第22話 優太_彼女のカミングアウト
ゆずがノンセクシュアルであることを俺にカミングアウトしてから早くも1年半が経った。当時の俺たちは付き合って半年、知り合って9年が経とうとしていた。
「ノンセ…?え?」
俺はその単語を聞いた時ゆずは難しい病気にかかっているのかと勘違いをし慌てたがそうじゃなかった。
ノンセクシュアル。他社に対して恋愛感情は抱くが、性的欲求を持たない人のことを示す言葉。
検索すればこんな感じの説明文が見つかるだろう。
ゆずの性的欲求はほぼ皆無。むしろ嫌悪感すら抱いてしまう、という説明を聞いて理解が追い付かなかった。軽いハグなら大丈夫だが、手をつなぐのは苦手、キスはかなり無理、セックスに至っては吐き気を覚えるほど無理。
申し訳なさそうに泣きながら説明してくるゆずに、俺はなんて言えばいいのか途方に暮れた。
「…え、でも、今まで付き合ってた人、何人かいたよね?」
大学の頃、同じサークルに所属していたのでお互いの恋愛状況はわりと知っている。
「その人とは…」
セックスしたの?とは聞けず、言葉を飲み込む。しかし、ゆずは察しよく気づくと答えた。
「初めてした時は、あまりにも気持ち悪くて吐いて、その後、ショックすぎて夜眠れなくなった。一時、病院で睡眠薬もらってた」
その初めては一体、誰だったんだ?とゆずの歴代の元カレ達を知っている限り思い出そうとした。なぜならゆずは大学の頃は誰と付き合っても数ヶ月しか続かないが、スタイルも良く顔も美人なため、彼氏に立候補する野郎どもが絶えなかった。
「だから俺のことも拒んだの…?」
デートで手をつないでもすぐに離される、つなごうとするとそっと躱される。キスをしても目を合わせてくれない、抱こうとすれば途中でごめんと言われる。
そのたびに俺は傷つき、どうしようもない寂しさと不安を覚えた。もしかして俺、嫌われている…?
しかし、今の説明を聞いて納得した。だから避けられていたのか。だったら最初っから言ってほしい。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったの?最初に言ってほしいよ」
俺の不満が声に出たのだろう。ゆずがますます泣き出した。
「確信がなかったの。ずっと男の人に触られるのが苦手だった。…でも周りの女友達は彼氏とそういうことするのが幸せっていうし、私も普通の人が感じるような幸せが欲しかった。優太のことは本当に大好きだから、優太だったら大丈夫だと思ったんだよ…」
で、試してみたけどもダメだったわけか…。
「…いやなこと聞いてごめん。それって昔に男性に嫌なことをされたとかが原因だったりするの?」
ゆっくり首を横に振りながらゆずがいった。
「そういうトラウマ的なものはなにもない」
「それって、どうやったら治るの?なにが原因なのかな」
「…ノンセクシュアルは病気じゃ無いんだよ。同性愛者のことをレズやゲイと呼ぶのと同じことなの」
その事実に強い衝撃を受けた。
「それって生まれつきってこと?」
黙って頷くゆずにかける言葉が見当たらない。
「ごめんなさい。私も普通の人のように好きな人と恋愛して付き合いたかった。でも、どうしても無理だった」
泣きながら頭を下げるゆずの肩を抱こうとして躊躇した。これもダメなんだろうか。
その事実はショック以外の何者でもなかったけど、ゆずとセックスすることが目的で付き合っているわけじゃない。俺はゆずの向上心の高さやひたむきに努力する姿に惚れて告白したのだ。俺はそう自分に言い聞かせる。
「…ゆずが無理ならしなくて大丈夫だよ。そのために付き合っているわけじゃないから」
その時の心底ホッとしたゆずの表情が、それ以降、自分の欲望が頭をもたげるたびに瞼の裏に蘇るようになった。
その時は困惑しつつも、ゆずを受け止めて支えたいと真剣に思った。でも、言うほど簡単ではない、ということを痛いほど感じている。
ゆずのカミングアウトから、俺はずいぶんとノンセクシュアルについて調べた。
調べていくと、様々な人が初めて聞く名前でラベリングされていることを知り、世の中の色んな種類の人が、自分はどの種類に所属しているのかを認識していることを知った。それは、学生の頃、同性に告白されたとき以上の驚きだった。
ノンセクシュアルの人の実体験やブログを読み漁り、マイノリティと言われる人たちの動画を片っ端から見た。おかげでずいぶんと知識が増え、頭では理解できるようになった。それでも、好きな人に触れることができない寂しさは解決するわけではない。




