第53話 知夏_電車口の悪魔
「さっきのメール、あれ、なに?」
驚くほど不機嫌で冷えた声が、携帯ごしに響いてくる。
「私の独立を援助する代わりに、あなたのお店の売上に貢献するって約束した件です。覚えていますよね?」
私は努めて冷静にゆっくり話した。
「何の話?そんな話、したことないと思うけど。」
「なにしらばっくれているんですか。お店の店長とあなたと3人で居酒屋で話したじゃないですか。」
「たしかに君と店長と居酒屋に行ったけど、そんな話はしていないね。何か証拠でもあるの?」
「…あなたのお店で、商品を買う時に、一気に買わずに数万単位で現金で買うように、店長から指示を受けましたが」
そう言うと乾いた笑い声が聞こえた。
「知らねぇよ。そんなこと。店のことは店長に任せてるんだ。返品したいなら商品とレシートを持ってこい」
私は絶句した。これを見越してあの時、店長は店側でレシートを破棄するよう誘導したのだろうか。
「お前が勝手に俺の店で客として商品を買っただけだろっ。筋違いなクレームつけてんじゃねぇよっ。」
思わず恐怖を覚えるほどの怒鳴り声である。なんだコイツ、キチガイなのか?負けてなるものかとすかさず言い返した。
「警察と弁護士に相談します。」
「お好きにどうぞ。こっちは一向にかまわないけどね」
小馬鹿にした言い方に、腹が立った。
「あなたがマルチ商法をやっていて、商品を買わせるために風俗を斡旋したり、裸の写真を撮っているんですってね。それ言いふらしますから!」
私は通行人が振り返るのも構わず怒鳴り返した。怖いくらいの沈黙が流れて。
「…お前、鮎川と連絡とり合ってるな?」
鮎川。大学の先輩の名前である。
「先輩とは音信不通です!」
さっき詳細を聞いてきたばかりだが、嘘をついた。
「もしかして先輩と連絡が取れなくなったのは、あなたが何かしたからなんじゃないですか?私にしたように先輩からも、お金を騙し取っていたんじゃないんですか?」
不気味な沈黙に足が震えそうになる。私は自分を激励した。
「絶対に許しません。あなたがやっていること言いふらしますから!」
「やってみろ。お前が今の会社で働けなくなるようにしているからな」
凄みのある声が聞こえ、電話が切れた。今まで生きてきた中で、こんなに腹がたったのは生まれて初めてだった。
その日から非通知からの着信が来るようになった。これが先輩から聞いていた嫌がらせか、と思い非通知をすぐに着拒設定をした。
しかし、すぐに、ピンポンダッシュが発生した。最初は、荷物か何かが届いたのかと思ったが、ドアを開けても誰もいない。先輩から事前に話を聞いていなかったら、見えない不審者に恐怖を感じていたことだろう。
そのピンポンダッシュはしつこかった。時間帯は真夜中だけにとどまらず、明け方にインターホンを鳴らされたことには辟易した。私は鍵だけではなく、チェーンをしっかりかけた。あまりにも連続で鳴った時は、どんな奴が押しているのか顔を拝んでやろう、とドアの覗き穴を確認したことがある。
しかし、穴の向こうが全く見えないのだった。なぜか真っ暗。それがドアの目の前にいる人物がおそらく指で穴を塞いでいる、と気づいた時には怒鳴ってやろうと思い、チェーンを外そうとした。
その時、ドアポストの開口部分がサビた音を立てて動いたのが分かった。開かれた開口部分から、部屋の中を除く気配を感じ、私はぞっとして身動きが取れなかった。




