第42話 知夏_抱かれない愛を選んだ人
35歳の新規のお客様から指名を頂いたある日、奥さんとは結婚する前からプラトニックラブの関係だ、と教えてもらった時には軽い驚きを覚えた。なぜ、そ人と結婚したのか聞くと、そのお客様はこう言った。
「だって人生100年時代って言われるくらい、長生きするじゃん。嫁とセックスしたい!なんで思うのはせいぜい40~50歳くらいまででしょ?そう思うと、プラトニックな関係の方が半世紀近く続くんだよ。肉体的なつながりが乏しくても、精神的に満足のいく繋がりがあれば、幸せだと思う。」
この人の価値観は私の頭を打ち抜くほど衝撃的だった。そんな風に男女関係をとらえようと思ったことすらなかった。
「でも、嫁はできない、ってわけじゃないよ。結婚する前は何度かやったし。でも、プロポーズした時に、キスやハグは好きだけど、そういう行為は好きじゃない、って言われたから。無理にする必要はないしね」
「でも、寂しいって思うこと、ないんですか?」
私の質問にお客様は、仰向けに寝転がったまま笑った。
「そりゃあ、寂しいよ!でも、それ以上に嫁と結婚したいと思ったから、やっぱりプロポーズして良かったと思うよ」
「すごく愛しているんですね」
まぁね、と言いながらお客様は天井を見つめながら言った。
「今日、ここに来ること、嫁の許可を取ってきたんだ」
「え!お嫁さん、許可してくれたんですか?」
「うん、私が対応できないから、仕方ないねって。本当はさ、風俗に行くくらいなら私を抱いてよ、って言ってくれるんじゃないかって期待してたんだけど、あっさり、いいよって言われたわ」
お客様の横顔に言いようのない寂しさを見て、私は思わず口をつぐんだ。残念ながらこのお客様の心まで満たすことは私にはできない。つねに奥様に心が向いている人は、どんなに他の女の手を借りようが結局のところ、虚しさが残ってしまう。
「でもさ、この性欲の処理が追いつかなくって辛い、って思いはプラトニックの人にはわからないだろうから仕方が無いね」
「一人でご飯を食べてもお腹は膨れるけど、心は満たされないことと同じですよね。ご飯は好きな人と一緒に食べた方が美味しいですもんね」
「そうそう。莉奈ちゃん、上手いなぁ」
そう言ったお客様の胸に頭を乗せながら、私はお客様を抱きしめた。同じように相手も抱きしめ返してくれた。この人はたぶん、本指名にはならない。
このような人はおそらく、風俗嬢に情を寄せることすら罪悪感を感じるタイプだと思う。切ないだろうな。奥さんを大切に思うが故に、自分に言い聞かせているんだろう。これで良いはずだ、と。
パートナーから性を求められない辛さは、経験のない私にはわからない。
肉体的な繋がりより、精神的な繋がりの方が人生において価値が高い、というのは分かる。プラトニックラブにはプラトニックラブなりの、素晴らしい繋がりがあると思う。しかし、肉体関係からしか生まれない精神的な繋がり、というのはあるはずだ。そして、それは決して無視できるほど軽いものではないだろう。
私はこの歳になるまで結婚願望も出産願望もなかった。しかし、お客様達から育児や家族の話を聞いているうちに憧れを抱いた。私も愛せるパートナーを見つけて家族が欲しい。
このお客様の考えは、私が結婚を見据えたパートナーを探すにあたって、重要視するポイントに大きく影響を及ぼした。私は今まで、男女関係なく恋人同士になるなら、性的な行為を重要視していたし、それがうまくいかなくて別れることもあった。
しかし、人生のパートナーを探すなら、長い目で見た時に心の相性がピッタリはまっていれば、そこまで性的な相性にこだわらなくてもいいのかもしれない。




