第29話 知夏_快晴のベランダと、言葉にできない
適度に質問をしつつ、お客様の話を聞くと仕事は建築デザイナーでありお子さんは5歳と3歳の男の子、奥さんは私と同い年の28歳、お客様自身は32歳。奥さんもデザイナーの仕事をしており、今日から明後日までお子さんをつれて実家に帰省しているそうだ。
「参考までに聞きたいんだけど、旦那さんとはその…夜の営みとかあるの?」
聞きにくそうに控えめ聞いてくるお客様の質問に、一瞬固まった。
人妻専門店に所属しているキャストである以上、人妻という体を保たねばならない。どう答えたらよいものか瞬時していると、お客様が真剣な眼差しを向けてきた。その真剣さの奥に迷いや、不安のようなものを見つけて私は正直に答えてしまった。
「すみません、私、実は未婚なんです」
するとお客様は明らかにがっかりと肩を落としてしまった。
「あ、そうなんだ…」
その様子を見て、正直に答えてしまったことを後悔した。私は、今から他のキャストとチェンジすることを提案したが、お客様は肩をすくめながら答えた。
「いや、いいんだ。実は下の子が生まれてからずっと、妻とはセックスレスでね。最初は育児が大変だからなのかと思っていたんだけど、どうやらそうでもないようで…」
いったん閉じた言葉の続きを促すように、静かに私は頷いた。しばらくするとお客様はコーヒーを一口飲んで話し出した。
「何度も誘ったんだけど、子どもが家にいる時はやはり気になってしまうみたいで、両親に子供を預けて夫婦で旅行したけど、断られてしまってね。どうしてやりたくないのか、聞いても答えてくれなくて…」
ソファーに深くもたれかかり、お客様は深いため息をついた。
「もしかして他に好きな人ができたのかと思って、民間業者を雇って調べさせたんだけど、どうやらそうでもないらしい。もしかしたら、女性は子供を産むと遺伝子的に何かが変わるのか、その…性に対する価値観とか体質がね、そう思って色々調べたんだけどよくわからなかった。妻以外の女性は抱く気にはなれないが、自分で処理をするにも限界がある。このお店は職場の上司が教えてくれたんだ。本物の人妻と会える店だ、って。もしかしたら、妻と同い年くらいの人妻なら妻が何を考えているのか、どういう気持ちなのか、なにか参考になるような話が聞けるのでは、と思ったんだ」
「…申し訳ございません」
私は深く頭を下げてお詫びをした。
人妻専門渋谷店は本物の人妻と会えることで口コミ評価が非常に高く、既存のお客様から教えてもらって、利用しにくる方が大勢いる。
お客様は理想の人物に会うためにお金を払ってきているのであって、正直な私を求めているわけではない。お店のコンセプトを守り嘘でも「人妻です」と堂々と言うべきだった。
「参考になるかわかりませんが…」
そう前置きをして、私は子持ちの同い年の友達の話をした。その友人曰く、出産してから全く旦那さんとはやらなくなってしまったそうだ。理由をきくと「億劫」なんだとか。
旦那さんのことは深く愛しているし、抱き合ったり触れたりするのは好きだが、行為まで及ぶ気にはならないという。出産前に比べると体のラインが崩れそれを凝視されるのも嫌だが、だからと言って旦那との行為のためにダイエットする気にもなれないそう。
「そうか。そういう考えもあるんだね…。その旦那さんも辛いだろうに。やはり女性は子供を産んでしまうと、夫のことは男ではなくて家族としてしか見られなくなるのかな」
お客様はベランダの方に視線を向けた。午後の昼下がり、洗濯物がよく乾きそうな快晴が広がっている。
「どうしたら解決するんだろうか…」
呟いた言葉に対する答えを残念ながら私は持っていない。なんて声をかければいいものか、あれこれと考えているとお客様がこちらに向いて聞いてきた。
「ごめん、こんなこと聞いても未婚の君にはわからないよね」
全くもってその通りなのだが、その言葉は私に突き刺さった。申し訳なさに目を伏せているとお客様が「君、彼氏はいるの?」と聞いてきた。それに対して私は「いません」と正直に答えた。そもそも好きな人がいたら、他の男性に触れられる仕事を私はできない。
「そう。他の人の女性に手を出すのはいくら風俗嬢といっても気が引けるけど、フリーで独身なら僕の相手をしてもらってもいいかな」
なんとも寂しそうな顔である。私は即答した。
「もちろんです」
「寝室は妻との場だから、できたら使いたくないんだ。悪いんだけどこのソファーでもいいかな」
断る理由なんてない。私はお客様がせめて身体的に満足ができるように誠心誠意努めた。
私は今までお客様に対して、要は性欲が処理できればいいんでしょ、と思っていた自分を認識し、無意識のうちに軽蔑の眼差しを向けていた自分に気づいて恥じた。




