第50話 知夏_詐欺の正体――支配と搾取の組織
「もしかして、私が買った製品ってそのマルチ商法のやつですか?あの、ばかみたいに高い化粧品とかも?」
「そうね」
「え、それって、私が購入した製品の売上が先輩の懐に入ってた、ってことですか?」
「ううん、知夏は会員登録してないから、あくまでも一般のお客様がお買い上げしたって扱い。だから売上はあいつの懐にいくのよ。」
注文したデザートが来たので、残っているロコモコ丼をテーブルの端に寄せていったん、ホイップクリームを一口食べた。口の中でゆっくりと溶かしながら、落ち着け自分、と言い聞かせ、早くなりだした鼓動を押さえようとする。
「今まで納品していたハンドメイド作家が何度か入れ替わっていたでしょう。」
「え、あ、はい…」
急な話題の変化に一瞬反応が遅れた。
「辞めていった作家の人たちね、なんで辞めたかって言うと独立を支援するよって言われて、その代わりにお店の売上に貢献して欲しい、ってあいつから提案を受けていたのよ」
「…」
「知夏と同じ手口なの」
「…それって同じような被害を受けてる人がいるってことですか?完全に詐欺ですよね?その人たち、どうして訴えないんですか?」
「訴えてもお金の回収は難しいからよ」
「どうしてですか…?」
「物的証拠がないと、警察は動いてくれないの」
「そんなことあります?」
「あいつがやっていることは、ほぼ詐欺だと思う。でも、どうやってそれを立証するの?」
「え、だって、お店の商品を買う代わりに独立を支援するって約束しました。」
「それ、口約束だよね?その場にいたの、知夏と店長とあいつの三人だけだよね?知夏がどんなにそのことを言っても、店長とあいつが知らぬ存ぜぬを主張したら水掛け論になるのよ」
愕然とした。
「その会話の内容に関するやり取り、残ってる?音源でもいいし、メールやラインでもいいし」
「…残ってません。全部、口頭でやり取りしてました」
「でしょうね。私もそうだから。」
「え、先輩もですか?」
「私は知夏とはちょっと状況が違うの。マルチ商法だってわかった上で、あいつのチームに入ったから。私から始まるチームが大きくなって、あいつから独立の提案を受けたの。知夏と同じような提案をね。あいつは確かに、チームから独立した人を輩出しているし、私が独立すればあいつの実績になるし、私にも拍がつくからたぶん独立の支援はちゃんとやってくれると思う。でもね、あいつ、夜になったら俺の部屋にこい、って言ったのよ。これどういう意味か分かる?」
「…それはやらせろってことですか?」
恐る恐る言った。先輩は目に涙をためながら頷いた。
「そう。ここまで育てて面倒見たんだから、俺に恩返しするのは当たり前だ、って。お前は真面目だから待ってやったが、早く俺の要望を受け入れていれば、もっと早くに引っ張り上げてやったのに、って。…私ね、カフェとセレクトショップを融合したお店を開くのが高校からの夢だったの」
その夢は知っている。作家が作った食器や家具、インテリアを実際に使って気に入ったら購入できる、そんなカフェをいつか開きたい、だから経済学部に進学した、と先輩は良く言っていた。
「私、その誘いを断ったの。そしたらあいつなんて言ったと思う?師匠の言うことを聞けない奴は弟子でも何でもないから、サポート対象から外す、独立の支援はしないって言ったのよ」
先輩は零れ落ちそうになる涙をお手拭きでぬぐうと、自分を落ち着かせるように深く息を吸って吐いた。
「セミナーに来ていた人やあいつの仕事関係者、すごく女性が多いと思わなかった?それも結構見た目がきれいな子が。つまりね、そういうことだったの。誰をチームに入れるのか、最終的に決めるのはあいつなんだけど、あいつ、見た目が整っている女性ばっかりチームに入れるし。他のチームと比較してもあいつのチームは圧倒的に女性が多い」
「他のチーム?」
「ごめん、説明してなかったね。このチーム、というか組織って言ったらいいのかな。たぶん知夏が予想しているよりかなり大規模なの。全国で活動しているチームがあって、全体の正確な人数は私も把握していないんだけど、数千人規模なの」
「…はい!?」
「これだけ規模が大きいと、色んな企業と取引できるのよ。例えば新人の歌手がいきなりランキング上位になったり、新しくリリースするゲームやアプリ、製品がランキング入りするために組織全体が動いたりね。この組織は20~30代が多いから、何かをマーケティングするにはうってつけなの」
待って、すごく怖くなってきた。まったく知らない世界の話にうすら寒い恐怖を覚える。
「他のチームっていうのは、なんて説明したらよいのかな…。まぁ、言い方悪いけど、組織図としてはネズミ講みたいなもんだと思ってもらった方が分かりやすいかな。一人の人を頂点にその下に多くの人がいるイメージ」
「…なんか新興宗教みたいですね」
私の感想に先輩は吹き出した。
「たしかにそうかも。今はあいつらと距離を取って冷静になれたけど、どう考えても洗脳された集団だと思う。こんなやり方で独立を目指したこと自体が間違ってた、って身に染みたわ」
はぁー、と深いため息をついて先輩はチーズケーキを食べた。しかし、私は全くもって食欲が失せてしまった。




