ」
「そうなんだ。まじでそいつ、社会的に抹消されて死んでほしいね」
「ほんとですよね。まぁ、でも高い社会勉強だったと思えるようになりました」
「メンタル強すぎるよ」
私のお客様にヤクザ関係者がいるから、何か困ったことあったら言ってね、と非常に物騒な助言をされ、失礼のないようにお礼意を言いつつやんわり断る。
携帯が鳴り舞さんが電話にでると、承知しました、と答えた。どうやら仕事がこれから始まるようだ。




