第51話 知夏_独立の夢に隠された恐怖
「ちなみにあの店の店長はね、チームが一人もいない末端なの。でも毎月のノルマは免除されていて、あいつから月30万ももらってるのよ。」
「…それはやらせてくれるからですか?」
「そういうこと。愛人なのよ。どうりでチームをろくに作らないくせに可愛がられているな、と思ってたんだよね。毎月のノルマが達成できなくて風俗で働きだした子だっているのに。しかも、風俗のお店の斡旋をあいつがやっているようなの。それって物凄く間違っていると思う。」
吐き捨てるような言い方だった。私はなんて言ったいいのかわからず黙る。
「私、それを知って他のラインの人に聞いたのよ。あ、ラインっていうのはあいつから始まるチームで紹介者が異なる人たちのこと。」
ちょっとよくわからないが、とりあえず身近な人のことかしら、と思った。
「私と同じくらい活動している人たちに、あいつと寝ることを要求されなかったか、って聞いたの。そしたら、実は相手をするように言われた、って告白した子が結構いたの。でも誰にも言うなって口止めされてて、口外したらこのチームにいられなくなる、と思っていたんですって。みんな本気で起業したいって思っているから、それで夢が叶うなら安いもんだ、って考えていた子が結構いたのよ。それどころか、あいつから声がかかることを光栄がる子もいたのよ。異常すぎる」
先輩の目から涙は消え失せ、激しい怒りがうかがえた。
「実は私のチームの子で、裸の写真を撮られた子がいたの。その写真をネタに直接脅されたわけじゃないらしいんだけど、でも晒されたらどうしよう、って怖くて何も言えなくて、泣き寝入りしちゃった子がいるの。ほんとうによくも私のチームメンバーに手を出してくれたな、あのカス野郎が」
こんなに怒った先輩を見るのは初めてである。さっきまで悪かった顔色が今では頬に赤みがさし、目がギラギラだ。
「だから、私、ありのままを自分のチームメンバーに伝えたの。あいつがやっていることを全部伝えて、その上で続けるか辞めるか決めて欲しい。ただし、私はこのチームを辞める。って」
コップに入っているお水を半分ほど一気に飲むと、先輩は続きを話した。
「あいつから始まるチームはね、総勢200人を超えているんだけど、そのうちの3割近くが私から始まるチームなの」
そこで先輩は少しだけ口角をあげて、ざまぁみろと言わんばかりの表情で言った。
「私から始まるチームはほぼ崩壊。仲の良かったラインの子にも事情を話して結構な人数が辞めたから、あいつの収入は激減したと思う。あいつのチーム内で半分近いメンバーが一気に離反する、って組織からしたら物凄く外聞が悪いことなの。だから、いま私、嫌がらせを受けているのよ」
サラッと言われて、危うく聞き逃すところだった。嫌がらせを受けている…?
「え、あのオーナーからですか?」
「たぶんね。でも証拠がないのよ。」
「どんな嫌がらせですか…?」
聞くのが怖いような気がするが、聞かずにはいられない。
「一番多いのは無言電話かな。あと非通知でめっちゃ電話がかかってくる。ピンポンダッシュも明け方とかに来るし、この前なんて、ネズミの死骸が玄関先に捨てられたのよ。」
私は思わず想像して顔をしかめた。
「実家にもね、無言電話が良くかかってくるみたいなの。差出人名が書かれていない、中身が空の封筒が何通も届いたり。郵便局の消印もバラバラ。この前なんか、切手が貼ってない封筒がポストに入ってみたいなの。気味悪いでしょ」
「あの、どうして実家の住所がバレてるんでしょうか?」
「あぁ、それはね、マルチ商法の会員になる時に緊急連絡先として実家の住所と電話番号を登録したからだと思う。」
「先輩、警察には…?」
「もちろん、相談したよ。でもね、その嫌がらせをあいつがやっている、っていう証拠ないから被害届は受理されなかったの。」
「え、受理されないんですか?」
「そう。その代わり警察からあいつに電話をかけて、もう二度と私に連絡を取らないように、って注意をしてくれた。」
「それで嫌がらせはなくなりました?」
「完全には無くなってはいないけど、グッと頻度は落ちたかな」
疲れたように先輩を目を閉じて言った。
「どうやら私を見つけたら捕まえるように、ってメンバーに指示出しているみたいなのよ。私、池袋に住んでいるんだけど、池袋周辺ってあいつやメンバーがたくさん住んでいるのよ」
だから、私もチームに入ってすぐに池袋に引っ越したんだけどね、と自嘲気味に笑った。
「どうやら、あいつが私を損害賠償で訴えるって言いふらしているみたい。絶対そんなことできないと思うけど。でも家も実家もバレてるから、今は友達のところに住まわしてもらっているの」
「あ、だから立川なんですか?」
「そういうこと。」
疲れた様子で頷いている。




