第56話 知夏_私、風俗で生きることにした
「まぁ、平たく言えば、女性を喜ばせるスキルを磨きたかったんだよね。俺、若い頃はとにかくモテたかったから。」
「なるほど。どういったスキルが身に付くんですか?」
「どういったって…」
まいったな、と陸さんは笑った。
「これはさすがに女性相手じゃ話しにくいよ。」
「あ、すみません。初めてきく世界の話だったので。つい。」
少しばかり気まずくなって、梅酒を口に含む。
「…ちなみにどんな女性がお客さんなんでしょうか。」
「そうだな、いろんな人が、本当に様々な悩みをもった人が来たな。男性が風俗に行くような気軽さとは違うかな、と思ったよ。」
「そうなんですね。…あの、稼げますか?」
私の率直な質問に、陸さんは目を丸くして笑った。
「絶対に稼げる、とは言えないよ。完全出来高制だから。思っていた以上に頭と心を使う仕事だと思う。でも、努力次第で稼げる仕事じゃないかな。」
なるほど。完全出来高制ということを初めて知った。キャバクラみたいに時給計算ではないのか。
「あの、その仕事をやってて良かったな、って思うことありますか?」
「んー、そうだな…」
少し思案するように黙った陸さんを見て、やはり女性には話しにくかっただろうか、申し訳ないな、と思いと謝ろうとした時、陸さんが言った。
「セックスに対する価値観が変わったことかな。」
セックスに対する価値観。その言葉を口の中で転がすように復唱した。
「まぁ、男性のほとんどがそうなんじゃないかと思うけど、えー、少なからずAV動画の影響は受けるわけよ。あー、その、女性は激しく動かした方が満足する生き物だと思っていたんだけど、まぁ、必ずしも、そのー、入れて動かさなくても女性を満足させることができる、ってわかったというか。」
目をあちこちに泳がせながら言葉を選びつつ説明してくれている。
「つまり、女性を満足させることが醍醐味、って思うようになったことかな。」
自身のあごひげを触りながら陸さんが言った。
「あー、これ、絵麻には言わないでね。恥ずかしいから。」
照れ笑いをしている陸さんに私は感謝の気持ちを込めて頷いた。風俗業界で働くことに対する、ネガティブなイメージがだいぶ薄れた。おかげで私は今の仕事を辞めて、風俗嬢に転職する決意をすることができた。
しかし、私の決意を聞いた絵麻は烈火のごとく猛反対した。
「親御さんに相談して、援助してもらおう?今の会社を続けながら、バイトしたら毎月返せる金額なんだよね?」
「でも、その返済が何年も続くんだよ?ずっと借金がある状態で生活するのは嫌なの。さっさと返したい。」
「なにも風俗嬢じゃなくてもいいんじゃない?せめて、キャバクラとかスナックじゃダメなの?」
「絵麻、私もう28だよ。この歳でキャバクラは厳しいよ」
「スナックは?スナックなら年齢が28でも大丈夫なんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、とにかく短期間で返済を終わらせたい」
「風俗なんて性病になるに決まっている。エイズに感染したらどうするの?」
「そこらへんは店側が対策していると思うよ」
のんびりした口調で口を挟んできた陸さんに、絵麻は物凄い剣幕で怒鳴り返した。
「陸は黙ってて!」
陸さんは方をすくめておとなしく黙った。私は陸さんからの援護射撃に感謝した。
「ごめん、心配も迷惑もかけて。でも自分でやらかしちゃったことだから、自分で責任取りたいの」
絵麻の表情は硬い。私は少しでも空気を和らげようとしてふざけて言った。
「それにセックスは割と好きだし、胸だってFカップあるし?」
しかし絵麻は不満げで、泣きそうな顔で私を睨んでくる。絵麻の私を思う気持ちが伝わってきて、思わず絵麻を抱きしめた。
「ごめん、でも借金返し終わったらまた会社勤めに戻るよ。3年で完済してやる。」
「風俗嬢になったら絶対に、絶対に金遣いが荒くなるよ。ブランド品とか買い漁って、ホストにはまっちゃってさ。髪の毛とか金髪になっちゃうんでしょ。生活水準が上がって、庶民の生活ができなくなるよ」
「すごい偏見」
私は絵麻を抱きしめながら泣き笑いした。
そこからの私の行動は早かった。会社に退職届を提出し、残り僅かな有給を使って引っ越し先を決めた。引継ぎを行い退職届を出して2週間後には5年勤めた会社を辞めた。会社を辞めた翌日には引っ越しをすませ、荷解きもそこそこに風俗店へ面接にいき、すぐに勤め始めた。
あれから早くも1年半が経った。目標までゴールはもう近い。




