第55話 知夏_風俗を視野に入れた日
翌日、私は仕事を休み当面の着替えなど諸々キャリーケースに入れて絵麻の部屋に居候させてもらった。絵麻の強い勧めで、体調不良を理由に1週間ほど休みをもらい、アラームをかけることなく寝るようにした。
しかし、時折、『コンコン』とノックの音が聞こえてベランダの方に目をやってしまう。絵麻の部屋は5階なのだから、絶対に外からノックができるはずはない、と頭でわかっていてもどうしても、聞こえたような気がしてならなかった。
しかし、絵麻の部屋でゆっくりと休めたおかげで、私の頭はだいぶ正常に稼働し始めた。この件について、弁護士や消費者センターに足を運んだが、お金の回収を行うのは極めて難しい、ということが良く分かった。
借金の返済は貯金を切り崩して賄っていたが、すぐに底がつく。私は今の仕事を辞めて、風俗嬢に転職することを考え始めたが、未知の世界過ぎてなかなか決断ができない。
そこで陸さんは昔、風俗店で働いていたと絵麻から聞いたことがあったので、陸さんに話を聞いてみることにした。風俗業界で働く、とはどのような感じなのか、是非とも話が聞きたかった。
絵麻がまだ仕事中の夕方、陸さんが買い物袋をぶら下げて帰宅してきた。食材を冷蔵庫にしまっている姿を眺めながら、私はためらいがちに声をかけた。
「あの、今、ちょっといいですか?」
なに?と牛乳を冷蔵庫にしまいながら陸さんが振り向いた。
「陸さんって風俗店で働いていたことがあるんですよね?話が聞きたいんですが…。」
「いいよ。せっかくなら飲みながら話そ。知夏ちゃん、ビールとチューハイ、どっちがいい?それか、俺が漬けた梅酒で良ければ今作るよ。」
「あ、じゃあ、梅酒で…」
「おっけ。じゃあ、戸棚からグラス2つ取ってもらっていい?」
私は言われた通り、戸棚からガラスのコップを取り出し、キッチンに置いた。陸さんはキッチンの下にある戸棚から梅が浸かっている大きな瓶を取り出すと、手際よく梅酒を作ってくれた。そして小皿にドライフルーツとナッツを盛り、食卓の上に置くとお互い向かい合って席に着く。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
お互い乾杯をし、とりあえず一口飲む。陸さんが漬けた梅酒はサッパリとしていて飲みやすい。
「絵麻がなんて説明しているか知らないけど、俺が働いていた風俗店って女性専用の店だよ。」
「女性専用?」
「そう。お客は女性。」
「え、そんな店があるんですか?」
初めて聞く話に目を丸くした。
「そりゃあ、あるよ。男性が行く風俗店ほど数は多くないと思うけど。」
「陸さんはそのお店でなんの仕事を?」
「キャストだよ。バイトだったけど。」
「キャストってなんですか?」
「キャストっていうのは、まぁ、お客さんにサービスする人のこと。俺の場合は風俗嬢の男バージョンだよ」
衝撃である。そういった職業が世の中にあるなんて考えたこともなかった。私はてっきり風俗店でスタッフをやっていたのかと思い込んでいたのだが、全く違う興味が湧いた。
「あー、どうしてその仕事を?」
好奇心が抑えきれない質問に陸さんは快く答えてくれた。




